第二十五話 一次審査
舞踏会の一次審査が始まった。
華やかな照明と音楽が流れ、数十組の生徒たちが大勢の来賓の前で同時に踊り始める。
カムイとリディアも、その中にいた。
レオナから叩き込まれた練習の成果を、二人はしっかりと発揮していく。
動きに無駄がなく、息もぴったりと合っている。
下等部のペアでありながら、周囲の視線を自然と集めていた。
来賓席では、アリアが目を輝かせている。
息子とリディアの踊りに、素直に感動した様子だった。
隣のリーラも、静かに微笑む。
さらにその隣で、レオナが得意げに胸を張る。
教え甲斐があった、と言わんばかりの満面の笑みだ。
彼女の指導が、きちんと実を結んでいる。
ステージの上で、カムイとリディアは最後まで集中を切らさず踊り続けた。
時間が経っていく中、下等部のクラスのペアが少しずつ失敗し始めていた。
ステップを踏み外す者、手が離れそうになる者。
初めての大舞台に緊張するのも無理はないと、来賓たちは温かく見守っている。
そんな中、カムイとリディアは変わらず丁寧に、そして情熱的に踊りをこなしていく。
息の合った動きに乱れはなく、周囲の失敗が目立つほどに、二人の安定感が際立っていた。
来賓席から、小さな感心の声が上がる。
「あのペアは...下等部の子かい?」
「あら!お上手!」
その言葉が、ステージ上のリディアの耳にも届いた。
彼女は心の中で、素直に嬉しく思う。
だが、それ以上に嬉しいのは、カムイと一緒に踊れることだった。
隣にいる彼の体温。
合わせる手の感触。
同じリズムで動く二人だけの空間。
(楽しい。)
誰かに褒められることより、この時間が何よりも特別だと、彼女は静かに感じていた。
そんな中、観客たちの視線が一つのペアに集中し始めていた。
上等部の最上級生。生徒会長シリア・キャメロットのペアだ。
彼女は濃い青のドレスに身を包み、貴族顔負けの洗練された踊りを披露している。
長い紺の髪を優雅にまとめ、息ぴったりにパートナーと絡み合う動きは、まさに圧巻だった。
観客たちから、次々と称賛の声が上がる。
カムイも踊りながら、チラリと彼女の方を見た。
優雅で、一切の隙がない姿。
人の視線を自然と引き寄せ、離さない力がある。
(すげぇな……踊りであんなに人の視線を惹きつけるなんて...)
美の神だった彼でさえ、人間があそこまでの吸引力を持っていることに、素直に驚いていた。
天界の女神たちとはまた違う、人間の気品と存在感。
ステージの上で、シリアのペアはまさに会場の中心として輝き続けている。
一次審査が終了した。
各ペアは舞台を降り、それぞれの控え室へと戻っていく。
カムイとリディアの控え室では、クラスメイトたちが二人を待ち構えていた。
次々と称賛の声が飛ぶ。
ルーナ先生も両手を合わせて、大喜びの表情を浮かべた。
下等部のペアにしてはかなりの出来栄えだっただけに、「もしかしたら最終ステージに進出できるかも」という期待が自然と広がっていく。
控え室のモニターでは、審査員たちが真剣に協議を続けていた。
やがて結果が発表される。
最終ステージ進出の五組が読み上げられる。
なんと、カムイとリディアのペアが最終ステージの5組の中に選ばれた。
控え室が一気にどよめく。
「やったあああ!!」
「下等部で初だ!!」
大喜びのクラスメイトたちに囲まれる。
リディアは思わずカムイに抱きついた。
カムイはそんな彼女を優しく受け止め小さく笑った。
最終ステージへの切符を手にした二人の表情は、明るく輝いていた。
カムイとリディアは一度控え室を出て、会場のエントランスへと向かった。
そこには、アリアとリーラ、そしてレオナが待っていた。
リディアは母親を見つけるなり、喜びを隠せない声で駆け寄る。
「お母様!」
「リディア!よくやったな!」
レオナも大喜びで娘を抱きしめた。
力強い腕の中で、リディアは嬉しそうに顔を埋める。
カムイもアリアとリーラの元へ歩み寄る。
アリアすぐにカムイを強く抱きしめた。
「カムイ〜!本当すごいわ!!!」
彼は母親に抱きしめられながら素直に言った。
「リディアが頑張ってくれたおかげだよ。」
レオナがそちらに顔を向け、カムイのことも褒める。
「いやいや!カムイもよくやったぞ!
途中、周りを見て距離感や様子を確認する余裕まであったな!感心したぞ。」
「そうなの!?」
リディアが驚いた声を上げる。
レオナは満足そうに頷いた。
「ああ。演技中に余裕があるのは、上手い証拠だ」
エントランスに、家族たちの明るい笑い声が広がっていた。
レオナはカムイとリディアに声をかける。
「最終ステージも油断せず頑張れよ!」
「はい!」
カムイとリディアは返事をして、控え室の方へと戻っていく。
三人の保護者は、その後ろ姿を見送りながら残った。
アリアが息子とリディアの後ろ姿を見て盛り上がる。
「本当お似合いね♡
将来結婚しちゃったりして♡」
「ア、アリア様……」
リーラが流石に気が早すぎると、控えめに制止しようとする。
だがレオナは大笑いした。
「ははは!いいね〜!
