第二十六話 機転
モニターでは、最終ステージが始まろうとしていた。
派手な魔法や宙を舞う鳥が会場の熱気が最高潮に達している。
クラスメイトの一人が焦った声を上げる。
そんな中、カムイはモニターに映る映像をじっと見ていた。
そして、突然目を輝かせる。
「そうだ!」
彼は何かをひらめいた様子で、すぐに立ち上がった。
最終ステージの舞台裏。
すでに四組の上等部の生徒たちが準備を整えている。
シリアもその一人だった。
彼女の頭の中では先ほどの下等部の二人が出場できなくなったことが残念に残っていた。
そのとき、スタスタと軽い足音が近づいてくる。
カムイが現れた。
その後ろを、足に負担をかけない程度に歩くリディアの姿もある。
シリアは二人を見て、目を見開いた。
心配そうに駆け寄る。シリアは「どうしたんだ?まさか出場する気じゃ?」
カムイは「はい!僕らは出ます!」リディアもうなずく。
「し、しかし...」シリアは心配してくれる。
するとカムイは
「大丈夫です!ちょっとした秘策があるんで!」
「……?」
シリアは首を傾げた。
二人の表情には、諦めではなく、確かな意欲が宿っている。
最終ステージが始まった。
ステージでは、一組目のダンスが優雅に繰り広げられている。
舞台裏では、次の出番を控えたシリアが静かに呼吸を整えていた。
彼女はチラリと、カムイとリディアの方を見る。
カムイが何やらリディアに向かって、小さな声で説明している様子だった。
(何をしようというのだ?)
不思議に思いながらも、彼女はすぐに自分の番に集中を戻す。
シリアの番が来た。
優勝候補としても名高い生徒会長が、ペアの男子生徒と共にステージへ上がる。
音楽が流れ始めた瞬間から、二人の踊りは会場の視線を完全に釘付けにした。
洗練されたステップ、息の合った回転、気品ある手の動き。そして魔法による輝き。
すべてが完璧で、会場は大いに盛り上がる。
来賓席からも、感嘆の声が次々と上がった。
シリアは最後まで集中を切らさず、最高のパフォーマンスを披露しきった。
四組目の踊りが終わり、次はいよいよ最後。
カムイとリディアの番が来た。
観客席では、アリアが身を乗り出して声を弾ませる。
「次!カムイとリディアちゃんの番よ!」
リーラも静かに微笑む。
レオナは腕を組んで期待に胸を膨らませる。
三人とも、リディアのケガのことは知らない。
ただ純粋に、二人の晴れ舞台を楽しみにしている。
一方、クラスの控え室では、クラスメイトたちが不安そうにモニターを眺めていた。
ルーナ先生も心配そうに画面を見つめ小さく呟く。
(カムイ君……何を考えてるのかしら?)
舞台袖で、カムイはリディアの手をそっと握った。
彼女も彼と目を合わせ小さく頷く。
最終ステージの最後を飾る下等部のペア。
会場の照明が、ゆっくりと二人に向けて光を集めていく。
いよいよ、出番が来た。
舞台裏で最後の準備をするカムイ。
演技を終えた上等部の生徒たちも興味深そうに彼らを見守っている。
シリアもその一人だった。
カムイは小さく息を整え、リディアに向かって言った。
「よし!いくよ!」
「うん!」
次の瞬間。
カムイがリディアをお姫様抱っこで抱き上げる。
そして、風魔法を展開した。
ふわりと体が浮き、二人は宙に浮かび上がる。
そのまま、一気にステージへと飛び出した。
観客席から、どよめきが上がる。
なんとカムイとリディアは、宙に浮いたままダンスを始めたのだ。
重力を無視した、派手なパフォーマンス。
品格ある騎士学校の舞踏大会には、明らかに異質な光景だった。
だが、二人の息の合った動きと、情熱的な表現が、その異質さを徐々に打ち破っていく。
空中での回転、優雅な手の絡み、風に乗るようなステップ。
リディアの足に一切負担をかけない、完全な浮遊ダンス。
会場が、最初の戸惑いから次第に引き込まれていく。
最後のペアが、予想を遥かに超える形でステージを支配し始めていた。
時折、カムイは地面に着地する。
だが、その瞬間もリディアをしっかりと受け止め、決して彼女の足を地面につけさせない。
まるで抱きかかえたまま、重力を操るように優雅に踊り続ける。
そしてまた、ふわりと宙へ舞い上がる。
ステージを飛び出し、観客席の上空で回転する二人の姿は、まるでかわいい天使の踊りのようだった。
踊りながら、カムイは心の中で思う。
(まさか天界での踊りが下界で役立つとはなー)
ルミエル時代、天界でも踊りの催しはあった。
許嫁の3人。フロリスやアミリアル、メルと、交代交代にパートナーを組まされ、ある意味鍛えられた。羽で空を飛びながら行う空中の踊り。それがこんな形で、人間の身体になってまで役立つとは。
しかし、何よりも驚きなのは、リディアがこの突飛な提案を瞬時に受け入れ、完璧に動きを合わせてくれてる事だった。
(やっぱり、リディアはすごいな……)
彼は抱きかかえた彼女の顔を、そっと見下ろす。
真剣に、そして楽しそうに彼に合わせて動く銀髪の少女。
観客席からは、次第に大きな拍手が巻き起こり始めていた。
異質なパフォーマンスが、いつの間にか会場を魅了しつつある。
カムイとリディアの演技が終わると、会場から盛大な拍手が沸き起こった。
二人はステージの上で手を振り、笑顔を返す。
カムイはリディアを再び抱きかかえ舞台裏へむかう。
「大丈夫?」
「うん!全然痛くなかった!
