第十四話 家筋
下界の話に戻る。
庭園のベンチで、カムイはリディアと昼食を食べながら、ふと天界のことを思い出していた。
フロリス、アミリアル、メル——三人の婚約者のこと。
(あいつら……怒ってるかな?)
できることならルミエルに戻って、天界へ帰りたい。
だが、その方法がわからないのが現状だ。
必死に探して、天界の皆に怒られる覚悟でルミエルとして戻るか。
それとも、このままカムイ・ヴァルハートとしての人生を歩むか。
悩むことは何度かあった。
しかし、今はとにかく——このカムイとしての人生を楽しもう。
そう何度も思い直してきた。
今回もまた、彼は楽観的に考えることにした。
元美の神ルミエルは、今日も人間の少年として、隣の少女リディアと昼食を共にしていた。
教室の窓から、庭園のベンチに座る二人の姿を眺める女子生徒たち。
「いいな〜リディアちゃん。」
「カムイ君独り占めしちゃってさ〜」
嫉妬混じりの声が小さく飛び交う中、一人の子がリディアの友達であるアリルに近づいた。
「ねぇアリルちゃん、リディアちゃんと友達なんでしょ?
カムイ君独り占めしないでって言ってよ。」
「えっ!む、無理だよ……」
アリルが困った顔で首を横に振る。
別の女子生徒が、ふと思い出したように口を開いた。
「でも、リディアちゃんのお父さんも部隊長なんでしょ? 確か第二部隊の。」
「そうそう。部隊長の子供同士ってことになるよね。あの二人!」
第一部隊隊長の息子と、第二部隊隊長の娘。
相手があまりにも強すぎると気づいた女子生徒たちは、徐々に引き気味になっていった。
「……相手、悪かったかも」
誰かが小さく呟く。
それでも女子生徒たちは、完全に諦めたわけではなかった。
「でも……もしかしたら」
「チャンスがあるかも……」
少しでも前向きに捉えようと、小声で励まし合う者もいる。
ヴァルハート家の息子という肩書きは重いが、まだ初日だ。
可能性を捨てきれない気持ちが、彼女たちの中に残っていた。
一方、少し離れた席では、男子生徒たちが集まっていた。
初日から異常なほどモテモテのカムイに対して、正直、良い感情を抱いていない。
中には「仕方ないよな。」と潔く認める者もいたが、プライドの高いおぼっちゃまたちにとっては、看過できない事態だった。
特に、先ほどリディアに挨拶してあしらわれた、キザな少年マールロイド・ロメルライが低い声で話している。
「ちょっと思い知らせた方がいいかもね。」
彼を中心に、数人が何かを企むような視線を交わす。
ある日の休み時間。
カムイはクラスの男子生徒たちに呼び出されてしまった。
指定された教室へ向かう途中、彼は小さく息を吐く。
「めんどくせぇな〜」
ある程度、状況はわかっていた。
実はルミエル時代にも、同じようなことが何度もあったのだ。
幼い頃から異常なほどモテモテで、天界の女の子に言い寄られまくっていた。
当然、男の子の天界人たちからは良く思われず、絡まれることも多かった。
(まさか人間でも、そういうことがあるなんてな〜)
廊下を歩きながら、彼は苦笑する。
天界では圧倒的な力でねじ伏せてやったが、今は人間のカムイだ。
力で押し切るわけにもいかない。
(どうしてやればいいかな〜?)
頭の中で対策を考えつつ、指定された教室へと足を向けた。
教室に入ると、すでに数人の男子生徒が待っていた。
中心に立っているのはマールロイド・ロメルライだ。
カムイは扉を閉めてため息をつき、単刀直入に切り出した。
「で?何か用かな?」
マールロイドがゆっくりと近づいてくる。
「あまりいい気にならない方がいいよ。
田舎育ちの部隊長の息子君。」
その言葉に、カムイは内心でムッとした。
だが表情には出さない。
マールロイドは得意げに続ける。
「君のことは調べてあるよ。
第一部隊隊長のレオンハルトさんの息子だ。
レオンハルトさんはさぞ頑張ったみたいだけど、騎士としての血統が薄すぎる。君で二代目だ。」
(またか...いるよな〜、こういう家の歴史だけが長くて偉そうにしてるやつ……)
カムイが心の中で呆れていると、マールロイドはさらに言葉を重ねた。
「僕の家はね、代々優秀な騎士として活躍しているんだ。
本来だったら第一部隊の隊長は、僕のパパがやる予定だったんだ。
それがなんだ?たかが田舎生まれの人間がパパの邪魔をするなんて、おかしくないかな?」
カムイは、嘲笑うように短く笑った。
「それは、君のパパが弱いからじゃないの?」
マールロイドの顔が一瞬で強張る。
カムイは構わず続けた。
「騎士なんて弱いやつは淘汰され、強いやつが生き残る。
そんな当然なこともわからないのか?そんなにバカ息子なのかい?」
彼はマールロイドの背後にいる生徒たちをゆっくりと見渡す。
「クラスの男子全員ってわけじゃなさそうだね。
ここにいないやつの方が利口だよ。」
教室の空気が、一気に張り詰めた。
マールロイドは、落ち着いた声音で言った。
「なら!実技の授業で勝負だ。下等部でも実技の授業はたまにある。その時に、はっきりさせてあげるよ。」
カムイは興味深そうに目を細め、すぐに返事をした。
「へ〜。いいじゃないか。」
やる気十分の返事に、マールロイドは少しだけ満足げに頷く。
そして、勝ち誇ったように条件を付け加えた。
「あと、もし僕が勝ったら……
リディアちゃんとは、もう関わらないでもらおうか。」
「なんでリディアが出てくるの?」
カムイが素直に尋ねると、マールロイドの頰がわずかに赤くなる。
「べ、別にいいだろ!」
その反応に、カムイは心の中で納得した。
(なるほど〜)
どうやら、ただの家柄自慢や嫉妬だけではなかったらしい。
リディアへの個人的な興味も混じっているようだ。
数日後に控える実技授業。
カムイは腕を組み、静かに息を吐いた。
(まあ……こんなやつにリディアを渡すのは、気にくわねぇからな。)
やる気は、十分以上に満ちていた。
授業が終わり、教室を出たカムイは、相変わらずリディアと並んで歩いていた。
リディアがふと彼の顔を覗き込みて尋ねる。
「ねぇカムイ。今日、何かあったの?
休み時間に男子が教室に少なかった気がするんだけど……」
カムイは軽く肩をすくめ、笑って答えた。
「ああ。マールロイドのおぼっちゃまに、決闘を申し込まれたよ。」
「ええ!?」
リディアが目を丸くする。
すぐに心配そうな声になった。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!」
カムイは余裕たっぷり。
リディアは不安そうな顔をしていたが、それ以上深くは聞かなかった。
二人は校門を出る。
門の外では、リディアを迎えに来た侍女がすでに待っていた。
「じゃね、カムイ!」
リディアが手を振ると、カムイも手を振る。




