第二十三話 頼もしい師
シルバレイン家の屋敷。
カムイはリビングの椅子に座り、リディアを待っていた。
しばらくして、扉の開く音がする。
(来たか。)
彼が顔を上げると、現れたのは全く知らない女性だった。
かなりの薄着。
白いキャミソールに紺色のショートパンツ。
運動したあとなのか、程よく汗をかいて肌が艶めいている。
長い銀の髪をポニーテールにまとめ、手にはレモンの入った冷たそうな飲み物のグラスを持っていた。
「はあ〜!!生き返る!」
豪快に一息つくと、彼女はリビングに座っている少年に気づいて首を傾げる。
「ん? 誰だ?」
カムイは慌てて立ち上がる。
「こ、こんにちは。ぼ、僕は……」
言いかけたところで、女性が彼に近づいてくる。
前かがみになり、じっと顔を見つめてきた。
「ん? この顔……どこかで見たことが……」
思いのほか距離が近い。
整った顔立ちを間近で見たカムイは、思わず言葉を失った。
(……綺麗な人だな。)
長い銀髪に、涼しげな瞳。
その美しさに、カムイは一瞬見惚れてしまう。
女性はまだ彼の顔を観察しており、距離を縮めたまま首を傾げ続けていた。
すると、扉が開いてリディアが入ってきた。
女性が振り返り、満面の笑みで手を挙げる。
「おお!リディア!」
リディアは慌てた声を上げた。
「な、何やってるんですか!!」
カムイも思わず体を強張らせる。
(えっ!?えっ!?
リディアの知り合い……だよな。屋敷にいるから当たり前か。お姉さん……とかか?)
リディアはすぐに駆け寄り、女性の腕を引っ張った。
「なんていう姿でカムイと会ってるんですか、
《お母様!》」
その一言に、カムイは完全に絶句した。
目の前の、若くて綺麗で、しかも薄着で汗だくで無防備な女性が、リディアの母親だった。
「えーーーー!?」
思わず声が出る。
きょとんとした女性は、彼の反応を見てようやく納得したように頷いた。
「そうか!お前がカムイ・ヴァルハート!
やつの息子か!初めましてだな!」
そう言って、彼女は素敵な笑顔を向けてくる。
リビングに、予想外の出会いの空気が広がっていた。
「奥様。こちらを。」
メイドからタオルと着替えを受け取るリディアの母。
「すまないな!」
そう言いながら、その場で服に手をかけ着替えようとする。
突然の着替えにカムイは思わず「ぶっ!!」と吹き出しそうになった。
「お母様!!!」
リディアが悲鳴のような声を上げる。
リディアの母はきょとんとした顔で振り返る。
「えっ?」
何が悪いの?と言わんばかりの表情だった。
メイドが制止する。
「レオナ様。お客様の前です。」
リディアの母の名はレオナというらしい。
彼女はようやく理解したように手を叩いた。
「あ〜!なるほど!わかったわかった!」
あっけらかんと部屋を出ていく。
鈍感というか、無防備というか。
カムイは心の中で大きく動揺していた。
(や、やばい!
あんな無防備な人が、リディアの母親とは……)
予想以上のキャラクターに、頭がクラクラする。
レオナが完全に姿を消したあと、リディアは深く息を吐き、カムイの横に座った。
「ほんとごめんね、カムイ!
うちのお母様、ああいう人なの……」
恥ずかしそうに頰を赤くして謝る。
カムイは何とか平常心を保ち、小さく首を横に振った。
「い、いや……大丈夫だよ。」
着替えたレオナが、笑顔でリビングに戻ってきた。
「すまんな!騒がせて!」
彼女は二人の前のソファに豪快に腰を下ろし、足を組んだ。
「初めましてカムイ。
レオナ・シルバレイン。リディアの母親だ!」
カムイは背筋を伸ばし、緊張した声で返事をする。
レオナは楽しそうに続けた。
「リディアから話は聞いている。とても強いみたいだな!私は強い子が大好きだ!」
「もー!お母様!!」
リディアが恥ずかしそうに抗議する。
レオナは「ははは!」と大きく笑い、ふと思い出したようにメイドの方を向いた。
「あっ!そういえば!あれはグリルに渡したか?」
「はい。お渡ししました。
今頃は第一部隊の隊長様に渡っているかと。」
「そうか!」
そのやり取りを聞いて、カムイは小さく首を傾げる。
(ん?第一部隊隊長?レオンハルトのことか?)
リディアが、補足するように説明してくれた。
「お母様はね。ロイヤルフォース騎士団の第四部隊の隊長なの!」
その一言に、カムイはまた声を上げ、目を見開いた。
父親は第二部隊の隊長。
母親は第四部隊の隊長。
まさかの、隊長同士の間に生まれた娘。それがリディアだった。
(すごい家系だな...)
