第十一話 約束
現在に戻る。
カムイは隣に座るリディアを見て、どう説明したものかと悩んでいた。
彼女は不思議そうに、じっと彼の顔を見つめている。
(ええい!こうなったら!)
カムイは勢い任せにリディアを説得する。
「リディア!お願い!
このことは、誰にも言わないで!」
あまりの必死さに、リディアが目を丸くする。
カムイはさらに手を合わせ、頭を下げた。
「確かに...リディアの言う通り、これは危険な魔法なんだ。
勝手に習得したのがお父様にバレたら、絶対に叱られる!
お願い!」
必死の形相で頼み込む彼を見て、リディアはふふッと小さく笑った。
「うん。いいわよ。黙っててあげる。」
「本当に!?!?」
リディアはこくりと頷いた。
「うん。今回はたくさん助けてもらったし……
そもそも、その魔法のおかげで助かったもんね!」
「ありがとう!」
カムイが心からお礼を言うと、リディアは少し照れたように視線を逸らした。
(……カムイと二人だけの秘密。
……嬉しい♡)
彼女は心の中で、そう思っていた。
リディアは、カムイのそばに身を寄せた。
「ねぇカムイ。黙っている代わりに、一つ、お願い聞いてくれる?」
微笑んだ彼女に、カムイは少し警戒する。
「えっ?う、うん。」
リディアは真っ直ぐに彼を見つめて言った。
「騎士学校に入学して。」
「えっ?き、騎士学校?」
カムイは驚いた。
ヴァルハート家の屋敷での訓練と、派遣されてくる魔法使いたちとの勉強で十分楽しんでいた。
「学校か……」
思わず、めんどくさそうな声が出る。
するとリディアは、くすりと笑って釘を刺した。
「それじゃ……魔法のことバラしちゃおうかな〜」
「わ〜っ!ちょっと待った!
わかった!わかりました!」
即座に降参するカムイ。
リディアは満足そうに両手を合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと!」
カムイは肩を落とし、小さく息を吐く。
(この子……なかなか交渉上手だな...)
可愛らしい顔をして意外と強引だ。
二人だけの秘密を握られた以上、彼女の頼みを簡単に断るわけにはいかなかった。
二人が墓場で座って待っていると、やがて多くの足音と馬の嘶きが近づいてきた。
レオンハルトとグリル率いる騎士部隊が姿を現す。
「カムイ!」「リディア!」
二人の隊長がほぼ同時に声を上げ、駆け寄ってきた。
リディアは「お父様!」と声を弾ませてグリルに飛びつき、強く抱きしめられる。
グリルは安堵の表情で娘の頭を何度も撫でた。
レオンハルトもカムイのもとへ。
「カムイ!大丈夫か?」
「はい!お父様!」
レオンハルトの視線が、縄でぐるぐる巻きにされた盗賊の集団に向いた。
「こ、こいつら……お前がやったのか?」
正直に話すわけにはいかない。
カムイは少し考え、もっともらしい嘘を口にした。
「いえ……縛ったのは僕ですけど。
この人たち、皆酔っ払ってて。
僕たちを追いかけてる途中でみんな転んで、墓石に頭を打って、倒れていったんですよ。」
「……そ、そうか」
酔った盗賊が次々と墓石に激突して自滅する。
信じがたいが、目の前の2人の子供が倒したと言われるよりかは納得がいく。
周囲の騎士たちも、縛られた盗賊たちを確認しながら、ざわめいている。
無事にヴァルハート家の屋敷へ帰還した。
玄関を開けるなり、アリアが大急ぎで飛び込んできた。
「カムイ!!!も〜、心配かけて!」
今にも泣きそうな顔で彼を抱きしめる。
カムイは母親を抱きしめ返し、素直に謝った。
「ごめんなさい、お母様。
リディアを一人にしておけなくて……」
アリアは目に涙を浮かべたまま微笑む。
「ええ。そうね。そういう優しいところがあるのがあなたよ。
でもね、無理だけはしちゃダメよ?」
「はい」
カムイが短く頷いた。
そのときだった。
「おぼっちゃま————!!!」
二階から大きな声がして、侍女長のリーラが階段を駆け降りてくる。
その後ろには、大勢の侍女たちが続いていた。
だが、その光景は異様だった。
侍女たちが、簡単な武装を身につけている。
スカートの裾をたくし上げ、護身用の杖を握り、今にも飛び出しそうな勢いだ。
どうやらカムイが誘拐されたと聞き、救出に向かおうとしていたらしい。
「おぼっちゃま!ご無事で!?」
リーラが安堵の表情で彼の前に膝をつく。
他の侍女たちも、次々と安堵の声を上げた。
あまりの光景に、カムイは思わず笑ってしまう。
レオンハルトも傍らで唖然としていた。
アリアはそんな様子を見て、嬉しそうに目を細めた。
「ふふ。よかったわね、カムイ。
こんなにたくさんの人に愛されて。」
屋敷の玄関は温かく、少し騒がしい空気に包まれていた。
深夜。
カムイは自室のベッドに横になり、天井を見つめながら静かに考えていた。
今日はたまたま機転を利かせてうまく乗り切れた。
だが、次も同じように上手くいく保証はない。
もっと強くならなければならない。
神聖力も、まだ上手く使いこなせない。
このカムイ・ヴァルハートの身体で、ルミエルの力を得られるかどうかさえわからない。
美の神ルミエルには、もう戻れないのだろう。
ならば——。
この世界で、余裕を持って生きていくしかない。
そのためには、もっと強くならなければならない。
(リディアに言われた通り……やっぱり、騎士学校に通うべきなのか...)