カムイなら大歓迎だ!」
アリアも嬉しそうに頰を緩める。
エントランスで三人の女性が和やかに談笑している。
控え室に戻る廊下。
リディアがルンルンとした足取りで歩いている。
後ろからその様子を見ていたカムイは、小さく微笑んだ。
(ルンルンじゃん。可愛いやつだな)
そのときだった。
通路の陰から突然足が出て、リディアがそれに躓き、バランスを崩して転んでしまう。
「リディア!」
カムイがすぐに駆け寄り、心配そうにかがむ。
床に座り込んだリディアは、足を押さえて痛がっていた。
「あれ〜、気が付かなかった〜。ごめんね〜」
上を見ると女子生徒が立っている。足を引っ掛けてきた張本人。
どうやら上等部の生徒で、先ほどのステージに出ていたペアの一人らしい。
下等部の生徒に負けて予選落ちしたのが、気に食わなかったのだろう。
カムイは顔を上げ、声を荒げた。
「何すんだよ!」
女子生徒は肩をすくめる。
「たまたまよ。だからごめんって言ったでしょ?」
隣にいたペアの男子生徒も、軽侮したように口を挟む。
「全く〜礼儀がなってないなぁ。
こんな二人が最終ステージに残ったなんて、どうかしてるぜ。」
カムイが立ち上がろうとした瞬間、リディアが彼の袖を掴んで止めた。
「カムイ。大丈夫。」
痛みに顔をしかめながらも、彼女はそう言って彼を制する。
カムイは歯を食いしばりつつ、彼女の方を心配そうに見た。
そのとき、廊下の向こうから鋭い声が飛んできた。
「おい!何をしている!」
現れたのはシリア・キャメロットだった。
上等部の二人は顔を青くする。
「やべっ!」
「生徒会長だ!」
そう言い残して、慌てて逃げ出した。
シリアが呼び止めるが、二人は振り向きもせずに去っていく。
彼女はすぐにカムイとリディアのもとへ駆け寄った。
「大丈夫か?」
「僕は大丈夫ですけど……リディアが。」
カムイが説明すると、シリアはリディアの足に視線を落とす。
変に捻ってしまったようで、まだ痛がっている。
「これはまずいな。」
シリアはすぐに治癒魔法を発動させた。
淡い光が足を包み、痛みが少し和らいでいく。
だが、すぐに完治できるほどのものではなかった。
「医務室まで運ぼう。」
そう言うと、彼女は躊躇なくリディアを抱きかかえた。
カムイは慌てて頭を下げる。
彼もすぐに後に続き、三人で医務室へと向かう。
医務室に着くと、すぐに先生がリディアの足を診てくれた。
シリアの治癒魔法のおかげで、大事になることはなさそうだった。
先生は優しく説明を続ける。
しかし、かなり状態が悪かったようで、魔法でなんとか悪化を防いでいる。完治となると、このまますぐに上級魔法の使える人のところへ行かなければならない。
先生は舞踏会の棄権を提案。
リディアは焦ったように上体を起こす。
「そんな……でも!大丈夫ですよ!ほら!」
彼女はベッドから足を下ろし、軽くステップを踏んでみせた。
だが、着地した瞬間にわずかに顔をしかめる。
「……っ」
足に違和感が走る。
先生が静かに首を横に振る。
「無理しちゃいかんよ。」
カムイもベッドの傍らに立ち、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「リディア……」
彼女は唇を噛み、悔しそうに俯く。
最終ステージまで進んだというのに、このタイミングで足を痛めてしまうなんて。
シリアが腕を組んだまま、静かに見守っていた。
医務室に、沈んだ空気が流れ始める。
医務室を出た三人。
カムイが拳を握りしめ、悔しそうに呟く。
「くそぉ〜!あいつら!」
リディアに怪我をさせた上等部の二人に、怒りが抑えきれない様子だった。
シリアが横から静かに声をかける。
「さっきの二人にやられたんだな?
私が見つけて、注意しておこう。」
「ありがとうございます!」
カムイがすぐに頭を下げる。
リディアも、運んでもらったことへのお礼を伝えた。
「本当に……ありがとうございました。」
「かまわないよ。」
シリアは短く答え、少し寂しそうに続けた。
「せっかく下等部初の最終ステージへの進出なのに……残念だったな。」
カムイも同意するしかない。
シリアは二人を見比べ、静かに微笑んだ。
「私は……この舞踏会が今年最後だから、
君たちのような才能あるペアと、最後に踊り競いたかった。」
カムイとリディアも残念そうにする。
空気を察してからシリアは
「すまない。変なことを言ったな。ではな!」
そう言い残すと、彼女は優雅に踵を返し、廊下の向こうへと歩いていく。
残されたカムイとリディアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
最終ステージへの道が、急に遠くなってしまった現実が、二人の肩に重くのしかかる。
クラスの控え室に戻ると、クラスメイトたちがすぐに二人を出迎えた。
明るい声が飛び交う中、ルーナ先生がリディアの足取りの異変に気づく。
「リディアちゃん!どうしたの?」
心配そうな声に、カムイが事情を説明した。
上等部の生徒に足を引っ掛けられたこと、医務室で診てもらったこと、そして踊りは控えた方がいいと言われたこと。
控え室の空気が一気に沈む。
心配する者、悔しがる者、どうにかならないかと頭を抱える者。
下等部初の最終ステージ進出という快挙が、こうして潰えようとしている。
カムイは腕を組み、真剣に考え込んだ。
どうにか、リディアに負担をかけずに踊らせる方法はないか。
最終ステージでは一組ずつ審査され、魔法の使用も許可されている。
一人の生徒が提案した。
「治癒魔法をかけながら踊るとか……?」
だが、すぐに否定の声が上がる。
「そんな器用なこと、難しいよ!」
「それに治癒魔法はそれなりに魔力を使うし。
踊りながらで、しかも魔法をかけ続けるなんて、とてもじゃないけど不可能だよ。」
現実的な意見に、皆が黙り込む。
カムイはさらに深く考えを巡らせていた。
何か、別の方法があるはずだ。




