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初めてアステリオン家の戦いを見た者は、大体こう言う。
「封印って、こんな概念だったっけ?」と。
暴食花は、ラクトがいなくなったことで動かなくなった巨大物体を取り込みながら、油断無く十数本の蔓で周囲を警戒していた。食事を邪魔されない為でもあり、近づく者がいれば捕らえて次の餌にする為でもある。
既に巨大物体を三分の二以上飲み込んだ暴食花を見上げ、ハウディは剣の切っ先からアステリオン家の血統魔法たる封印魔法を発動した。
己に向けて放たれた魔法に気づく間も無く、暴食花は瞬間凍結したかのように、すべての動きを停止した。動き回っていた蔓までも動かなくなった暴食花の全体とその下の噴水に、シリウス家の血統魔法たる結界魔法が掛けられる。それを待っていたかのように、暴食花の袋部分が突然、破裂した。
「キャアッ!!」
いきなりの破裂音に野次馬達がどよめく。続けて幾度も暴食花のそこかしこが破裂し、大きく成長したその身はどんどん崩れていく。暴食花を覆っている結界によって破裂による周囲への被害は無いが、暴食花と食われかけの芸術もどきは見るも無惨な姿になっていった。やがて暴食花と芸術もどきが跡形も無くなった時、結界が一気に収縮した。収縮が止まり残った小さな結界が徐々に降下し、ハウディの手元に下りて来る。球体の結界の中には傷一つ無いティアラが収まっていた。
「ふむ。さすがは古代魔導具。暴食花に一時捕食されようとも無傷で帰還とは。」
「おい!!ハウディっ!!やる前に一声掛けろ!!危ねぇだろ!!」
結界内のティアラを繁々と眺めるハウディを、ボーダンが怒鳴りつける。しかし幼馴染みの剣幕など何のそのでハウディは、付き合いの長い者なら判る程度に怪訝な顔をボーダンに向けた。
「わざわざ言わずともお前の仕事に決まっているだろう。」
尊大な物言いに額の血管が切れそうになったボーダンだったが、まだ仕事中と心中で唱え何とか堪える。この幼馴染みは部下相手ならば的確な指示を出すくせに、ボーダンには言わなくても判るだろうと大体言葉を省略するのだ。己がこう動けば、相棒ならば意図を瞬時に察して対応するのが当たり前と。確かにハウディが相手ならば戦闘での動きを感じ取るなど容易だが、それでも一言くらいは欲しい。
「よもや私の相棒ともあろう者が、この程度、察することも出来ぬと?」
不機嫌そうに顎を少し持ち上げ、ハウディの眉間に皺が寄る。ボーダン相手には何をやっても許されると思っているこの不遜な態度。ボーダンの血圧がまた上がり、さらに額の血管が盛り上がる。
「何でこっちが逆ギレされなきゃいけねぇんだ!!」
『一体何が起こったと言うのでしょう!巨大物体とそれを食らわんとした暴食花が爆音と共にあっと言う間に見る影も無くなってしまいました!!もしやこれはハウディ=アステリオン卿の封印魔法によるものなのか!?解説をお願いいたしますボーダン=シリウス卿!!』
「しねぇよ!!帰れ学生!!」
割り込んできた放送部の実況担当に噛みつき怒鳴り返すボーダン。しかし学生はめげずに「そこを何とか!」と食い下がり粘りを見せている。
「あのぅ、今、何がどうなったんですか?」
訳も判らぬ内に目の前の脅威二つが破裂して塵も残さず消え去った。瞬く間に起こった展開についていけていないブリーナ達が、レスタを窺い見る。
「あれはっすね。まずディー先輩が対象の動きと魔力を封印したんすけど、魔力が圧縮されちゃうくらいの封印だったんすね?」
「うん?」
「で、圧縮された魔力が耐え切れずに封印を破って解放されたことで、それと同時に破裂しちゃった感じっすね!」
「・・・えっ?」
レスタが身振り手振りを駆使して説明してくれているが、まったく頭に入って来ない。
「つまり、どういうことですか?」
「ええ~と、あっ!あれ!神殿学校入って最初の魔導学の授業で習う奴!魔力暴走!」