屋敷での訓練や、魔法使いたちとの勉強だけでは足りないのかもしれない。
体系的に学び、同年代の者たちと競い、実力を積む必要があるのかもしれない。
カムイは小さく息を吐き、目を閉じた。
今はただ、疲れた身体を休めることにする。
次の日。
廊下を歩き、父親の私室の前で足を止める。
彼は軽くノックをする。
「入れ」
レオンハルトの声に応じて扉を開けると、父親は机に向かって仕事をしていた。
訪れたのが息子だとわかり、少し驚いた表情を浮かべる。
「カムイ?どうした?」
「お父様。少しお話いいですか?」
カムイとレオンハルトは向かい合う。
「シルバレイン家のリディアに、騎士学校に入らないかって誘われたんです。
僕としては、屋敷でのお父様との訓練も、魔法使いの先生たちとの勉強も、とても充実しています。
でも……もっと高みに登るためにも、学校には通った方がいいと思うんです。」
レオンハルトは腕を組み、「う〜ん」と低く唸って考え込んだ。
カムイは静かに続ける。
「お父様は、どう思われますか?」
レオンハルトは心の中で、いくつかの思いを巡らせていた。
(確かに……騎士学校というのは、名案だ。
本当ならカムイの訓練にもっと時間を割いてやりたいところだが...第一部隊隊長の仕事もある。)
しばらく沈黙したあと、彼はゆっくりと頷いた。
「よし。いいだろう。」
「ありがとうございます!」
カムイが嬉しそうにお礼を言うと、レオンハルトは厳しく、しかし期待を込めた目で息子を見た。
「ただし!ヴァルハート家の名を汚さぬようにな。
皆の模範となる、立派な剣士になるんだぞ!」
私室に、父子の決意が静かに満ちていた。
数日後。
ロイヤルフォース騎士団の本拠地で、レオンハルトはグリルと向かい合って座っていた。
「実はな……この間、カムイが私室に来てな。
お前の娘さんから騎士学校の入学をすすめられたと話してきた。」
グリルはそれを聞くと、豪快に笑った。
「ははは!リディアがそんなことを言ったのか!」
レオンハルトは少し真面目な顔で続ける。
「お前の娘さんもしっかりと先を見てるな。
立派な騎士になるために学校に通う...か。
普通、名家の子なら自分の家で整った環境の中で訓練するものだと……」
「いや、それは違うぞレオンハルト。」
レオンハルトが目を丸くする中、彼は続けた。
「確かに、一人で戦うのならそれだけで十分だ。
だが、それでは他の騎士との連携は取れない。
一匹狼の騎士など、なんの役にも立たない。
騎士学校というのは、仲間との連携も教えてくれる場所だ。」
その言葉に、レオンハルトは静かに考え込んだ。
田舎育ちで、冒険者として旅立ち、ここまでのし上がってきた彼にとって、騎士学校の利点などそもそも考えたことがなかった。
家での個人訓練こそが最善だと、無意識に思い込んでいたのだ。
「……そうか。そういうものなのか。」
グリルは満足そうに頷く。まっすぐレオンハルトを見た。
「確かにお前は、相当な努力を重ね、ここまで上り詰めたのだろう。
しかし、今第一部隊でうまくやっていけてるのは、当時の仲間がいたからではないのか?」
その言葉に、レオンハルトはハッとした。
確かに、自分は一人で冒険をしてきたわけではない。
リーラをはじめ、何人もの仲間と共に旅をし、戦い、時に別れを経験してきた。
出会いもあれば、失った者もいる。
だが、そのすべてが今の自分を形作っているのだと、改めて気づかされた。
「……そうだな。」
低く、静かに頷く。
多くの人間との関わりが、自分を支えていたのだ。
グリルは満足そうに笑みを深めた。
「だから、学校も無駄にはならんさ。
