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第二十二話 第三部隊

 ヴァルハート家の屋敷。

 レオンハルトは不在だったが、相変わらず屋敷内の空気は重かった。

 食卓の三人。カムイ、アリア、そばで佇むリーラ。

 食器の触れ合う音だけが、静かに響いている。

 アリアの表情は、どこか落ち込んでいる。

 リーラも気まずそうに視線を落としていた。

 あの夜のレオンハルトとの関係は、まだアリアにバレていないようだ。

 だが、リーラ自身も強い罪悪感を抱えているのだろう。

 カムイはそんな二人を見て、心の中で心配する。

 少しでも空気を和らげようと、話題を振った。

「そういえば今度、騎士学校で舞踏会があるんだ。

 僕とリディアがクラスの代表で踊ることになったよ。」

 その言葉に、アリアの顔がふわりと明るくなる。

「まあ!リディアちゃんなの!

 いいわね、リディアちゃん可愛いし、いい子で、お母様は好きよ。」

 どうやら、彼女はリディアのことを気に入っているらしい。



 リーラも静かに頷いた。

「リディア様は、しっかり者でいらっしゃいますから。

 お似合いだと思います。」

 カムイは続けて付け加える。

「舞踏会は来月だがら、二人とも見にきてね!!」

 アリアとリーラが顔を見合わせ、小さく微笑む。

 久しぶりに、食卓に穏やかな空気が流れた。

 カムイは心の中で小さく拳を握る。

(よしよし。)

 完全に解決したわけではない。

 それでも、アリアとリーラの表情が少しでも和らいだことが、何よりだった。



 休日。

 カムイはシルバレイン家の屋敷へと向かった。

 馬車で送ってもらい、大きな門をくぐる。

 門番に軽く会釈をすると、すぐに屋敷の正面扉が開いた。

 出迎えたのは、シルバレイン家のメイド達だ。

 1人のメイドから丁寧な挨拶を受け、彼は中へ案内される。

 広い廊下を通り、居間へと通された。

「こちらでお待ちください。」

 メイドが軽く一礼して下がると、カムイは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと辺りを見渡した。

