第二十一話 舞踏会
ある日の騎士学校での休み時間。
教室でリディアがアリルと話していると、隣のクラスから元気な声が飛び込んできた。
茶髪のおさげ髪を揺らしながら現れたのは、リディアとアリルの友達のリザ。
とても明るい性格の女の子だ。
三人はすぐに輪になって、話を始める。
しばらくして、リザが手を叩いた。
「そういえば!今度、騎士学校主催の舞踏会があるわよね!」
上等部と下等部の全クラスで、二名ずつ代表が選ばれる踊りの催し。
リディアが頷く。
「次の授業で代表決めるんだよね?」
「うん。」
アリルも短く同意する。
リザは身を乗り出した。
「うちのクラスも次の授業で代表決めるよ!
リディアのクラスは誰が......」
言いかけたところで、教室に乾いた指を鳴らす音が響いた。
三人の視線がそちらに向く。
椅子に深く腰掛け、まるで神のようにふんぞり返っているカムイ。
指の音を合図に、マールロイド率いる親衛隊がすぐに動き、丁寧に飲み物を運んでくる。
一糸乱れぬ返事。
周囲の女子生徒たちが、色めき立って見ている。
リザは目を丸くした。
「な、何あれ……?」
リディアが少し不機嫌そうに吐き捨てる。
「神様ごっこよ。」
アリルが苦笑いを浮かべて小さく笑った。
「あはは……」
ルージュはまだ状況を飲み込めないまま、視線をリディアに戻す。
「リディアのクラスは……やっぱりカムイ君が出そうだね。」
苦笑しながらそう言うと、リディアはさらに眉をひそめた。
教室の空気は、相変わらずカムイを中心に回っている。
舞踏会の代表選出。
「それでは、まず男の子の代表から決めましょうか。」
ルーナ先生が柔らかく切り出すと、クラスの空気が一気に傾く。
マールロイドがすぐに手を挙げ、取り巻きたちも続く。
「もちろん、カムイ様以外あり得ません!」
他の男子たちも特に反対せず、あっさりと決まった。
男子代表は、満場一致でカムイ・ヴァルハート。
マールロイドたちが盛大に拍手をする。
「次は、女の子代表ね。」
その言葉と同時に、女子生徒たちの手が我先にと上がる。
「私が!」
「カムイ君!私と踊って!」
「私を選んで!」
教室が一気に騒然となる。
リディアは腕を組み、椅子に深く座ったまま小さく膨れていた。
(やっぱりこうなるわよね……)
隣のアリルが小声で囁く。
「やっぱりすごいね。カムイくんの人気...」
リディアはため息をつく。
収集がつかなくなったところで、ルーナ先生が両手を叩く。
「はいはい!みなさん!喧嘩はやめましょうね。」
相変わらず優しい笑顔。
彼女は少し考えてから、カムイにペアの女の子を決めてもらうことを提案した。
「えっ!?」
カムイが思わず声を上げる。
次の瞬間、女子生徒たちが一斉に彼の方を向き、ギロリとした視線と期待の眼差しを向けてきた。
机を囲むように集まり、口々に懇願する。
ルーナ先生が再び手を叩いて制する。
「みなさん落ち着いて!」
彼女はカムイを見て、
「カムイ君、今日中じゃなくてもいいから、期日までに誰と踊るか決めておいてね。」
優しく言うルーナ先生だが、逃げ場をなくすような提案だった。
授業が終わり、教室を出るギリギリまで女子生徒たちに取り囲まれるカムイ。
彼は苦笑いを浮かべ、軽く手を振って応える。
「あははは……まあ、考えるから。」
ようやく人波を抜け、廊下に出ると、そこにリディアが立っていた。
彼はすぐに追いつき、並んで歩き出す。
「まったく。困ったもんだね。」
どこか嬉しそうで、デレデレした声音だった。
だが隣を歩くリディアは、黙ったまま頰を膨らませている。
「ん?どうしたの?」と尋ねるカムイ。
「べつにー!」そっぽを向くリディア。
小さく、しかしはっきりと文句を呟く。
「選びたい放題で、いいご身分ね〜」
「どうしたの?今日はご機嫌斜めだね。」
「ふん!」
カムイは肩をすくめ、平然とした顔で突然切り出す。
「ねぇ、リディア!一緒に踊ってくれないかな?」
「えっ!?」と驚くリディア。
カムイはリディアの反応に驚く。
「えって...僕はもともとリディアと踊るつもりだったんだけど...嫌だった?」
リディアが思わず足を止める。
「べ、別に...嫌ってことないけど...」と恥ずかしそうに答える。
するとカムイはあっけらかんと説明した。
「ならいいじゃん。僕としても、リディアは同世代でも初めての女の子友達だし、何より息も合うと思うけど……」
そのあまりに平然とした物言いに、リディアの顔が一気に赤くなる。
嬉しい気持ちと、照れ隠しの反発が同時に湧き上がる。
「なんでそんなこと、平気で言うのよ〜!!」
声を荒げると、彼女は足早に歩き去ってしまった。
カムイは一瞬きょとんとしたあと、すぐに追いかけていく。
「リディア!待ってよ!」
廊下に、二人の足音が軽やかに響く。
学校が終わり、リディアはシルバレイン家の屋敷へと帰っていた。
馬車を降り一人で早足に歩きながら、頰を赤くしている。
「も〜〜!なんでカムイはあんなに無関心なの!」
あの平然とした態度と、「リディアと踊るつもりだった。」という言葉が頭の中で何度もリピートされていた。
屋敷に着くなり、父のグリルが笑顔で出迎える。
