第17話 誤解
(もうシルバーニュ領に帰ろうかな……)
そんな風に弱気になっていた時、ノックもなく扉が開けられ、イティルラ様が駆け寄ってくる。
「エストレア、遅くなってごめんなさい。もうベリンダ様はお帰りになったので、大丈夫ですわよ」
「イティルラ様……」
「今追い返してやりましたから、もうエストレアに何かするという事はございませんわ。もしも近づいてきたらいつでもわたくし達に話してください、絶対に負けませんから」
私の事を思ってくれるイティルラ様の笑顔に、ついにぽろぽろと涙が出てしまった。
「エストレア、どうしましたの?!」
何でもないとは言えず、かと言って妬いてしまったというのも躊躇われた。
「ディフェクト、お父様、一体何をしたのです!」
「ベリンダ嬢との関係を話したんだけど、僕と親しかったのではないかと誤解をさせてしまって……」
「誤解させるなんて、伝え方が悪かったのではないですか? 大体あんな女と親しいなんて、そんな風に思うだけでぞっとしてしまいますわね」
申し訳なさそうなディフェクト様に被せるように、イティルラ様の叱責が飛ぶ。
「いえ、私が悪いのです……私が身を引けば済む事ですから」
そう口を挟むけれど、イティルラ様は口を尖らせる。
「エストレアが身を引く? 何故? もしそうならばわたくしがエストレアを娶りますわ。だから泣かないで頂戴」
イティルラ様が私を抱きしめてくれる。
「どさくさに紛れてなんてことを言うんだ! エストレアは僕の婚約者だ」
「その婚約者をディフェクトは悲しませたんですもの、わたくしが立候補してもよろしいでしょ?」
「それとこれとは話が違う。エストレアは僕の婚約者だ、誰にも譲る気はない!」
(ディフェクト様……)
ここまで強く言ってくれるなんて、急激に気持ちが落ち着いてきて、申し訳なさが勝ってくる。
(ディフェクト様は私の事を好きと言ってくれていましたよね。それなのに疑ってしまったり、話を聞こうともしなかったり……これではいけないわ)
イティルラ様から体を離し、ディフェクト様に向き直る。
「ありがとうございます。ディフェクト様にそう言われて、嬉しいですわ」
「エストレア……僕は本当に君が好きなんだ。君意外と結婚するつもりはない。だから、どうか信じてくれ」
跪き、許しを請うように手を伸ばされる。
「わかりました。でも、お話色々聞かせてくださいね。また不安になってしまいそうなので……お願いします」
あれだけ手紙のやり取りをしていたのに、まだ知らない事や気になる事があるなんてという、驕りもあったかもと反省する。
今度はもっと平静を保って話を聞こう。
それでもディフェクト様の口から他の女性の名前が出るのは嫌だけれど……私は躊躇いつつもその手に触れた。
「エストレアに隠し事はしないよ。安心してくれるなら何でも話すから、何でも聞いてほしい。僕の好きなものや好きな事とかもたくさん。エストレアの事ももっと知りたいな」
「私の事ですか、そんな大したことはありませんよ?」
そんな事を言うとディフェクト様がホッとした表情をされる。
「よかった、エストレアが笑ってくれた……それだけで僕はもう」
ディフェクト様が私の手を握ったまま俯いてしまう。
「ディフェクト様、大丈夫ですか?」
「だって、エストレアが僕から離れてしまうんじゃないかって怖くなって……」
「大丈夫です、離れたりしませんから」
ディフェクト様の肩が小刻みに揺れている、泣いているんじゃないかと心配になったわ。
「あら。わたくしがエストレアを幸せにするつもりだったのに」
「イティルラ様、今はそのような冗談は……」
「わたくしは本気よ。そうね、自分が男じゃないのが恨めしく思うくらいに」
イティルラ様が自分の体を見下ろしている。
「イティルラ様はそのままで十分に魅力的ですよ? たとえ男性でなくとも」
イティルラ様は苦笑される。
「そういう事ではないのだけれど、まぁいいわ。それよりベリンダ様のお話だけれど続きがありますの。結論として今後王城の出入り禁止となりましたわ」
「え?」
あまりの展開の早さに驚いてしまう。