「相変わらず広い屋敷だな〜」

 彼は背もたれに体を預け静かにリディアを待っていた。



 場所は変わりロイヤルフォース騎士団本拠地。

 第一部隊の部隊長室で、レオンハルトは書類に目を通していた。

 だが、家庭内の悪い空気がどうしても頭から離れず、仕事が手につかない。

 そこへ、ノックの音がしてグリルが入ってきた。

「レオンハルト。報告書と戦略図だ。」

 彼は机の上に書類を置く。



 第一部隊と第二部隊は、ロイヤルフォース騎士団の中でも重要な戦力を誇る。

 第二部隊は戦略担当の部隊。戦いの場の状況を的確に把握する指示派の部隊。

 そして、その戦略をもとに最前線で動くのが、レオンハルト率いる第一部隊だ。

 騎士団でも特に優秀な者たちが第一部隊に所属している。

 今回グリルが持ってきたのは、近々行われる魔物討伐に関する報告書だった。

 レオンハルトが短く礼を言うと、グリルは彼の表情をじっと見た。

「何かあったのか?」

「い、いや……」

 歯切れの悪い返事に、グリルは豪快に笑った。

「ハハハ!お前は隠し事が下手だな!」

 レオンハルトの肩を軽く叩く。

「ここではなんだ。大食堂へ行こう。話せばスッキリするはずだ!」

 グリルに促され、レオンハルトは重い腰を上げた。



 大食堂。

 人の少ない隅の席で、グリルとレオンハルトは向かい合って座る。

 レオンハルトは重い口を開き、事情をすべて話した。

 若い侍女を妊娠させてしまったこと。

 アリアが深く傷つき、家の空気が重くなっていること。

 グリルは腕を組み、難しい顔で聞いていた。

「うむ……」

 流石の彼も、すぐに言葉が出てこない。

 レオンハルトはただ俯くしかなかった。



 しばらくして、グリルが低く息を吐く。

「確かに……取り返しのつかないことをしたな。」

 多少の女癖の悪さは以前から知っていた。

 だが、ここまでやらかしてしまうとは思っていなかったグリル。

 それでも彼は、友人として続けた。

「しかし、騎士ならば行動で示せ。

 言葉より、姿勢だ。そうすれば……アリアさんも許してくれるはずだ。」

 その言葉に、レオンハルトは小さく頷いた。

「ああ……」

 力のない返事だったが、拒否する様子はない。



 二人の頭上を、一匹の蝶が静かに羽ばたいていた。魔力で作られた蝶。

 レオンハルトもグリルも、それに気づいていない。

 蝶はひらひらと離れていき、食堂の少し離れた席へと向かう。

 その席に座っていたのは、一人の老人だった。

 以前、雲の上でカムイを魔炎竜の鱗から救った、あの仙人じみた男。

 彼の名はゴルグル・アドメット。

 ロイヤルフォース騎士団の第三部隊隊長である。

 第三部隊は魔法使いや魔法の扱いを得意とする騎士の集団で、それをまとめているのが、このゴルグル。

 彼は蝶を通じて、先ほどまでの二人の会話をすべて聞いていた。

「ほほほ!レオンハルト、若気の至りというやつじゃな。」



 ゴルグルのテーブルの上には、大量のスイーツが山積みになっていた。

 かなりの長寿であるにもかかわらず、それに見合わない食事量だ。

 彼はかなりの甘党で、その糖分が魔力の維持だと自称している。(理屈はないのだが)

 ゴルグルはショートケーキを一つ掴むと、満足そうに口に運んだ。

 甘いものを頬張りながら、遠目にレオンハルトとグリルの背中を眺めている。



 ゴルグルは、そばを通りかかった大食堂の職員の女性に手を振った。

「ほいほい!おねえちゃん!パフェの追加じゃ。」

 女性は呆れたように腰に手を当てる。

「も〜、ゴルグルのおじいちゃん。食べすぎだよ!」

 彼は豪快に笑いながら手を振った。

 女性は「も〜」も小さく呟き、仕方なくキッチンへ向かう。

 厨房で、彼女はシェフに注文を伝えた。

「ゴルグルさん、パフェ追加で!」

 シェフは目を丸くする。

「ゴルグルさん……今日はいつにも増して注文するなぁ。」

「そうですね。何がいいことでもあったんですかね?」

 女性も同感で肩をすくめる。



 ゴルグルはテーブルのスイーツを眺めながら、上機嫌に笑っている。

 どうやら、以前手に入れた魔炎竜の鱗が、思いの外研究に役立ったらしい。

 その成果が嬉しくて、つい甘いものに手が止まらないようだ。

 大型食堂の片隅で、第三部隊長は今日も糖分を補給しながら、静かにご満悦の時間を過ごしていた。



 ゴルグルは遠くにいるレオンハルトを静かに見つめた。

「それにしても……」

 彼は気づいていた。

 あの雲の上で魔炎竜の鱗から助けた少年が、レオンハルトの息子だということを。

「まさか、あやつの息子じゃったとはな〜」

 小さく呟く。

 負けたとはいえ、あの鱗と序盤は互角に渡り合っていた少年の実力に、彼は素直に感心していた。

 神聖力の使用に関しても驚いたが、実力者であるレオンハルトの息子なら納得がいく。



 そして、もう一つ。

 長年培ってきた勘が、静かに警鐘を鳴らしていた。

 そう遠い未来ではない。あの息子は、いずれレオンハルトを超える——そう予想している。

(いつまでもそうしてると……足元を掬われるぞ。レオンハルトよ。)

 心の中で、真剣にそう思う。

 テーブルの上のスイーツはまだ残っているというのに、老人の表情は一瞬だけ鋭くなっていた。

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