第十七話 過去の遺物
騎士学校の授業。
この日は下等部でも珍しい、実務の授業だった。
簡単な武器訓練。生徒たちは武器を手に取る。
カムイも学校指定の木の槍を持ち、軽く振り回してみせた。
無駄のない、鮮やかな槍使い。
その姿に、女子生徒たちから黄色い声援が上がる。
「すごーい!」
「カムイ君、かっこいい!」
その声を聞きつけたように、マールロイドが取り巻きを連れて近づいてきた。
「やれやれ。ほんと君は、いつも注目の的だね〜」
嫌味たっぷりに言ってくる。
カムイは肩をすくめて、同じく嫌味で返した。
「ごめんね〜。
でも仕方ないよね〜。意識しなくてもこうなっちゃうんだ」と。
マールロイドは鼻を鳴らし、吐き捨てるように言った。
「ふん!今のうちさ!
君は僕に無様にやられるんだ。」
そう言い残して、取り巻きと共に去っていく。
カムイは槍を肩に担いだ。
そこへリディアが心配そうに近づいてくる。
「カムイ……大丈夫?」
「うん!大丈夫!」
彼は軽く手を振ってみせる。
リディアはなおも不安げだ。
「でも、マールロイドって、剣もなかなかやるらしいわよ。」
「ふん!やるって言っても子供でしょ?大丈夫だって!」と。
「……自分だって子供のくせに。」
緊張感のないカムイの態度に、リディアは呆れつつも心配そうに彼を見つめた。
実務の先生が生徒全員を呼び集めた。
「よ〜し!では誰か二人!手合わせをしてみよう。
立候補者はいるか?」
その声に反応するように、マールロイドが一歩前に出た。
今だと言わんばかりの勢いだ。
「先生!僕はカムイ君と手合わせしたいです!」
先生は興味深そうに頷く。
「ほー!マールロイド君か!
お父様の活躍、聞いているぞ!」
マールロイドは得意げに「ふん!」と鼻を鳴らす。
先生はさらに声を大きくした。
「君がヴァルハート家のご子息のカムイ君と勝負か!
これは面白い!」
周囲の生徒たちが一気に盛り上がる。
第一部隊の騎士の息子同士の戦い。
下等部の実技授業のわりにかなりの見ものだ。
カムイは槍を肩に担いだまま、静かに中央へと歩み出る。
生徒たちが自然と輪を作り、二人を囲んだ。
訓練場の中央で、カムイとマールロイドが向かい合う。
槍を担ぐカムイと剣を構えたマールロイド。
マールロイドは話し出す。
「約束は覚えてるな!」
「ああ!リディアに近づくな。だったっけ?」
「お、おい!大きい声で言うな!」
マールロイドが顔を赤くして慌てる。
カムイはへへっと笑い、さらに続けた。
「そっちも、約束覚えてるね?」
実はカムイも、勝利した際の条件を提示していた。
それは——マールロイドを含めた、カムイ嫌いのクラスの男子生徒たちが、一生カムイに従うこと。
勝つ気満々だったマールロイドは、その場ですぐに了承してしまっていた。
「当たり前だ!君が僕に勝つことなんてありえないんだからな!」
先生が間に入り、両者に距離を取らせた。
「よ〜し!では始めるぞ!
怪我のないようにな!」
緊張が高まる中、カムイは槍を低く構えた。
マールロイドも剣を構えて、一歩踏み出す。
実技授業の手合わせが、今、始まろうとしていた。
「はじめ!」
先生の掛け声と同時に、マールロイドが一瞬だけ瞬きをした。
目を開いた次の瞬間——すでにカムイが目の前にいた。
超スピードで間合いを詰められ、槍の穂先が目前に迫っている。
「うわっ!!」
慌てて剣を振りかざすマールロイド。
だがカムイの槍は止まらない。
鮮やかな連撃が、木の剣を正確に弾き、隙を突いてくる。
「くそ〜!」
マールロイドが反撃に転じようと踏み込む。
しかしカムイは、まるで踊るように軽やかに身をかわす。
無駄のない、流れるような動き。
その綺麗な身のこなしに、女子生徒たちから黄色い声援が爆発した。
「キャー♡♡」
「すごーい!」
カムイは髪の毛をかきあげ、軽く手を振ってサービスまでする。
明らかな力の差だった。
輪の外で見ていたリディアは、呆れたように眉をひそめる。
「も〜!調子乗ってる!」
隣のアリルが目を輝かせて言った。
「でもすごい!カムイ君、あんなに余裕そう!」
リディアも、内心ではすごいと思っていた。
正直、初めてカムイの直接的な戦いを見る。
以前盗賊団に誘拐されたときは、魔法しか見ていなかった。
魔法だけでなく、武器の扱いもこの域。
完璧にもほどがある、と彼女は思わず感じてしまう。
二人の戦いを、実務の先生は腕を組んで静かに見ていた。
(ふむう……マールロイド君の方が劣勢か。ヴァルハート家のカムイ君。ここまでやるとは……
正直言って、上等部の生徒と同等……いや、それ以上だ)
感心しつつ、さらに思う。
(ぜひとも、魔法も見てみたいな……)
そのとき、カムイがふと動きを止め、軽くステップを踏んで距離を取った。
マールロイドはすでに息を切らせている。
カムイは小さくため息をつき、提案した。
「どうする?魔法もありにする?」
「く、くそ!舐めるな!」
マールロイドが意地になって魔法を展開する。
カムイは嬉しそうに構えた。
「そうこなくちゃな!」
先生は目を輝かせた。
(お!魔法が見れるか!)