「でも、王妃様と個人的に会う程親しい仲だったのではないですか。それに侯爵家の方だと聞いています。こんな急に出入りを禁止にする事が出来るのですか?」
私の疑問にイティルラ様が詳細を話してくれる。
「言葉が強くなってしまいましたね。要するに身分が高かろうと宰相の娘だろうと、婚約者のいる男性に近づくなっていう事をお話しただけですわ。お母様が今日部屋に入れたのは、最後の引導を渡す為。もう事前連絡なしに王宮に入れることはないですわ」
「そうなのですね……」
ではディフェクト様や陛下を責めたのは間違いだったという事よね。自分の浅はかさが恥ずかしくなる。
「あのディフェクト様、陛下、申し訳ありませんでした。私失礼な事を言ってしまって」
「いいんだ、エストレアがわかってくれたならそれでいいよ」
「こちらこそ不安を与えてしまい、すまなかったね。こちらとしてはこれからもディフェクトとイティルラと仲良くしてもらえたら」
「はい、ありがとうございます」
穏やかな雰囲気に包まれる中、ノックの音が室内に響く。
「エストレアさんはまだいらっしゃるかしら?」
現れたのは王妃様だわ。
さすがディフェクト様とイティルラ様のお母様、綺麗な金の髪に長いまつ毛に伏せられた瞳もとても綺麗。
「良かったわまだいてくれて。ごめんなさいね、ベリンダさんへの対応に時間がかかってしまって」
コホンと一つ咳ばらいをし、王妃様が話し出す。
「私はイリューシカ、ディフェクトとイティルラの母です。これからよろしくね」
「王妃陛下にお会いできて光栄です。私はシルバーニュ伯爵の……」
「そんな他人行儀にしないで。もっとリラックスしてていいのよ」
こういう所は陛下と同じだわ。
「ディフェクトの婚約者と言えば私の娘になるのだから、遠慮せずにね」
「ありがとう、ございます」
嬉しさよりもまだ戸惑いが大きい。
「どうかしたの? 私の距離感が近すぎるかしら」
狼狽する王妃様にイティルラ様がふぅとため息を吐く。
「お母様。エストレアはベリンダ様の事で先程まで不安を感じていたのです。少しずつ近づいてください」
「まぁベリンダさんの事で?」
ディフェクト様とイティルラ様が今までの話を整理して話してくれる。
「ごめんなさいね、エストレアさんを悲しませてしまって。今後はベリンダさんはここに入れないから安心して遊びに来て欲しいわ」
優しい言葉にありがたくもあるけれど、気になる事があるわ。
「今まで入れていたのは婚約者候補、だったからですか……?」
少なからずベリンダ様を気に入っていたからではないのかしら。
「んー……婚約者候補だったから、というのもあるけれど本人が色々と勉強したいから、という事だったわね。こちらも少し甘くしていたのも悪かったと思うわ。でも婚約者の話は三年位前に無くなっていたし、本人も知っていたからそんなつもりはないと思っていたのだけれど」
結構前に婚約者の話は立ち消えになっていたのね。
「それは母上の前だけ抑えていただけだよ。僕やイティルラの前では、いつか自分が婚約者になるんだとずっと言っていたから」
「そうみたいね……今日ベリンダさんが来た時に話が出たもの。やっぱり自分の方がふさわしいと。自分は勉強をしてきたから、今からディフェクトの婚約者になっても大丈夫だと言われたのよね。その後イティルラの話もあったから、これからは立ち入りを禁じたのだけど。私の見る目がなくて、皆に心配をかけてしまったわね」
王妃様は眉間に皺を寄せている。
「宰相にも話をしておくわ、今後ベリンダさんに甘い顔はしないと。息子の婚約者であるエストレアさんの方が大切だもの。二人の恩人でもあるし」
王妃様が私に向かい、頭を下げてくる。
「ありがとう、二人を元気づけてくれて。チェリちゃんのお陰で二人は元気になったんだもの」
「いえ、私は大した事はしていませんので。どうかお顔を上げてください」
「そんな事ないわ。落ち込んでいた二人に笑顔をもたらしてくれたんだもの」
(私は本当に大した事してないのに……)
あたふたする私から盛大なお腹の音が鳴り響いた。
皆の視線が一気に集まるけれど、音は止まらない。
「……お腹すいたにゃー、いつまで話してるのにゃ」




