第十二話 騎士学校
騎士学校入学の日。
カムイは制服に着替えていた。
リーラが丁寧に袖を通し、襟を整える。
後ろでアリアがその様子を見ている。
「やっぱりカムイは何を着ても似合うわね!」
きちんと整えられた姿は、確かに高貴な騎士の子息らしい品格を漂わせていた。
アリアは式に合わせてドレスに着替え、リーラはメイド服のまま、カムイに同伴する。
レオンハルトは相変わらず騎士団の仕事が忙しく不参加。
屋敷の玄関を出ると、すでに馬車が待っている。
騎士学校に到着した。
とても広い敷地に、大きな校舎がいくつも建っている。
カムイはアリアと手を繋ぎながら、正門から中へと進む。
(は〜……ここもまた、広くてデカいな〜)
カムイは心の中でぼやく
リーラが入学の手続きをしていると、アリアはカムイに次々と注意を飛ばした。
「いい、カムイ!無茶だけはしちゃダメよ!
それと、困ってる子がいたら助けるのよ。
あと!危ない遊びはしないこと!」
超過保護な母親の言葉に、カムイは苦笑いを浮かべるしかない。
やがてリーラが戻ってくる。
「カムイおぼっちゃま。大講堂で式典が行われます。
アリア様、私たちは保護者の席の方ですので、カムイおぼっちゃまとは別方向です。」
「ありがとう、リーラ。」
アリアは名残惜しそうにカムイの頭を撫でた。
「カムイ、迷子になっちゃダメよ?」
「はーい。」
彼は軽く手を振って笑い、保護者たちと分かれて生徒用の通路へと向かった。
案内の教員に連れられ、カムイを含む新入生たちは大講堂へと移動し始めた。
彼は手を頭の後ろで組み、のんびりとした足取りで歩く。
(まさか美の神だった俺が、学校の生徒をやるなんてな〜)
そのとき、後ろから明るい声が飛んできた。
「あ!カムイ!」
振り返ると、リディアが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「よかった!カムイ、騎士学校に入ってくれたのね!」
「うん。約束だからね。」
リディアは満足そうに微笑む。
二人で歩いていると、別の方向から女の子が声をかけてきた。
「リディアちゃん!」
どうやらリディアの友達らしい。
友達の一人がカムイを見て首を傾げる。
「あれ?その子は?」
リディアは胸を張り、自慢げに紹介した。
「彼はカムイ・ヴァルハートくん!
ロイヤルフォース騎士団の第一部隊隊長、レオンハルト・ヴァルハートさんの息子さんよ!」
とんでもない大物の出現に、友達は目を丸くする。
「ヴァルハート家の息子……?」
近くにいた女子生徒たちが、その単語に敏感に反応した。
誰かが囁き、誰かが振り返り、瞬く間に情報が広がる。
「え、ロイヤルフォース騎士団第一部隊隊長さんの!?」
「あのレオンハルト・ヴァルハート様の息子さん!?」
次々に女子生徒が集まり始め、カムイの周囲に人だかりができる。
ありとあらゆる令嬢が、我先にと自己紹介と自己アピールを始めた。
「初めまして! 私、○○家の——」
「カムイ様、よかったら後で——」
「素敵なお名前ですね!」
近づいてくる少女たちに、カムイは体を持っていかれそうになる。
天界で美の神として君臨していた頃を思い出すような、懐かしい光景だった。
「ちょ、ちょっと!!!」
リディアが、顔を赤くして声を上げる。
カムイを奪われたことに、明らかにおこっている。
だがそんなことなどお構いなしに、生徒たちはさらに詰め寄ってくる。
大講堂への列は一時的に停滞し、春の校園に女子たちの黄色い声が響き渡っていた。
カムイは苦笑しながらも、どこか楽しげな表情を浮かべていた。
大講堂に到着した。
自由に席を選ぶ形式だったが、どの女子生徒もカムイの横に座りたがる。
周囲から「ここ空いてます!」「私の隣に!」という声が飛び交った。
「ちょっとちょっと♡」
困ったように手を振りながらも、顔は明らかに嬉しそうなカムイ。
その様子を見て、リディアがぷくっと膨れる。
彼女はカムイの手を掴み、大講堂の角っこの席まで引きずっていった。