マールロイドの魔法が発動する。
地面の砂が浮き上がり、次々と固まって小さな岩になる。
「よーし!マールロイド様の岩石魔法だ!」
取り巻きが声を上げる中、マールロイドは岩をカムイめがけて飛ばした。
カムイはひょいひょいと軽くかわす。
そのうちの一岩が、軌道を外れて一人の女子生徒に向かいそうになる。
「きゃー!」と悲鳴。
瞬時に気づいたカムイは、超スピードでその子の前に割り込んだ。
片手で岩を受け止め、地面に落とす。
「ふ〜……いて〜」
手を振って痛みを紛らわせながら、彼は振り返った。
「大丈夫?」と声をかける。
女の子は感激のあまり、その場で腰を抜かし、嬉しすぎて気絶してしまった。
他の女子生徒たちから、さらに大きな声援が上がる。
「キャー♡」
「羨ましい〜♡」
マールロイドは歯噛みした。
「くそ〜!僕の魔法を、だしにするなんて!」
訓練場の空気は、完全にカムイの独擅場になりつつあった。
魔法を使いすぎて、マールロイドは明らかに息が上がっていた。
カムイが槍を肩に担ぎ、冷静に声をかける。
「もう降参した方がいいんじゃない?」
「な、なに!?ぼ、僕は由緒正しいロメルライ家の跡取りなんだ!君なんかに...負けるはずがないんだ!」
その瞬間、カムイが急接近した。
マールロイドの木刀を、両指で軽く挟む。
軽く神聖力を込めた力。全く動かせない。
力の差を、嫌というほど見せつけられる。
カムイの声が、低く、少し怒りを帯びた。
「うるさいな。血筋?血統?
そんなくだらないことにこだわってるから、弱いんだよ。」
次の瞬間、槍の端でマールロイドの腹部を正確に打つ。
「ぐっ……!」
彼はうずくまるようにその場に膝をついた。
先生が慌てて割って入る。
「待った!勝負ありだ!」
カムイは背を向けて歩き出した。
周囲の生徒たちは、圧倒されたように静まり返っている。
うずくまったままのマールロイドは、悔しさで拳を握りしめていた。
プライドを完膚なきまでに叩き潰された瞬間だった。
「くそー!まだだ!」マールロイドは叫ぶ。
カムイは呆れながら「もうやめときなって。」と。
うずくまったままのマールロイドが、悔しさに駆られて懐から何かを取り出した。
禍々しいオーラを放つ、黒い鱗のようなもの。
カムイの表情が、一瞬で険しくなる。
(……あれは)
父のレオンハルトから聞いたことがある物に似ていた。
レオンハルトが冒険者時代に倒した、魔炎竜の鱗だ。
あの戦いがきっかけで彼は騎士団への入隊を果たし、そして第一部隊隊長になった。
鱗は非常に貴重で、魔法の研究のために騎士団に寄付されたはずだった。
マールロイドは勝ち誇ったように笑った。
「へへ。パパもこの鱗の研究に関わっててね!
一枚、もらってきたんだ!」
「だ、だめだ!
生徒が使っていいものじゃない!」
カムイが声を荒げるが、マールロイドは聞かない。
「わかってるよ!でもねぇ!