ブリーナ達は幼き日の記憶を手繰り寄せる。この国では魔術を扱えるだけの魔力を持って生まれてくる子供が多い。魔力の誤った使い方でよく起こる事故が魔力暴走である。本人はもちろん周囲にも大なり小なり被害が起きてしまうので、神殿学校では簡単な魔力操作を教えている。ブリーナは他国の神殿学校に通っていたが、魔力が平均値くらいはあったので魔力操作を教わっていた。
「ああ、あの、魔力操作を実際にやってみる時『魔力暴走だけは絶対に気をつけて下さい。』って念押しされる奴。」
「確か、必要以上の魔力を注ぎ込み過ぎると魔術式が壊れて暴走しちゃうんですよね?」
「そう!それと似た感じ!」
「判るような、判らないような・・・?」
レスタは上手い例えが見つかったという明るい顔だが、ブリーナ達はまだ喉に小骨が引っかかっているような感覚だ。
「解る。解りますよ。そちらの気持ちは。正直、俺達もよく解ってないですから。」
パンジが諦感を滲ませた顔でブリーナ達に優しく語りかける。二人は自分達が何を理解出来ていないのかもよく判らないまま、さしあたって頭に浮かんだ疑問を口にしてみた。
「えっと、とりあえず、破られる前提の封印魔法ってどうなんですか?」
「そもそも、封印魔法で広範囲攻撃って有りですか?」
「そうっすよねぇ!意味解んないっすよねぇ!まあ大丈夫っすよ!あんな封印魔法の使い方、アステリオン家だけっすから!」
「ええ・・・?」
理解していて説明してくれているものと思っていたレスタまでも、ハウディの魔法を意味不明と言い切る。長年、魔導大国で暮らし、魔術や魔法の常識ならばそこそこ備えていると自負していた二人だが、その常識が揺らぎそうだった。
「とにかく!!次からはやる前に一声掛けろよ!!絶対!!」
ずっとボーダンがこんこんと説教を続けていたが、それが捨て台詞に終わったようだ。しかし当の怒られていたハウディはケロリとしているので、次も同じ場面が繰り返されるに違いない。
「先輩、そんなんだからいつまで経っても尻拭い役なんすよ。」
「うっせぇ。」
「ブ、ブリーナっ!!」
気絶していたラクトが意識を取り戻したらしい。担架の上からブリーナを呼ぶ。魔力を封じる封魔鋼製の手枷を嵌められているので何も出来ないだろうが、用心に越したことは無い。ブリーナ達から遠ざけようと早く連れて行けと指示するボーダン。しかし、ブリーナが「ガラクシアス君。」とラクトに呼び掛けた。
「その、一応伝えた方が良いかもしれないと思って・・・。」
「ブリーナ、一体どうしたんだい?もしかして僕の愛の言葉に返事・・・・・・・・・。」
「ごめんなさい。私、鳩胸みたいな胸筋の人が好みなの・・・。」
その時、どこかでバサバサッという鳥が飛び立つ音が聞こえた。おそらく広場によく屯している鳩だろう。固まって微動だにしなくなったラクトはどう見ても細身で、そういう意味では絶壁だった。
「ウチの気の良い巨乳共とかどうすかね?彼女募集中なの結構いるんすけど。」
「勝手にすりゃいいが、とりあえずその呼び方はやめろ。」
逞しい胸筋を指して巨乳と呼ぶのは気持ち的にやめてほしい。しかし何故、騎竜に乗るのにあんなにも筋肉を育てる必要があるのか。むさ苦しい竜騎士達を頭の中から追い払っていると、担架の上で放心状態のラクトが急に目を見開いた。
「あらまあ、店長さん。遅れちゃってごめんなさいね。もうお祝いの会、終わっちゃったのかしら?皆さん集まって、どうかなさったの?」
視線を追うと、ファロウやバーバラ、店の客達が固まっている辺りに、先週、店の前で擦れ違った老婦人が合流している所だった。ファロウ達はどうやら木っ端微塵となった暴食花の件で落ち込む老紳士を慰めているようだ。
「大婆様・・・!!?」
「あらまあ、ラクト。」
驚きの声を上げたラクトに気づいた老婦人は、頬に手を当て首を傾げた。
「まあ、そんなにずぶ濡れになってどうしたの?昔、リャナン湖で溺れてから水場は苦手でしょうに。」
老婦人がおっとりとそう語りかけるが、顔色を悪くしたラクトは何も言わず明後日の方向を見ながら担架で運ばれて行った。
「何だ?あの馬鹿の知り合いか?」
「あの方、宰相閣下の姉君ですよ?分家の前伯爵夫人です。」
「マジか。」