自分はその隣に腰を下ろし、隣を塞ぐように座る。
「お、おいリディア。なんでこんな隅っこなんだよ!?」
「あなたが目立つところに座ると、女子が群がるからよ!」
「え〜?」
不満げな声を上げるカムイを無視して、リディアは腕を組んだ。
彼女の友達二人はリディアの隣に座る。
辺りの女子生徒たちは文句を言う。
「ねぇリディアちゃん!変わってよ〜」
「カムイ君独り占めするなんて、ずるいよ!」
リディアはきっぱりと首を横に振った。
「ダメ!カムイは私が騎士学校に誘ったんだから!」
その宣言に、カムイは椅子に深く座り直し、小さく息を吐く。
(やれやれ……)
騎士学校の式典が始まった。
大講堂が静まり返る中、学校長が壇上に立つ。
学校長の名はギルバート・フレスハイム。
新入生たちへの期待を込めた激励の言葉が、堂内に響き渡る。
続いて教員の紹介が始まった。
屈強な先生が1人、また1人と名前を呼ばれ、軽く会釈をする。
その中に、綺麗な魔法使いの女性教員の姿もあった。
優雅なローブをまとい、知的な笑みを浮かべて生徒たちに挨拶。そんな姿にカムイの目が止まった。
(そうか……学校にも美人な先生はいるよな♡)
神だった頃の気質が、早くも反応してしまった。
その気配を察知したのか、隣のリディアがこちらを向いた。
「どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、カムイは慌てて首を横に振る。
「い、いや! 全然!」
不自然な否定に、リディアはますます首を傾げた。
保護者席は、生徒たちの座席を見下ろす形になっていた。
アリアとリーラは席に座り、式典の進行を見守っている。
アリアがきょろきょろと下を見渡す。
「カムイはどこかしら?」
リーラも冷静に視線を巡らせ、すぐに発見する。
「あそこです!」
彼女が指差した先は、大講堂の隅っこだった。
カムイが壁際の席に座り、隣には銀色の髪の少女——リディアがいる。
アリアとリーラは、揃って首を傾げた。
「どうしてあんな隅っこなのかしら?」
「さあ?おぼっちゃまなら、目立つところに座るかと思いましたが……」
二人とも、不思議で仕方ない様子だった。
カムイが隅に座る理由、保護者席からは全くわからなかった。まさか自分の息子が初日から女子生徒にモテモテだとは知る由もない。
式典が終わり、次はクラス分けが行われた。
学校長が壇上で静かに手を上げると、色のついた紙がふわりと宙に浮かび上がる。
赤、青、黄、緑の四色。
それぞれの紙には、魔力量を探知する魔法がかけられており、クラスごとの魔力総量が平等になるよう、自動的に生徒のもとへ向かっていく仕組みだった。
ピュンピュンと軽やかに舞う紙切れが、大講堂の空中を飛び交う。
カムイの目の前に、一枚の赤い紙が舞い降りた。
隣のリディアにも、同じく赤い紙が。
「やった!カムイと一緒!」
リディアが嬉しそうに紙を掲げる。
彼女の隣にいた友達アリル・ゼーディル も「私も赤だ!」と声を弾ませた。
もう一人の友達リザ・マクスウェルは青い紙を見つめて「え〜、青だった〜」と残念そうに肩を落とす。
やがて全員に紙が行き渡り、クラス分けが完了した。
生徒たちは大講堂を出て、それぞれのクラスへと向かっていく。
カムイはリディアとアリルの三人で教室へと向かった。
扉を開けた瞬間、教室内がざわつく。
「ヴァルハート家の息子が……このクラスに?」
男子生徒たちの間に、明らかな緊張感が走った。
女子生徒たちは、憧れの眼差しでカムイを見つめている。
リディアはそんな様子を横目に見て、呆れたように息を吐いた。
「全く……」
アリルがくすっと笑い、カムイに囁く。
「すごいね。いきなり有名人だね。」
「いやいや!まだ何もしてないよ!?!?」
すると、一人の男子生徒がリディアのもとへ近づいてきた。
少しキザな風貌。
