第十三話 許嫁
話は、天界に変わる。
ルミエルが転生の池に落ちてから、神々や天使たちの間では「ルミエルは消滅した」という認識で話が進んでいた。
そして神々の会議が開かれ、大神ユリスへの責任問題が指摘される。
「そもそも、素行も貞操も悪い美の神ルミエルだ。
消滅したことで天界の威厳を少しは取り戻せるだろう。
だが、彼を今まで放置していたユリス様に、責任があるのではないでしょうか!」
そう主張する声が複数上がる。
ユリス自身も、祖父として甘やかしすぎていたことを反省していた。
そのとき、勝利の神ガブライン・ヴァルハラントが口を開いた。
「いっそ、大神を退く必要があるのでは?」
会議室がざわつく中、ユリスの補佐であるトレイルが静かに前へ出る。
「お言葉ですがガブライン様。
そもそもルミエル様が今まで自由奔放にされていたのは、あなた方にも責任がありますよ」
「なに!?」
ガブラインが目を見開く。
トレイルは冷静に続けた。
「あなた方神々は、今まで何度もルミエル様が更生するように、条件付きの勝負を挑まれていましたね?」
「うっ……」
「ルミエル様はこの天界において、ユリス様に匹敵するほどの神聖力の持ち主。それに、槍の使い手としても天界随一。あなた方は何度も敗北し、代わりの条件として彼に自由を与えてしまった。」
ガブラインが言葉に詰まる。
すると、勇気の神フレア・ソルティアが席を立ち、声を荒げた。
「しかし!彼の女性関係に関しては別です!
今回の一件も、彼の不貞が原因ではないですか!」
会議室に、再び緊張した空気が広がる。
すると、会議室の扉が「バン!」と勢いよく開いた。
「お待ちください!」
三人の女神が、揃って入ってくる。
ユリスが目を見開き、低く呟いた。
「お前たち……」
入ってきたのは、ルミエルの婚約者である三人だった。
幼い頃から共に過ごしてきた、いわば許嫁だ。
フロリス・シルヴァニア(剣の神)。薄い緑の髪を高いポニーテールにまとめ、腕を組んだツンデレ気質の女性。
アミリアル・クリスタリア(獣の神)。青い長い髪に、大人びた雰囲気をまとった女性。
メル・フィーネロイド(錬成の神)。ピンクのツインテールで、元気いっぱいの明るい女性。
神々がどよめく中、フロリスが一歩前に出た。
「確かに、ルミエルは女性関係に汚くて、もうどうしようもありません」
アミリアルが続ける。
「しかし、今回の一件は、大臣ガベル・ライトクルーズ様の奥様であるイザベラ様が、ルミエルを誘惑したことも原因の一つと考えられます。」
メルが元気よく手を挙げ、天界のモニターを操作する。
「は〜い!映像だよ〜!」
画面に映し出されたのは、天界の大庭園・中央噴水のほとり。
イザベラがルミエルの隣に座り、甘い雰囲気を振りまきながら誘惑する姿だった。
キスを交わし、自分の神殿へ誘う決定的な場面までが、はっきりと映っている。
会議室が一気にざわついた。
会議に参加していた大臣ガベル・ライトクルーズは、この事実を知らなかった。
妻のイザベラは、映像を見て黙り込む。
ガベルが椅子から立ち上がり、妻に怒鳴った。
「お前!ルミエル様から誘われたと言っていたではないか!」
イザベラは開き直るように声を返す。
「うるさいわね!そもそもあなたが悪いんじゃない!
仕事仕事で私の相手をしてくれないから!
ルミエル様は...私を情熱的に愛してくださって、この寂しさを埋めてくれたわ!」
その場で痴話喧嘩が始まってしまった。
フロリスは冷たく言い放った。
「まったく……大臣の妻ともあろうお方が、年甲斐もなく若い神を誘惑するなんて...」
アミリアルが優雅に微笑みながら続ける。
「本気で、ルミエルがあなたに夢中だとお思いですか?」
メルが元気よく、無邪気に話す。
「だよね〜。おばさんより〜、やっぱり若い子の方が、ルミエルは大好きなんだよ〜♡」
その言葉に、イザベラの顔が一気に険しくなった。
「黙りなさい!小娘たち!
ルミエル様は私のような歳上な女性が好みなのよ!