それに……すごく楽しかった!ありがとう!カムイ!」
彼女の笑顔が、照明の下でとても眩しく見えた。
最終ステージに出るために考えた、足に負担をかけないための策。
なのに、彼女はこんなにも心から喜んでくれている。
(リディアが楽しそうで何よりだ。)カムイは嬉しく思った。
拍手はまだ続き、会場は二人の異色のパフォーマンスを熱く称えている。
舞台裏に戻った2人。
カムイはすぐにリディアを座らせて、足を心配そうに覗き込む。
「本当に大丈夫?痛くない?」
リディアは少し照れくさそうに言う。
「も〜心配しすぎだよ。」
嬉しそうな声音だった。
すると、シリアが走ってやってきた。
彼女もすぐにリディアの足を心配してくれる。
リディアは明るく答えた。
「はい!カムイのおかげで大丈夫でした!」
シリアは安堵の表情を浮かべ、続けて大絶賛する。
「それにしても、すごいぞ二人とも!
何年もこの舞踏会に出てきたが、こんな幻想的で奇抜な踊りは初めて見た!」
カムイは謙遜して手を振る。
「いや〜。即興なので、評価されるかどうか...」
すると、他の決勝進出者の先輩方まで集まってきた。
「いやいや!すごかったぞ!」
「ああ!悔しいが完敗だ!」
「ほんと!よくあんなこと考えられたわね!」
「審査員達が認めなくても、私たちが認めるわ!」
次々と称賛の言葉が飛ぶ。
先輩たちに囲まれて褒められているカムイの姿を見て、リディアは心の中で改めて思う。
(やっぱりカムイって、すごい♡)
彼の機転と、自分を想ってくれた優しさ。
胸の奥が、熱く満たされていく。
シリアは、先輩たちに囲まれて称賛されている二人を静かに見つめていた。
(やっぱり……あの二人、ロイヤルフォース騎士団部隊長のレオンハルト・ヴァルハート様と、グリル・シルバレイン様のご子息か。)
カムイのほとばしるようなカリスマ。
上級生たちに好かれ、自然と中心にいる様子を見て思いは強まった。
(カムイ・ヴァルハート……
これから、注目の生徒になりそうだ)
彼女は小さく息を吐き、静かに微笑んだ。
今年で最後の舞踏会。
予想外の下級生ペアに、良い刺激をもらった気がしている。
観客席のアリアたちは、大いに盛り上がっていた。
アリアが目を輝かせて声を上げる。
「すごいわ! カムイとリディアちゃん!
