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所変わって、現在のシリウス邸。
ハウディによる十五年前のあれやこれやが語り終わったのを見計らい、応接室に集まった者達にメイド長が手ずから紅茶のおかわりを淹れて回る。
「これが、この母と父の馴れ初めだ。ハウルよ。」
そう母親に呼び掛けられた息子のハウルは随分前から爆睡している。己の両親の馴れ初めなど聞きたくもないのやも知れぬが、堂々と居眠りし過ぎである。反応の無い息子を無視し、今度はロンに顔を向ける。
「どうだロン。少しは参考になったか?」
「とりあえずシリウス卿はさぞかしご苦労されたのだろうなと思いました。」
「何故そこでこいつが出てくる?」
不思議そうに首を傾げるハウディに、さらに当時や現在のボーダンの苦労が察せられた。ロンにとってボーダンは大切な友人であるリーシュの父親でしか無い。だが、ボーダンとハウディを見ていると、リーシュとハウルの未来が見えるようでやるせない気持ちになる。
大賢者の十二番弟子ロン=ツヴェルフは、先日から始めたフィールドワークの為、まずは手近な所からと幼馴染みの保護者達を訪ねた。「貴方にとって恋とは?」という漠然とした質問をされ、ハウディは夫との馴れ初めをじっくりと語ってくれた。
「プロポーズされて二ヶ月後に挙式。どんだけせっかちだよ。」
当時を思い出してか、ボーダンが毒づきながら深いため息を吐く。
「仮にも大守伯家嫡子の式だというのに、よく準備が間に合いましたね。」
「本当にな・・・。」
疲れ切った顔を見せるボーダンに大体を察してしまった。
「お疲れ様でした。」
「・・・おう。ありがとよ。」
今年十二歳になる子供からの哀れみの視線に耐え切れなくなったか、ボーダンは片手で顔を覆ってしまった。
「でも、今の話じゃファロウおじ様はいつハウディおば様を好きになったのか判んないね。」
娘の疑問を受けて顔を出したボーダンは、当時己も同じ疑問を持ったことを思い出す。そして、後に改めてファロウに質問してみた時の答えも、芋づる式に思い出した。
「確か『一生懸命な姿が可愛らしくて。プロポーズされたくらいで気づきました。』って言ってたな。」
一生懸命。それは空回りしまくり、周囲、特にボーダンに迷惑を掛けまくっていた姿のことだろうか。
「まっっったく共感出来なかったが、こんな奇特な奴は後にも先にもこいつしかいないだろうと思ってな。ハウディの世話任せるならこいつしかいねぇって。そういう自分に必要な相手だって本能で気づくのかね。」
「アステリオン卿は野生動物か何かなので?」
「ほんっと、話がまとまった時は良かったなあって・・・!」
当時を思い出し感極まっているボーダンに、長年未婚だった娘がようやく片付き安心した反面、寂しさもあり複雑な男親の姿を見る。一体いつボーダンはハウディの父親になったのか。
「ねぇねぇ!父様はプロポーズの時、母様に何て言ったの?」
リーシュがキラキラした目を向けて父親に尋ねる。しかしボーダンはその目から逃れるようにハウディの方に向き直った。
「そういえば知ってるかハウディ?」
「あー!また誤魔化す!」
ロンは、不満そうに口を尖らせるリーシュの愛らしさを網膜に焼き付けながら、紅茶を一口飲む。
「美味い・・・。」
「恐れ入ります。」
メイド長のフーヴァルがすかさず礼を挟んできた。この場合、どういう意味が含まれているのか。歴戦のメイド長のポーカーフェイスからは、ロン程度では何も感じ取ることは出来なかった。
「あの時の放送部の学生、今度出来るラジオ局の番組で司会やるらしいぞ。」
「ほう。そうなのか。」
ラジオという受信器を通して音声を遠くに届ける魔導具が一般向けに発売されることになり、ラジオ番組を放送するラジオ局も開設することになったのだ。
「確か年始から放送が始まるって言ってたかな。」
「ふむ、ハウルよ。せっかくだ。年始は家族水入らずでラジオでも聴こうでは無いか。」
そうハウディが呼び掛けても、ハウルから何も返事は無い。まだ涎を垂らして熟睡している息子を見て、ハウディはその首根っこを引っ掴んだ。
「この母を二度も無視するとは良い度胸だ。昼食の前に軽く鍛錬でもして腹を空かせておくか。行くぞハウル。」
そのままズルズルと息子を引き摺ってハウディは部屋から出て行こうとする。それでもハウルは鼻提灯をくっつけたままだ。
「待て待て!それ夕食まで帰って来なくなる流れだろ!!やめろやっ!!」
「というかお前はいい加減起きろハウルっ!!」
ボーダンが慌てて後を追い掛け、その後にリーシュも続いて部屋を出て行った。部屋に残されたのはロンとフーヴァルだけである。
この二組の親子が揃うと、リーシュが興奮すると口調が荒くなるのは父親譲りで、ハウルのスッとぼけた性格は母親譲りなのがよく判る。
静かになった室内で、ロンはふと、十五年前の事件で残った謎について考える。
「しかし結局、件の初恋の君は何者だったのか。」
ラクト=ガラクシアスの湖の君は、妄想でしか無かったのだろうか。ロンの呟きを拾った
フーヴァルが「ロン様。」と呼び掛ける。
「実は私、昔いわく付きの場所を訪ねて回ることに凝っていた時期がありまして。」
フィンケット・シー出身の風の民は、話しながらテキパキとティーカップを片付けて回る。
「フィンケット・シーでは、恨みを抱いて非業の死を遂げた花の民の魂は、清らかなる湖に誘われるという伝説がありまして。」
「ほう。」
花の民と言えば、淡い虹色の羽根で空を舞う妖精族の一種族である。美しい湖の畔を花の民達が舞い踊る姿はさぞや幻想的であろうが、恨みを抱いての非業の死とやらが引っ掛かる。
「何故かは判っていませんが、彼らは相手にとって最も魅力的な姿の幻を見せて、人々を湖に誘い込むのです。そして頃合いを見計らい水底に引きずり込むとか。」
麗しい妖精達が一変、見るも恐ろしい化け物へと変わる姿を想像する。
もし、従者が助けに来なかったら、ラクト=ガラクシアスはその十四年後、王都を騒がせることは無かったかもしれない。
「なるほど。ホラーの方でしたか。」
幻であるなら、ブリーナとよく一緒にいたブレンダの髪飾りが幻と混ざってもおかしくはあるまい。
湖で出会った初恋の君は誰でも無く、ラクト=ガラクシアスの都合の良い幻だった訳である。
「ロン?どうしたの?来ないの?」
可愛らしい声に誘われ扉の方へ目を向ければ、リーシュがわざわざ戻ってロンを呼びに来てくれたらしい。
「もちろん行くとも、リーシュ。」
ハウルがどうなろうが知ったことでは無いが、リーシュが巻き込まれる事態は頂けない。
腰を上げ、リーシュと共に部屋を出て行くロン。廊下に出れば中庭の方からボーダンの叫びらしき声が聞こえた。
ロンは思う。当時、もしくは今も、ボーダン=シリウスにとって、恋とは災厄であっただろう、と。