僕には使えるよ!この鱗に魔力を込めれば!」
本来、魔炎竜の鱗は魔力を適切に込めることで、数時間の絶対的な回復能力を得られるという。
だが——。
「あ、あれ!?」
鱗の禍々しさが急激に増す。
魔力の入れ具合を誤り、マールロイドは制御に失敗した。
鱗はまるで意思を持ったかのように震え、訓練場を暴れ回り始めた。
失敗した際の典型的な例——鱗が意識を持ち、暴れ回る現象だった。
「きゃあああっ!!」
生徒たちの悲鳴が上がる。
実務の先生がすぐに大声で指示を飛ばした。
「全員、避難しろ!今すぐ訓練場から離れろ!」
禍々しいオーラを纏った鱗が、訓練場の中央で激しく跳ね回る。
制御不能の危険物が、生徒たちのすぐ傍で暴走を始めていた。
暴走する鱗は、一直線にリディアとアリルの方へと向かった。
「きゃあっ!!」
二人の悲鳴が重なる。
カムイは即座に声を上げた。
「リディア!」
超スピードで二人の前に割り込み、木の槍で鱗を受け止める。
だが——。
ボキッ!
軽い音と共に、木製の槍が真っ二つに折れた。
(うっ!くそっ!!)
衝撃に押され、カムイの制服が胸元で大きく破れる。
わずかに皮膚が切れ、薄い血が滲む。
彼は折れた槍を放り捨て、空中で静止した鱗を見上げた。
次の瞬間、鱗からカタコトな、低い声が聞こえてきた。
「オマエ……レオン……ハルト……コロス!!!」
どうやら、レオンハルトへの強い怨念が鱗にこもっているらしい。
息子であるカムイの姿を見て、父親本人だと勘違いしているようだ。
(おいおい、マジかよ!やめてくれよ...)
カムイは内心で舌打ちした。
父の過去の遺物が、こんな形で牙を剥いてくるとは思ってもいなかった。
カムイは鱗を見上げた。
「くそ〜」
正直、勝ち目は薄い。
神聖力を使えば、少しはマシだろうが、生徒や先生が見ている中でそれを使うわけにはいかない。変に騒ぎになってしまう。
どうすればいいか、焦る気持ちを抑えながら訓練場の周囲を見渡す。
心配そうに見守る下等部の生徒たちの中に、騒ぎを聞きつけた教師や上等部の生徒たちの姿もあった。
そのうちの一人が、一人乗り用のグリフォンを連れて立っていた。
「あれだ!」
ひらめいたカムイは、即座に走り出した。
上等部の生徒が目を驚かせる中、カムイはグリフォンの背に軽やかに飛び乗る。
「お、おい!?お前、何を!?」
「ちょっと借りますね!」
カムイは短く返し、グリフォンの首を優しく撫でた。
すると不思議なことに、気性の荒いはずのグリフォンがすぐに大人しくなり、彼の意のままに動き始める。
「えっ?う、嘘だろ……?」
「すげぇ……」
上等部の生徒が唖然とする中、カムイは心の中で昔を思い出していた。
天界にいた頃、許嫁の一人である獣の神アミリアルから、獣の手懐け方を教えてもらっていたのだ。
まさかこの知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。
「よ〜し。いい子だ!」
カムイが声をかけると、グリフォンは力強く翼を羽ばたかせ、訓練場の上空へと飛び出す。
彼は鱗に向かって大声で挑発した。
「こっちだ!」
怨念に支配された鱗は、即座に反応して彼を追う。
黒いオーラを纏いながら、空高く舞い上がっていく。
地上の生徒たちは、ただ呆然とその光景を見上げるしかなかった。
危険な戦いの舞台が、空へと移された瞬間だった。
騒ぎを聞きつけて学校長のギルバートが訓練所にやってくる。
「何事だ!?」と数人の教員を引き連れてやってくる。
カムイのクラスの授業を担当した先生が、「生徒の使用した魔炎竜の鱗が暴走しまして...それをグリフォンに乗ったカムイ・ヴァルハート君が空高くまで飛んで引きつけたんです。」と報告。
ギルバート学校長は「な、なんだと!?魔炎龍はかつて街一つを破壊したモンスターだぞ!それを下等部の生徒が!?!?危険すぎる!」と。
すぐさまギルバートは騎士団への報告と、飛行魔法を持つ教員を招集する。学校では戦闘体制を整える。
リディアは祈りながら空を見つめ「カムイ...」と心配そうにする。