「ごきげんよう。君がロイヤルフォース騎士団、第二部隊隊長グリル・シルバレインさんのご令嬢リディアちゃんだね。僕はマールロイド・ロメルライ。由緒正しい騎士の一族ロメルライ家の後継さ。」
自慢を含めた自己紹介を始めるが、リディアの反応はそっけない。
「う、うん。よろしく...」
短く答えるだけで、特に興味を示さない。
マールロイドは明らかに呆気に取られていた。
席に移動する途中、カムイはリディアに小さな声で茶化す。
「リディアだってモテるじゃん。」
「べ、別にそんなんじゃ。」
彼女は顔をしかめてそう返す。
教室の扉が開き、担任の先生が入ってきた。
とても優しそうな、黒髪を高い位置でまとめた女性だった。
白いブラウスに黒いコルセット風の装い。笑顔が素敵な女性だ。
「皆さん、おはようございます。
担任のルーナ・チュナントンです。これから長い学校生活が始まるわね!よろしく!」
自己紹介を終えると、彼女は騎士学校のカリキュラムについて説明を始めた。
この学校では、初めは座学で基礎を学ぶ「下等部」。その後は実技がメインの「上等部」。
無事に卒業できれば見習兵士として働き、フラスタリア王国に存在する各騎士団への入隊を目指すという流れだ。
カムイは話を聞きながら、(へ〜。意外と細かいんだな。)と心の中で頷く。
一方。
式典が終わり、アリアとリーラも学校を出た。
正門の前で、アリアが少し不安そうに呟く。
「カムイ……うまくやれるかしら?」
リーラが優しく微笑んで答える。
「大丈夫ですよ、アリア様。
最近のカムイおぼっちゃまは、とても元気で人懐っこいですから。友達もすぐにできるはずです。」
「だといいんだけど……」
アリアはそれでも顔を曇らせる。
「あの子……ちょっと無理するところあるでしょ?
この間のパーティだって、盗賊にわざと捕まるなんて...」
そして、ふと何かを思いついたように目を見開く。
「もしかして!学校の不良の生徒に喧嘩を売ったりしちゃうのかしら!?」
過保護思考がMAXに達したアリアに、リーラはむしろ心配そうな顔をした。
「だ、大丈夫ですよ……」
アリアを宥めるリーラ。
リーラは買い物に行くということで、アリアを一人馬車に乗せ、屋敷へと見送った。
馬車が遠ざかるのを確認すると、彼女は学校の高い建物をゆっくりと見上げる。
(おぼっちゃま……楽しい学校生活を過ごしてくださいね。)
リーラは静かに、嬉しそうに微笑んだ。
式典とカリキュラムの説明で午前中が終わり、昼休みになった。
教室がどよめく中、女子生徒たちが次々とカムイの机に集まってくる。
「カムイ君、一緒に食べましょう!」
「私の作ったお弁当、よかったら……」
「こっちの席、空いてます!」
押し寄せる勢いに、カムイは思わず苦笑する。
(またか……)
嬉しいのは事実だが、流石に押し寄せてくる頻度が高すぎて困ってしまう。
そのとき、鋭い声が飛んだ。
「ダメ!カムイは私と一緒に食べるの!」
リディアがカムイの腕をしっかり掴み、強引に引っ張って教室を走り去ってしまう。
「え〜!!」
残された女子生徒たちから、一斉に残念がる声が上がった。
カムイは引きずられながらも、小さく手を振って応えた。
リディアはカムイを学校の中庭の庭園まで連れてきた。
木々が生い茂る場所で、生徒の姿もまばらだ。
カムイは腕を解放され、小さく息を吐く。
「あ、ありがとう、リディア。」
「も〜。まさかこんなことになるなんて思わなかったわ!」
リディアが頰を膨らませて言う。
騎士学校に彼を誘ったまでは良かったが、まさかここまでカムイがモテるとは予想していなかった。
少し後悔混じりの声だった。
二人は庭園のベンチに並んで座り弁当を開く。
華やかな中身を眺めながら、自然と会話が弾んだ。
楽しく昼食を取るリディアの横顔を見て、カムイはふと心の中で思う。
(こういうの……なんだか久しぶりだな)
誰かと並んで、特別なことをするでもなく、ただ穏やかに時間を過ごす。
(あいつら……元気にしてるかな?)
彼はある3人のことを思い出していた。