「お!リディア!どうだ?今日も父さんと剣の稽古を——」
「いい!」
短く、きっぱりと断られる。
リディアはそのまま足早に自分の部屋に閉じこもってしまった。
グリルは立ち尽くし、ショックを受けた顔で呟く。
そこへ、リディアを迎えに行っていたメイドが、
「グリル様。リディア様は今……大事な時期かと。」
「な、なに?」
理解できない、といった表情のグリルに、メイドは意味深に微笑むだけだった。
彼女はわかっていた。リディアが恋をしているのだと。
だが、あえてはっきりとは言わず、それとなく匂わせて静かに去っていく。
一人残されたグリルは、頭を抱えるようにして混乱していた。
「ど、どういうことだ!?」
シルバレイン家の夕方は、娘の恋心を父親がまったく理解できないまま、静かに過ぎていこうとしていた。
リディアの部屋。
ベッドの上で、彼女は大きなクッションを抱きしめたまま、ごろごろと体を転がしていた。
頰が熱い。
カムイのことが頭から離れない。
初めて会ったのは、シルバレイン家主催のパーティだった。
父の友人の息子。それ以上でも以下でもない存在だと思っていた。
ただの同い年の男の子。
しかし、盗賊団にさらわれたあの夜から何かが変わった。
カムイはずっとそばにいてくれて、危険な状況でも冷静に、優しく守ってくれた。
あのときから、特別な感情が芽生え始めていた。
騎士学校に誘ったのは、自分からだった。
一緒に通えるなら嬉しいと思って。
なのに、学校に入った途端、他の女の子たちにチヤホヤされまくっている姿を見て、胸のどこかが少し嫌な気持ちになった。
(誘わないほうが良かったのかな……?)
そんな風に思ったことも正直あった。
でも...
今日、彼は迷いなく自分を選んでくれた。
当然のように言ってくれた。
それが、嬉しすぎる。
クッションに顔を埋め、小さく足をばたつかせる。
(この気持ち……カムイは、全く気づいてないんだろうな...)
そのもどかしさが、胸の奥で甘く疼いていた。
リディアはクッションをさらに強く抱きしめ、天井を見上げた。
翌日。
登校するカムイが校門に近づくと、リディアが待っていた。
少し不機嫌そうな顔をしている。
(えっ?怒ってる?なんで?
昨日からよくわからないんだけど!?)
カムイはさっぱりだった。
リディアはすぐに彼のそばに歩み寄り、切り出す。
「昨日のことだけど!」
「えっ?」
「舞踏会!本当に私が相手でいいの?」
少し上ずった声音だった。
カムイはあっけらかんと答える。
「あ〜!うん。僕はリディアがいいよ!」
平然と言ってのけたその一言に、リディアの顔がまた一気に真っ赤になる。
「バカ!」
短く吐き捨てると、彼女はくるりと後ろを向いた。
カムイは完全に状況が把握できず、目を丸くする。
(え〜〜〜!)
ルミエルとして幾多の女神や天使を口説き落としてきた男なのに、この歳の少女の恋心には驚くほど鈍感だった。
彼女の頰の赤さも、声の震えも、全く気づいていない。
リディアは足早に歩き出す。
「ほら!先生に報告しに行くよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
カムイが慌てて追いかけていく。
職員室に向かう二人。
扉をノックして中に入ると、ルーナ先生が書類を整理していた。
カムイが先生へ丁寧に報告する。
ルーナ先生は顔を上げ、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「あら!リディアちゃんなのね!
先生もそうだと思ってた!」
「せ、先生!?」
リディアが思わず声を上げる。
カムイは首を傾げて「?」という顔をするだけだった。
隣の席に座っていた男の先生が、興味深そうに顔を出す。
「お!ヴァルハート家の息子さんと、シルバレイン家の娘さんのペアですか!これは期待大ですね!」
ルーナ先生は嬉しそうに頷きながら、さらに続けた。
「ええ!でも私はそれ以上に……
二人は、お似合いだと思うな〜」
その言葉に、リディアの頰が赤く染まる。
一方、カムイは特に何も感じていない様子で、軽く息を吐く。
「は、はい...」
ルーナ先生は二人を交互に見比べて、楽しそうに目を細めた。
舞踏会の組み合わせが、正式に決まった。
ルーナ先生が、続けて優しく説明を加える。
「舞踏会は来月よ。
それまでにしっかり練習してね!
本番は上等部の生徒もいるけど、緊張せずに頑張ってね!」
「はい!」
二人揃って返事をする。
リディアはすでに少し緊張した面持ちで、拳を軽く握っていた。
ルーナ先生は笑顔で二人を見送る。
「じゃあ、頑張ってね。何か困ったことがあったらいつでも相談して。」
「はい、ありがとうございます。」
教室に向かう廊下で、リディアがふと足を止めた。
「ねぇ、カムイ。
踊りの練習なんだけど、今度の休みにうちでしない?」
彼女はできるだけ平然を装って提案する。
カムイは特に深く考えもせず、あっさりと頷いた。
「うん。いいよ!」
その即答に、リディアは心の中で小さくガッツポーズをした。
(やった……!)
頰が自然と緩むのを、必死に抑える。




