第19話 離宮
「ウールドールがしゃべるなんて」
信じられないといった表情でチェリちゃんを見るリーレンに、慌てて事情を説明する。
「リーレン、実はね――」
「なるほど。元はお嬢様が作ったウールドールで、色々あってお話しするようになったんですね」
ふむふむと頷いて、リーレンはチェリちゃんにそっと手を差し出した。
「大きな声を出してごめんなさいね、あたしはリーレンです。これからよろしくお願いします」
「あたちの方こそよろしくにゃ、リーレン」
もっと怖がったりするかと思ったけれど、お互いすんなりと受け入れてくれて安心したわ。
「お嬢様が作ったのですもの、絶対にいい子ですわ」
「ありがとね」
私の事も信頼してくれているんだなって嬉しいわ。
「それにとてもふわふわで柔らかいし」
へにゃっとリーレンの口元の締まりがなくなる。わかるわ、もふもふっていいわよね。
「じゃあそろそろ行きましょう」
「はいお嬢様」
リーレンは食堂前まで一緒に付いて来てくれた。
食堂前には侍女がおり、私の姿を見てドアを開けてくれる。
中に入るとディフェクト様とイティルラ様が既に腰かけていた。
「すみません、遅くなりました」
「そんな事ないよ、慣れない所で戸惑っただろうしね」
ディフェクト様もイティルラ様もにこやかな顔で出迎えてくれるけれど、かえって申し訳ないわ。早く座らないと。
「えっと、私の席は……」
「エストレア様、こちらへどうぞ」
部屋の中にいた侍女長が席を教えてくれる。私の席はディフェクト様とイティルラ様の間であった。
「服、とても似合っているよ。ラベンダー色やはり素敵だね、エストレアならどんな服も似合うけれど」
そう褒めてくれるディフェクト様だけど、いつもより上機嫌な気がするわ。
「このような素敵な洋服を準備して頂いて、ありがとうございます。他にもたくさんあって驚いちゃいました」
「良いんだ、エストレアに似合うだろうからと僕とイティルラで選んだんだけれど、他にも欲しいのがあったらどんどん伝えて欲しい。君の為ならなんでも準備するよ」
「いえ、そんな……もう十分頂きましたので」
持ってきた服の三倍はあったもの、これ以上を望むのは申し訳ないわ。
「遠慮しないで良いのよ、わたくし達はエストレアの為なら喜んで動きますから」
そう言うイティルラ様だけれどその表情はやや硬い。ディフェクト様とはまるで対照的だわ。
(何かあったのかしら?)
気になって思わず聞いてしまうと、イティルラ様が珍しくため息を吐く。
「エストレアがわたくしの選んだ服ではなく、ディフェクトの購入したものを選ぶなんて……わたくしもまだまだね。エストレアの好みを熟知する為に、今度一緒に買い物に行きましょう」
暗い顔をしていたのはそれが理由だったのね……。イティルラ様が拳を握り、きっとディフェクト様を睨むものの、ディフェクト様はどこ吹く風だ。
「ふふ、エストレアの事については僕の方が上だね。ところで、買い物に行くなら僕ももちろんついていくよ。二人きりはフェアじゃないでしょ」
「ディフェクトは寂しがりですわね。まぁ、仕方ないから荷物持ちとして連れていってあげますわ」
買い物に行くのは決定みたいね。これ以上服は要らないけれど、三人で出かけるのは楽しそう。
「そうだ、もし良ければ二人と一緒に行きたいところがあるのです。私が作ったウールドールが置いてあるお店なんですが、いかがでしょうか?」
「「絶対に行く」」
久々に二人の声が重なった。
「確かチェリがいたというお店だよね、実は直接行ったことがなくて、一度見たいと思っていたんだ」
「えぇ。それにエストレアが行きたいというならぜひ行きましょう。確かアクセサリーもあると聞きましたし、良いものがあればエストレアにプレゼントもしたいですわ」
二人共乗り気になってくれてうれしいわ。
ひと通りお話をしていると食事が運ばれてくる。
美味しい料理に気心の知れた二人と一匹、とても楽しい時間となったわ。
◇◇◇
食事が終わり、食後のお茶を頂く。
食事はバゲットに春野菜のスープ、チキンステーキ、エビのサラダとどれも彩りも素敵で美味しくて、ついお腹いっぱい食べてしまったわ。
食後の紅茶もほんのり甘く、心地よい香りに癒されるわね。
「満腹だにゃ」
「よかったわね、チェリちゃん」
チェリちゃんもいっぱい食べていたわね。お腹が膨らんでいるのが見て取れる。
ウトウトとし始めたのを見て、イティルラ様がチェリちゃんをそっと抱っこする。
日の当たる窓辺の方に歩いていくが、そこには毛布の敷いたバスケットが置いてあった。チェリちゃんはそこに寝かせられるとすぐにこもってすやすやと眠り始める。
「チェリちゃん専用ね」
とても微笑ましい光景だ。
「猫だからどこでも眠ってしまうから、寝床を色々なところに用意してもらいましたの。放っておくとどこで眠るのかわからなくなってしまうのですわ。一度それで行方知れずになってしまい、誘拐されたんじゃないかって大騒ぎになってしまったの。自由過ぎるのも困りものですわ」
仕方ない事だけどと、イティルラ様は困り顔だ。
「鈴でもつけようかとも思ったけれど、あまり目立ちすぎるのもかえって良くないし、外し忘れて外に出たら大問題になってしまう。今のところ何もないけれど、学園に通う時には気を付けないとね」
ディフェクト様も苦笑している。
「そう言えば、ここの人たちは皆チェリちゃんを知っているんですよね」
チェリちゃん用の食事も用意されていたし、あのようにバスケットも置いてある。王宮では隠すように言われたけれど、ここでは堂々としている事から、ここの人達は皆信用できるという事よね。
「うん、ここの皆はチェリの事を知っているから大丈夫。あ、まだ自己紹介をしていなかったね」
「グレース、悪いけれど皆を集めてくれるかい」
「かしこまりました」
ディフェクト様の声掛けで侍女長ことグレースさんが外へと出て行く。
(そう言えば名前など全然聞いていなかったわね)
本来は先に聞くものだけれど、色々とバタついて遅くなってしまった。
「申し訳ありません、気を抜いておりましたわ。本来なら先に名乗るべきでしたのに」
「いいんだよ、ここに来るのは遅くなると思っていて食後にゆっくりと話せればと最初から考えていたから。僕達は馴染があるけれど、エストレアは今日が初対面だからね。落ち着いてからの方が覚えやすいかなと後にしてもらっていたんだ」
「皆さんとは元々お知り合いなのですか?」
「んー知り合いというか、僕達はここで育ったからね。ここで働いている皆は僕達が幼い頃から仕えてくれていたり、縁のある者たちばかりなんだ」
「だからチェリについても事情を知っているのですわ。エストレアのウールドールを見つけて来てくれたのも、ここの侍女なんですの」
そういうご縁だったのね。
私は窓辺で寝息を立てているチェリちゃんに視線を移す。すやすやと眠っているチェリちゃんはとても無防備だ。
(こんなにも気を許しているのだもの、きっと優しい人達ばかりだわ)
何よりディフェクト様とイティルラ様の話す口調から信頼できる人達だと伝わってくる。
仲良くなれたらいいな。




