第十五・十六話 主従/気づき
カムイは校門の外で「ええっと……」と辺りを見渡した。
そのとき、穏やかな声がした。
「カムイおぼっちゃま。」
リーラが立っていた。
彼の送り迎えや学校関係のことは、すべてリーラが担当してくれている。
「リーラ!」
カムイは嬉しそうに駆け寄り、彼女に抱きついた。
リーラは優しく微笑み、彼の頭をそっと撫でる。
「お帰りなさいませ。」
二人は馬車に乗り込み、屋敷へと帰る。
揺れる車内で、カムイはリーラの横顔を見上げた。
(リーラといるのは落ち着くな〜♡)
天界にいた頃とは違う、静かで温かい安心感。
屋敷に帰宅し、扉を開けた瞬間、明るい声が飛んできた。
「カムイー!」
アリアが大急ぎで駆け寄り、息子を強く抱きしめる。
甘い香りと共に、彼女の体が彼の顔と体に柔らかく押し当てられた。
「おかえり、カムイ♡今日も無事ね♡」
母親の溢れる愛情に包まれながら、カムイは心の中で小さく微笑む。
(おお♡)
彼はアリアの背中に手を回し、短く応えた。
「ただいま、お母様。」
玄関に、親子の温かい時間が流れていた。
夕食と風呂を終え、自室のベッドで本を読むカムイ。
夜も更けてきた頃。
カムイはベッドの上で体を起こし、小さく息を吐いた。
「よし!♡」
時計を確認する。彼はこの日決めていた。
「うん。この時間なら……」
彼は部屋を出た。
向かった先はリーラの私室だ。
ちょうど風呂を終えた頃だろう。
扉の前で軽くノックをする。
「はい。」
リーラの穏やかな声が返ってきた。
中に入ると、着替えを終えたリーラの姿。いつものメイド服とは違う良さだ。
「おぼっちゃま?」
少し驚いた様子でこちらを見る。
カムイは自然な笑顔を作って提案した。
「リーラ、また一緒に寝よう。」
たまにこうして一緒に寝ることがあるので、リーラは全く警戒しなかった。
優しく微笑みながら、素直に頷く。
「いいですよ。」
隣同士で横になり、カムイは内心で嬉しさを噛みしめる。
リーラが少し茶化すように言った。
「本当よく甘えてきますね。」
「ヘヘヘ……だって、リーラと一緒だと落ち着くんだもん。」
「ありがとうございます。」
そして、いよいよカムイは一歩踏み出した。
ゆっくりとリーラに近づき、そっと抱きしめる。
「おぼっちゃま……?」
突然の行動に、リーラは戸惑いながらも、静かに彼を見つめた。
(……甘えたいのでしょうか?)
そして、カムイは止まらずに直進した。
「おぼっちゃま!?!?」
リーラは驚く。
その夜、二人は誰にも邪魔されない時間を過ごした。
そして、二人の関係は以前よりも深いものになっていった。
翌朝。
ベッドの上で二人が正座をしていた。
リーラの顔は真剣そのもの。
カムイは明らかに「やっちまった〜」という表情だ。
「おぼっちゃま!一体どういうつもりですか!」
流石に怒っている。
声に力がこもっていた。
カムイは視線を泳がせながら答える。
「いや……ごめん...リーラが綺麗で...つい...」
「つい、じゃありません!」
リーラはきっぱりと言い切る。
しかし、心の中では別の感情もあった。
(た、確かに優しくはありましたけど……
ダ、ダメ!おぼっちゃまの今後のためにも、心を鬼にしなくては!)
彼女は大きく息を吸い、改めて宣告した。
「おぼっちゃま!今後はこのようなことは絶対にいけません!
しばらく、一緒に寝るのもなしです!」
「えええ!!!」
カムイが悲鳴のような声を上げる。
しかし、次の日の夜も、
カムイはノックもせずにリーラの部屋へ入った。
ちょうど寝ようとしていた彼女が、驚いて上体を起こす。
「おぼっちゃま!?」
彼は容赦なくベッドに潜り込み、甘えるように体を寄せた。
「リーラ♡」
リーラはすぐに顔を強張らせる。
「ダメだと言ったではありませんか!
もうあんなことはしませんよ!」
しかし、カムイの甘えた様子に、リーラはついに折れてしまった。
「わ、分かりました。一回だけですよ!
そしたら自分のお部屋に戻ってください!」
「やった!」
リーラは優しくカムイを受け入れる。
しかし、高まる鼓動を抑えることができない。
カムイはそんな彼女を察して、
「お父様とお母様に聞こえないようにね。」
「は、はい……」
それからというもの、毎日のようにカムイとリーラは一緒のベッドで過ごした。
そんなある日。二人は夜以外にも共に過ごす時間を増やした。
学校が終わり屋敷に帰ると、二人はすぐさまカムイの部屋へと向かった。
レオンハルトは今日も仕事で不在。
アリアや他の侍女たちには、カムイ様の着替えを手伝うと話してある。
しかし、あまりにも仲良く過ごしすぎて時間を忘れてしまった。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「カムイ?リーラ?まだ着替えてるの?」
アリアの声が、扉の向こうから聞こえた。
二人はビクッと体を強張らせる。
リーラはとっさに声を裏返らせないよう気をつけながら返事をした。
「す、すみません、アリア様!
カムイ様の服が少し破れてしまったみたいで、今直してるところなので、すぐ行きます!」
完璧な咄嗟の嘘だった。
「わかったわ。食事の用意ができてるから、急いでね。」
アリアの足音が遠ざかるのを確認してから、カムイは小さく笑った。
「さすがリーラ!」
今日はここまでだ。
彼女はすぐに普段の冷静な表情を取り戻そうと努めた。
数日後の夜。
一人でベッドに横になっていたカムイは、ふとある異変に気づいた。
自身の神聖力が確実に上がっている。
「えっ!?な、なんで!?」
起き上がり、自分の掌を見つめる。
微かな光が、以前よりはっきりと宿っていた。
そしてハッとする。
ここ数日、リーラと共に過ごしまくっていたことを思い出す。
「ま、まさか……!」
確定ではない。
だが、一つの仮説が頭に浮かんだ。
このカムイの身体で、ルミエルとしての感覚や力が、愛を通じて目覚めていくのではないか?
メチャクチャな発想だった。
だが、他に思い当たる節がない以上、彼はそれを信じる。
「よ〜し!」
根拠はない。
それでもカムイは、ニヤリと笑って拳を握った。
力を取り戻すため...という建前のもと、彼の決意は固まった。
夜の自室で、元美の神は新たな「修行方針」を定めていた。