婚約者のくせに、知らないのかしら?」
今度は三人の婚約者相手に、喧嘩を仕掛けてきた。
会議室は完全に収拾がつかなくなりつつある。
フロリス、アミリアル、メルの三人がイザベラと火花を散らしている中、もう一人の女神が入ってくる。
「あらあら。三人とも。言葉遣いが悪いわよ。」
優しく、しかし芯のある声だった。
ユリスが小さく呼ぶ。
「ラディ……」
入ってきたのは、大神ユリスの娘であり、ルミエルの母——愛の神ラディ・バーガンディだった。
淡い桃色のドレスに白い翼、穏やかな微笑みを浮かべてゆっくりと歩を進める。
フロリス、アミリアル、メルは即座に背筋を伸ばし、揃って頭を下げた。
「ラディ様!」
ラディは優しく微笑み、イザベラのもとへ歩み寄る。
彼女はイザベラの手を握り、穏やかな声で丁寧に切り出した。
「イザベラさん。この度は息子のルミエルが、大変ご迷惑をおかけしました。ほんと、節操のない子で。」
イザベラは「は、はあ。」と答える。
ラディは続けて話す。
「ですが、あの子はどんな女性にも愛情を注げる、優しい心を持っています。
あなたのことも、愛しく思っていたはずです。」
イザベラは呆気に取られ、言葉を失う。
ラディは彼女の耳元に顔を近づけ、笑顔のまま静かに続けた。
「ですが……今回に関してはあなたも反省してください。私の大事な大事なルミエルが消滅してしまったのです。場合によっては堕天もあり得るのですよ。」
優しい声と表情。
しかし、その言葉の端々には、紛れもない怒りが込められていた。
イザベラは背筋に悪寒が走り、思わず身を縮める。
「はい...申し訳ありませんでした。」
彼女は深く頭を下げると、それ以上何も言えず席に座り込んでしまった。
会議室に、一時の静寂が戻る。
ラディは満足したように微笑み、三人の婚約者たちのもとへ戻っていった。
ラディの介入により、会議室の空気はようやく収まった。
素行が悪く、貞操観念など微塵もなかったとはいえ、力のある美の神ルミエルを失ったことは、天界としても痛手だった。
ユリスもラディも三人の婚約者たちも、それぞれに心を痛めていた。
会議が終了し、神々たちが次々と会議室を去っていく。
ユリスは椅子に深く座り込み、額に手を当てて静かに息を吐く。
ラディがそばに歩み寄り、優しく声をかけた。
「お父様。お疲れ様です。」
「ふむ……ラディ。すまなかったな。
私がもう少ししっかりしていれば……」
ユリスは孫の教育をもう少しきちんとしておけばよかったと、本心から後悔していた。
ラディは首を横に振り、自身も同じだと認める。
「いいえ。私もついついあの子が可愛すぎて……
子供の頃から甘やかしすぎてしまいましたから。」
親子共々、ルミエルに甘すぎたのだと、静かに共有する。
トレイルが一歩前に出て報告した。
「ユリス様。ラディ様。
ルミエル様は異例な消滅をしてしまいましたので、魂を追うこともできず……」
「仕方ない。転生の池の水は、神々にとって毒そのものだ。
しかし、何もしてやれんとは悔やまれるな。」
ユリスが低く呟くと、ラディが胸に手を当て、目を伏せた。
「ああ……ルミエル。
最後にもう一度、抱きしめたかった……」
トレイルは手続きのため、静かに会議室を後にした。
残されたユリスとラディのもとへ、三人の婚約者が歩み寄る。
ユリスは申し訳なさそうに口を開いた。
「お前たちもすまなかったな。
幼い頃から仲良くしてくれたのに。」
フロリスがすぐに首を横に振る。
「いいえ!ユリス様が謝ることではありません!
みんなルミエルが悪いんです!
私たちがいるのに、他の女神や天使と関係を持つなんて!」
アミリアルが胸に手を当て、自信満々に続ける。
「本当です。そもそも私の何が不満なのかしら?」
メルも元気よく、「う〜ん。おかしいな〜。昔から『大好き♡』って言い続けてたんだけどな〜」
ラディは三人を優しく見渡し、心配そうに尋ねた。
「フロリス、アミリアル、メル。
これからどうするの?
