第16話 幼馴染の侯爵令嬢
王妃様のいる部屋からは何やら騒々しい声が聞こえてくる。
(今日は仕立て屋さんが来ていると聞いていたけれど、何を話しているのかしら)
言葉はわからないけれど良くない雰囲気を感じる。
部屋の外ではおろおろとしていたメイド達が、ディフェクト様とイティルラ様に助けを求めてきた。
「どうか、お力を貸してくださいませんか? あたし達では手に負えなくて……」
「一体何があったんだい?」
ディフェクト様が優しく声を掛けると、メイド達は狼狽えつつも状況を教えてくれた。
「本日王妃様は仕立て屋を呼んで話をしていたのです。その時ベリンダ様がいらして、どうしても王妃様に会いたいと話されて。無碍にするわけにもいかず、少しだけの約束で通したのですが……」
(ベリンダ様?)
どなたかわからずイティルラ様を見ると、苦い顔をしながら教えてくれた。
「ベリンダ様はルオルピス侯爵家の令嬢よ。わたくし達の幼馴染なのだけれど、我が強くて困ってますの」
「幼馴染、ですか」
その響きに胸の内が少しもやっとしてしまう。
(そうよね、ディフェクト様達にもご友人はおられますわよね)
知り合いのいない自分とは違うのはわかっていたけれど、気持ちが落ち込んでしまう。
「ベリンダ嬢が来ているのはわかった。だがそれで何故こんなにも騒がしいんだい?」
苛立つようなディフェクト様の声に少し驚く。このような荒ぶった様子をあまり見たことがなかったからだ。
「あ、その……」
言い淀むメイドと目が合う。私がいるから話しづらいのかしら。
「あの、ディフェクト様。私席を外しますので、お話を続けてください」
二人から離れて戻ろうと思ったのだけれど、イティルラ様が首を横に振る。
「むしろエストレアはディフェクトと共にいて頂戴。今離れられたら困りますので」
どういう意味かしら。
聞きたいけれど、今はなんだか聞けない雰囲気だ。
「ディフェクト、エストレアをお願いね、わたくしはお母様の援護に行きますので」
「あぁ。ではエストレア行こう」
「あ、あの、王妃様へのご挨拶は?」
「また落ち着いた時にお願いするよ、今はちょっと、間が悪いからね」
イティルラ様と離れ、ディフェクト様と来た道を戻るが、空気が重い。
(一体何があったのかしら。幼馴染だというベリンダ様が王妃様の元を訪れているって、それはつまり親しい間柄という事よね)
もやもやとした気持ちが消えない。
彼女は、ベリンダ様はどんな方なのだろうか。単身来て王妃様に会ってもらえる関係性って、普通の令嬢ならありえないわよね。
「ディフェクト様、ベリンダ様とは、その……」
「後で話すからね、今はとにかくこの場を離れるよ」
いつもより足早なディフェクト様に手を引かれ、その後を付いていく。
二人無言のまま、ただ廊下を進んでいく。そうして着いたのは先程陛下と話をした執務室だ。
ディフェクト様は訝しむ護衛の方を無視し、躊躇うことなくノックをした。返事が聞こえた後はすぐに部屋に入る。
「どうしたんだい、ディフェクト。イリューシカに何かあったのか」
ディフェクト様の様子にただならぬものを感じたのか、陛下も怪訝な表情だ。
「母上のところにベリンダ嬢がいる」
その言葉に陛下はため息を吐き、頭を抱える。
「また来たのか……エストレア嬢。何もされなかったかい?」
「私は何も……と言うよりもお会いしていませんので、大丈夫ですわ」
「そうか、良かった」
一体何なんだろうか。ベリンダ様って、どういう人なの?
わけもわからず、ディフェクト様と陛下の顔を見る。
「エストレア、今から説明するからひとまず座ろうか」
言われるがままにソファに座ると陛下も向かい側に座る。
「不安にさせてすまないね。ベリンダ嬢は少し人より気性と思い込みが強い子でね。何も知らずに会うと驚かせてしまうと思ってね」
そう言えばイティルラ様も我が強い方と言ってたけれど、それだけじゃないわよね。
「お聞きしたいのですが、ベリンダ様はディフェクト様達の幼馴染ですよね。一人で王妃様と会うくらいですし、とても親しい仲なのではないですか?」
駄目だとはわかっていても、不機嫌になるのは抑えられない。
「違うんだ、エストレア。僕は彼女を認めていない。もちろんイティルラも」
「何がです?」
伸ばされた手をふいっと避けてしまう。ディフェクト様が悲しそうな顔をされているけれど、今はそういう気持ちになれないわ。
「普通の令嬢がそう簡単に王妃様に会えるわけがありませんよね。それはつまり、お幼馴染以上の関係ですよね」
胃がキリキリして胸も痛い。けれどモヤモヤを抱えたままでもいられない、はっきりさせないとこんな気持ちではディフェクト様達と向き合えないわ。
陛下が真っすぐに私を見つめ、そして行くりと話してくれる。
「親しいとは言いづらいのだけれど……ベリンダは昔、ディフェクトの婚約者候補だったんだ」
血の気がさっと引く気がした。
(婚約者、候補……)
王子なのだからそれくらいいてもおかしくはないだろうけれど、それでもショックは拭えなかった。
「エストレア、違うんだ。僕が望んだことではないし、実際に婚約を結んだりはしていない。本当だ」
「そんなの、わからないじゃないですか……」
もしかしたらディフェクト様は私ではなく、ベリンダ様を選んだ可能性もある。
「たまたま近くにいて、家柄が釣り合うからと婚約者候補に上がっただけで、それ以上でも以下でもないよ。婚約も結んでないし、仲良かったわけではないんだ」
ディフェクト様が一生懸命は弁明するけれど、どうにもまだ信用できない。
そもそも侯爵令嬢だもの、私よりも地位は高いし、国の為を思えば、ベリンダ様と結ばれた方が良いに決まっている。
私はぎゅっとスカートを握り、涙をこらえる。
今も王妃様のところに来ているという事は、まだ婚約者候補なのではないかと悪い方向へと考えてしまう。
(やはり私なんかじゃダメなんだわ)
そう思うと、なんだかここにいる自分が滑稽に思えた。
「私なんかよりもベリンダ様の方が、本当は良いんじゃないですか……?」
何とか言葉を絞り出すとディフェクト様だけでなく、陛下まで慌て始める。
「待って、エストレア嬢。イリューシカはベリンダを招きたくて入れたんじゃないんだ。宰相の娘であることや、子どもたちの幼馴染だから強く言えないだけで、ディフェクトとどうこうさせたいというのはないんだよ。ただずっとここに遊びに来ていたから、その習慣で入れたのだと思うよ」
「……」
もう何も聞きたくないわ。本当は私認められていないのよ。
(帰りたい……)
もう一緒にいるのもつらいわ。
今ならまだお父様達の馬車に間に合うんじゃないかと、そんな事まで考えてしまった。