レオナは満足そうに胸を張り、ソファに深く座った。
レオナはソファに深く座り直すと、カムイに向かって自分の仕事を説明し始めた。
第四部隊は、《偵察・潜入》といった情報収集が主な仕事。
敵の数や配置、地形、物資の状況。そういった情報を徹底的に集める。必要とあれば戦闘も行う。
淡々とした口調だったが、その内容はかなり危ないものだった。
彼女は続けて、騎士団全体の連携についても語る。
集めた情報は第二部隊に提出される。
そこでグリルたちが戦術を練り、それを第一部隊に報告。
そしてレオンハルトの部隊が主軸として動く。
この連携された流れが、ロイヤルフォース騎士団にはできている。
カムイは素直に感心したように目を見開いた。
騎士団それぞれの部隊が明確な役割を持ち、噛み合っている。
父親の第一部隊が最前線で戦えるのも、こうした影の支えがあるからなのだと、改めて理解する。
リディアは母親の話を聞きながら、少し誇らしげな表情を浮かべている。
レオナはカムイに視線を向け、首を傾げた。
「そういえば……今日は何をしに来たんだ?」
リディアが嬉しそうに答える。
「今度の騎士学校の舞踏会で、カムイと踊ることになったの!その練習に、家に来てもらったの!」
「ああ!あの舞踏会か!」
レオナはすぐに理解したように手を打つ。
二人をじっくり見比べると、満足げに頷いた。
「うん。なかなかいいペアだな!」
そして、突然立ち上がる。
「よし!私が指導をしてやろう!」
「えっ!?」
カムイが思わず声を上げる。
リディアも目を丸くした。
「本当ですか!!
お母様!お仕事はいいの?」
レオナは豪快に胸を張った。
「なあに!大事な娘とそのボーイフレンドの晴れ舞台!
仕事は二の次だ!」
そう言い放つと、すぐに連絡する。
あっという間に手続きを済ませる。
「よし!行くぞ!」
彼女に率いられる形で、カムイとリディアは踊りの練習部屋へと向かう。
広い廊下を歩きながら、カムイは心の中で小さく呟いた。
(ほんと、豪快な人だな……)
豪快で強引な母親だった。
リディアは嬉しそうに母の後ろをついていき、カムイもその勢いに押されるようにして続いた。
広い練習部屋に着いた三人。
レオナは部屋の中央に立つと、気合を込めて宣言した。
「いいか!舞踏は戦いに直結する!
舞の柔軟な動きは、回避や翻弄に使える!
この数日間!私が全てを教えてやる!」
力強い声が部屋に響く。
リディアは目を輝かせて、すぐに返事をした。
「はい!お母様!」
そのまっすぐな反応を見て、カムイは感心する。
普段しっかり者なリディアが、母親の前ではこんなにも素直に目を輝かせる。
いかに慕っているかがよくわかった。
同時に、心の中で思う。
(リディアの強気な性格は、母親譲りだな……)
レオナの豪快さと、娘の芯の強さ。
確かに、血は争えないらしい。
レオナは満足そうに頷くと、二人に向かって手を叩いた。
「よし!まずは基本からだ!」
練習部屋に、熱のこもった指導が始まろうとしていた。
レオナの指導が始まった。舞踏の心得はルミエル時代。しかし、神の踊りは翼を使い空を飛んでいたため、地に足ついた踊りは新鮮だった。
不安もあったが、レオナの指導がそんな不安を吹き飛ばしてくれた。
豪快な性格ゆえに多少のスパルタはあるものの、良い動きをしたときはきちんと褒めてくれる。
的確な指摘が飛んでくる。
二人は汗を浮かべながら、何度も同じステップを繰り返す。
レオナの教えは戦術的で、確かに「舞踏は戦いに通じる。」という言葉が嘘ではなかった。
しかし、
どうにも落ち着かない瞬間がある。
レオナが「違う違う!こうだ!」と、カムイの後ろや横に密着して動きを矯正してくるときだ。
彼女と体が触れる。
時には至近距離で顔が近づく。輝く汗が美しく、美人な顔に赤くなるカムイ。
女性慣れしているはずの彼だが、不意な接近には弱い。
(やばい......)
彼は深呼吸を繰り返し、表情を引き締めたままステップを踏む。
レオナは気づいている様子もなく、豪快に指導を続けていた。
練習部屋に、三人の足音と、時折響くレオナの大きな声が満ちている。
カムイは心の中で、自分の理性と戦っていた。
日が暮れるまで、踊りの稽古は続いた。
ようやく終わりを迎えたとき、レオナが大きな声で宣言する。
「よーし!今日はここまでだ!
二人とも、よく頑張ったな!」
カムイもリディアも、その場にへたり込むように腰を下ろした。
疲れ果てている。
まさか、舞踏の訓練でここまで体力を削られるとは思っていなかった。
レオナは二人の前にしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。
豪快な印象とは違う、包み込むような素敵な笑顔を浮かべる。
「本当よく頑張った!えらいぞ!」
「はい!」
リディアは嬉しそうに返事をする。
カムイも、少し照れながら頭を下げた。
「ありがとうございます。」
彼は静かに驚いていた。
豪快な女性だと思っていた。
なのに、こうして優しく頭を撫でられ、温かい言葉をかけられると、まるで別人のように柔らかい。
すると、レオナが突然手を叩いて提案した。
「よーし!汗もかいたことだし!三人で風呂に入るか!」
「んえ!?」
カムイが思わず変な声を上げる。
リディアは即座に本気で止めに入った。
「お母様!!!」
レオナはきょとんとした顔で首を傾げる。
「どうしたんだリディア?」
リディアは「そんなのダメに決まってます!」と当然のストップ。
しかし、レオナは「え?」と言った表情で、
「どうしてだ!?母さん、息子ができたみたいで嬉しいんだぞ!」
「だからってなんで三人なの!!!とにかくダメです!」
リディアが顔を真っ赤にして否定する。
レオナは「ちぇっ」といった感じで唇を尖らせた。
カムイは横で、ただ呆然としていた。
(この母親、距離感どうなってるんだ……)
レオナのあまりにも豪快な感性に、ただただ驚かされていた。