本物の天使みたいだったわ!」
リーラも静かに頷く。
「ええ。おぼっちゃま、いつの間にあんな器用に魔法が使えるようになったのでしょう。」
しかし、一人だけ「う〜ん」と考え込んでいる人物がいた。
レオナだ。
アリアとリーラが心配そうに彼女を見る。
「どうかしたの?レオナさん。」
レオナは腕を組んだまま、首を傾げた。
「いや、あんな踊り方、教えた覚えないんだけどなぁー」
当然である。
あれはカムイがリディアの怪我を考えて、咄嗟に思いついた踊り方だった。
レオナが知るはずもない。
リーラが穏やかに、
「ひょっとしたら、レオナ様を驚かせるつもりだったのではないですか?」
「なるほど!」
レオナはあっさりと納得し、豪快に笑った。
控え室に戻ると、予選の時よりもさらに凄まじい賞賛の声が二人を迎えた。
クラスメイトたちが次々と声を上げる中、モニターで結果発表が始まる。
一位は、シリア先輩のペア。
当然と言えば当然の結果だった。
会場からも大きな拍手が送られる。
そして——。
なんと二位にカムイとリディアのペアが選ばれた。
斬新すぎる演技に、伝統を重んじる審査員からの得点はあまり伸びなかった。
だが、幻想的で独創的な演技に大絶賛する審査員もおり、その甲斐あって総合二位に滑り込んだのだ。
控え室が一気に沸騰する。
ルーナ先生も涙目になりそうなほど大喜びだった。
「こんなこと、初めてよ!! 本当にすごいわ!!」
控え室は下等部初の快挙に、完全に祭り状態と化していた。
リディアも頰を赤らめながら、クラスメイトたちに祝福されている。
二位という結果が、二人の努力をしっかりと証明していた。
表彰式。
二位になったカムイとリディアのペアが、ステージに上がる。
下等部で二位という偉業を成し遂げた二人に、会場から温かい拍手が送られた。
審査員長がカムイとリディアに勲章をつける。
年配の男性で、小声で2人に囁いた。
「本当は君たちの方がいいと、私は思ったんだけどね。
他の審査員たちがうるさくてなぁ〜」
カムイはへへっと小さく笑い、丁寧に頭を下げる。
和やかな表彰式になった。
表彰式が終わり、カムイとリディアはエントランスへ向かう。
そこへ、レオナがすごい勢いで走ってきた。
「本当よくやったぞ、二人とも!!!」
大感激の声と共に、二人をまとめて抱きしめる。
カムイは少し息を詰まらせた。
「レオナさん!苦しいよ〜」
「お母様ったらー」
リディアも笑顔で母親の腕の中に収まっている。
そんな様子を、少し離れた場所からアリアとリーラが見ていた。
アリアが優しく声をかける。
「ほんとよく頑張ったわね、カムイ」
「はい。」
リーラが静かに頷く。
アリアはリーラをチラリと見て、にこりと微笑んだ。
「今日はご馳走ね。」
リーラもふふッと笑い、穏やかに返す。
「はい。侍女たちも忙しくなりそうですね。」
二人の間に、温かい空気が流れる。
舞踏会を終えた夜に、家族と保護者たちの笑顔が優しく重なっていた。
カムイとリディアは、それぞれ別の馬車で帰る。
帰り際、二人は馬車の前で少しだけ立ち話をする。
リディアがまっすぐに彼を見て、静かに言った。
「今日は本当にありがとう。
カムイがいてくれたから2位を取れたよ!」
「いや、リディアが頑張ったからだよ!
それにレオナさんの指導もなきゃ、あそこまでできなかったよ。」
カムイが素直に返すと、リディアは少しもじもじしながら続けた。
「あと……足のことも、ありがとう。」
「ああ。しばらくは安静にね。」
彼女は意を決したように息を吸い、短く告げる。
「これ、お礼!」
次の瞬間、リディアはつま先立ちになり、カムイのほっぺに軽くキスをした。
「えっ!?」
彼が目を見開く間に、彼女は顔を真っ赤にして後ずさる。
「それじゃ、明日!」
そう言い残すと、恥ずかしそうに走って去っていった。
カムイはその場に呆然と立ち尽くしている。
リーラに呼ばれハッとして、彼は自分の馬車へ向かった。
車内に乗り込みながら、心の中で大きく動揺する。
(マ、マジかよ!)
鈍感だった彼にも、流石にわかった。
リディアの、自分への好意に。
(そうか...リディア...俺のこと本気で...)
馬車が夜の道を走り出す中、頰に残る柔らかな感触が消えない。
馬車の中では、アリアが息子カムイを溺愛していた。
「本当よく頑張ったわねー♡」
愛情が爆発したように、何度も頭を撫で、頰を寄せてくる。
カムイは少し困ったように体をよじる。
「ちょ、ちょっとお母様……」
離れようとする彼を、アリアは容赦なく抱きしめた。
「だ〜め♡
さっきレオナさんにギュッてされてたでしょ?
お母様だってしたかったんだもん♡」
その言葉に、リーラがふふッと小さく笑った。
彼女は窓の外を見ながら、静かに微笑んでいる。
穏やかな馬車内に、親子と侍女の温かい空気が満ちている。
夜の道を、馬車はヴァルハート家の屋敷へと向かっていく。
舞踏会を終えた一日が、ゆっくりと終わりを迎えようとしていた。