お前の息子にも、そういう経験をさせてやれ。」
自分の過去を振り返ることで、息子の未来への考えが、少しだけクリアになった気がした。
その頃。ヴァルハート家の屋敷。
カムイは庭のお気に入りの草原に寝そべっていた。
青空を眺めていると、リーラが静かに近づいてくる。
「おぼっちゃま。またこちらですか。」
彼が上体を起こすと、リーラは優雅に微笑んだ。
カムイは芝生を軽く叩く。
「一緒に寝そべる?」
「いいえ。結構です。」
あっさりと断られ、カムイは「え〜」と残念がる。
するとリーラは微笑み、改まった声で言った。
「カムイおぼっちゃま。少しお時間、よろしいですか?」
自室に誘われたカムイは、素直についていく。
リーラの部屋は相変わらず綺麗に整えられていた。
(何の用だろう?)
リーラが布に包まれた細長い物を取り出し、丁寧に差し出す。
「ん?なにこれ?」
「これはですね。私が冒険をしていた時に使っていた槍です。」
布を捲ると、手入れの行き届いた黒く美しい槍が現れた。
カムイは目を見開く。
「えっ?」
「カムイおぼっちゃま。騎士学校に入学されるのですよね?これは、私からのプレゼントです。
「えっ。でも……」
彼が拒もうとしたのには、理由があった。
実はレオンハルトからの厳しい言いつけで、カムイは剣以外の武器の使用を禁じられていた。
「剣で強くなれ」というレオンハルトのこだわりなのだろう。
カムイ自身も、心の中で不満はあった。
天界でルミエルとして生きていた頃、彼には武術の嗜みがあった。
そして、もっとも得意としていたのが槍。
天界でも一、二を争う実力だったのだ。
それなのに、槍を禁じられ、馴染みのない剣を使わされるのは、まさに苦行だった。
もちろんリーラは、ルミエルの人生など知る由もない。
だが、長年冒険者として生きてきた彼女は、見抜いていた。
この少年は、剣よりも槍の方が、はるかに向いていると。
「おぼっちゃま。ひょっとしたら、槍の方がお得意では?」
「えっ!? なんでわかるの?」
カムイが思わず声を上げる。
リーラは穏やかに微笑んだ。
「なんででしょうかね。
カムイおぼっちゃまの動きを見て、なんとなくそう思っただけです」
流石の観察眼だった。
彼は素直に槍を受け取る。
手に馴染む感触が、懐かしい。
「この槍はですね、面白いんですよ。」
リーラが説明を続ける。
持ち手の部分がとても柔軟な素材でできており、魔力を込めることで伸縮自在に長さが変えられる。
「すげぇ!!」
カムイは素直に喜んだ。
だが、すぐに気になることが頭をよぎる。
騎士学校の入学届。
この間、父親に書いてもらった際、希望武器の欄には《剣》と記入されてしまっていたのだ。騎士学校の入学届には、希望武器を書くことによって、各生徒に武器の種類に合ったカリキュラムが設定される。
するとリーラが、ふふッと小さく笑った。
「実は……入学届の提出は、私が任されておりましたので、剣から槍に書き換えておきました。」
「い、いいの!?そんなことして!」
カムイが目を丸くする。
リーラは涼しい顔で答えた。
「ええ。旦那様はお忙しくて、学校関連のことは全て私に一任されましたから。」
(なかなかやんちゃな人だな……)
カムイは心の中でそう思いながらも、どこか嬉しさを隠せなかった。
リーラに心の底から感謝した。
リーラは優しく微笑んだ。
「頑張ってくださいね。」
カムイは槍を両手で大切に抱え、力強く頷く。
「うん!必ずこの槍で、強くなるよ!」
リーラとカムイの間に、静かな、それでいて固い約束が交わされた瞬間。
彼は新しい武器を胸に、これから始まる騎士学校での日々を、わずかに楽しみに思い始めていた。