あなた達なら、まだ他にも結婚相手ができると思うけど……」
三人は即座に、揃って首を横に振った。
「一度ルミエルに愛を誓った身です。
他の方を愛することなど...できません!」
「これからも、ユリス様とラディ様のために尽くさせていただきます。」
「うん!メルもルミエルしかいや〜♡」
その真っ直ぐな言葉に、ラディは静かに微笑み、感謝を伝える。
「ありがとう。」
ユリスは三人を見つめ、深く息を吐いた。
「本当に、ルミエルにはもったいない子たちだ。」
話が終わり、婚約者三人は大神殿の廊下を並んで歩いていた。
メルが両腕を大きく伸ばす。
「あ〜疲れた〜。
フロリスちゃん!デザートご馳走してよ!
あの映像ゲットするの、大変だったんだから〜」
「全く、あなたって人は」
フロリスが呆れつつも、仲睦まじく会話を続ける。
そんな二人の横で、アミリアルだけが黙って何かを考えていた。
「アミリアル?」
「どうしたの?」
二人に声をかけられ、アミリアルは足を止める。
「ちょっと考えてたんだけど……おかしくないかしら?」
彼女は今回の事件の概要を、自分なりに詳しく調べていた。
その中で、どうしても引っかかる点がいくつかあったのだ。
「①そもそも、イザベラ様の旦那の大臣ガベル様は、なんでタイミングよく不倫現場に帰ってきたのか?
ガベル様はユリス様の仕事を手伝うということで、本来神殿に帰る予定はなかった。
なのに早く帰ってきて、現場を見つけてしまった。」
「②転生の池のある部屋の扉を、なぜルミエルが開けられたのか?
あの部屋はユリス様が厳重に管理しており、扉を開けられるのはユリス様のみのはず。
資料によると、ルミエルは大神殿を逃げ回って、たまたま開いていた部屋に逃げ込んだ……つまり、転生の池の部屋の扉は開いていた。」
「③これはあくまで感覚なのだけれど……ルミエルが消滅したというのに、なぜかルミエルの生を感じる。」
③に至っては、フロリスとメルも感じていた。
「確かに!なんかこう……感じるよね?」
「ええ。勘違いかと思ってたけど、みんなも感じてたのね。」
三人は顔を見合わせる。
ルミエルの消滅には、まだ何か自分たちが知らないとんでもない秘密があるのではないか。
そんな疑念が、静かに三人の胸に芽生え始めていた。
アミリアルがふふっ、と小さく笑った。
「どうしたの?」
フロリスが尋ねると、彼女は静かに答える。
「私たち……何をしてるのかしらね。
もう消滅してしまったルミエルのことを、こんなに調べているなんて。」
フロリスもメルも、つい釣られて笑った。
「それだけ私たちは、彼のことを愛してしまってるのね。悔しいけど。」
「うん!メルはルミエル大好き♡」
三人は自然と、お揃いの指輪を取り出した。
不格好だけれど、大切に磨き続けられた、子供の頃の約束の証。
数千年前。
まだ幼い子供だったルミエルとフロリス、アミリアル、メル。
神としての役職など与えられていない無邪気な時代。
四人は天界で最も美しい花畑で、毎日のように遊んでいた。
メルがルミエルに飛びつく。
「ルミエル大好き♡♡♡」
「ちょっとメル!ずるい!」
フロリスが抗議し、アミリアルも負けじと加わる。
「も〜!長いわよ!」
三人でルミエルに群がり、抱きつく。
花畑に倒れ込んだ四人。
ルミエルは楽しそうに笑った。
「はは♡三人とも可愛いね♡」
フロリスが目を輝かせる。
「本当!?じゃ将来、私と結婚しましょ!」
「フロリスずるいわよ!私だってルミエルが好きなんだから!」
「ずる〜い!二人とも!メルも結婚するの!」
三人が取り合いを始める中、ルミエルは三人を同時に抱き寄せた。
「喧嘩すんなよ!
わかった!俺、三人ともお嫁さんにする!」
三人は驚愕する。
ルミエルは自信満々に続けた。
「俺がお爺様を後を継いで大神になれば、何人と結婚してても誰も文句言わないだろ?そうすればみんな幸せだし!」
恥ずかしがるフロリス。
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ!」
微笑むアミリアル。
「いい考えね!流石はルミエル。」
はしゃぐメル。
「わーい♡♡♡」
幼い頃の、無邪気な天界人たち。
そのときルミエルは、三人に約束の証として指輪を作った。
当時からすでに凄まじい神聖力を持っていた彼が、不格好ながらも心を込めて作り上げたもの。
今も、三人はその指輪を大切に持ち続けている。
廊下の光の中で、三人は静かに指輪を見つめていた。
消えたはずの婚約者への想いが、胸の奥でまだ熱を帯びている。