アロイの言葉に今度はこちらが驚く。まさかガラクシアス一族だったとは。
「一族の最年長で、他の方々から一目置かれているらしいです。宰相閣下も頭が上がらないとか。」
「高位貴族って皆、親戚か顔見知りなんじゃないんすか?」
何故、先週に顔を合わせた時点で気づかなかったのかとレスタが暗に訊いてくる。
「ウチとこっちは高位貴族に『一応』って注釈が付くからな。」
己と幼馴染みを指してそう述べるボーダン。それで怒る所か大いに頷くハウディ。庶民派が過ぎる一応高位貴族の二人にパンジが呆れた顔を向ける。
「まあ、前伯爵夫人は嫁がれてからご子息に家督を譲られるまで、ほとんど領地におられたらしいですから。」
そうアロイが苦笑いで二人を擁護している所へ、説明を求めて彼の老婦人がやって来た。この人の良さそうな老婦人に身内のやらかしについて説明するのは気が引けるが、どうせもう今日明日の内に王都中に知れ渡るのだ。遅いか早いかの違いである。事件についてあらまし説明し終わると、老婦人は深々と頭を下げた。
「この度は身内が大変失礼いたしました。後程、私と弟でご迷惑をお掛けした方々に謝罪に参りますので。」
これから宰相とその姉君による関係各所への謝罪行脚が始まるらしい。
「「「お疲れ様です。」」」
目上に対し礼を欠いた言い方かもしれないが、それでも伝えたかった一同は声を揃え実感を込めて労いの言葉を掛けた。
「ガラクシアス家って、翁以外にもちゃんとした人いるんすね。」
きちんと会話が成立することの、何と素晴らしいことか。せっかくなので、先程老婦人も口にしていたリャナン湖について訊いてみた。
「リャナン湖で溺れた時の話ですか?あの子ったら、一人で湖に近づいては駄目よって言ったのに、いつの間にか姿が見えなくなってしまったんです。見つけてくれた使用人が泳ぎと水魔術が得意だったから助かったものの、本当にあの時は生きた心地がしなかったわ。」
どうやら昔からお騒がせ野郎だったらしい。
「その時、女の子も一緒ではありませんでしたか?」
「いいえ?ラクト一人だけでしたよ?」
「じゃあ結局、あいつの初恋相手は誰だったんだ・・・?」
やはりブリーナで合っていたのだろうか。であれば、リャナン湖の件はどうなるのか。
「ミステリーですね・・・。」
「もういいんじゃないっすか?謎は謎のままの方がロマンがあって。」
「適当言いやがる・・・。」
だが、レスタが投げやりな言い方になるのも無理は無い。休日返上で馬鹿の相手をさせられたのだ。“女王蜂の祝福”も、噴水とその下の魔石も無事で、犯人も無事確保した。周辺に被害は無し。怪我人も無し。今度こそ一件落着だろう。後は楽しくも無い事後処理が待っている。疲労感に襲われて投げやりにもなる。
老婦人は早速、一族の尻拭いの手始めにブリーナ達に声を掛けている。
「お嬢さん方もご迷惑お掛けしてごめんなさいね?」
「いえ、そんな大したことはしてないので。」
「私もさっき来たばかりなので。」
男一人をばっさりと振ったことは、大したことには含まれないらしい。おそらく彼女達はまだ学生時代のラクトを思い出してもいないのだろう。
「あの、ハウディさん。」
「うひゃいっ!!」
後ろから掛けられた声に、ハウディは情けない悲鳴を上げた。恐る恐る振り返れば、予想通りファロウだった。
「さっきは庇って下さってありがとうございました。」
そう言ってファロウは頭を下げた。これはハウディが代理決闘を申し出た時の礼だろう。
泡を食っているハウディだったが、突然「ファロウ=ハートリー殿!!」と想い人に呼び掛けた。
意を決した顔で、ハウディは跪き、ファロウの手を取る。
「突然で驚かれるやも知れぬが、どうか聴いてほしい。」
「おいどうした。」
とても嫌な予感がする。ボーダンの呼び掛けを無視し、真剣な表情でファロウを真っ直ぐ見つめるハウディ。対してファロウはきょとんとした顔でハウディの次の言葉を待っている。
「決闘の代理人に名乗り出た時、私は強く思ったのだ。この先、もし同じことがあっても、貴方を守るのは私でありたいと。」
「こんな阿呆らしい事件、早々起こらねぇだろ。」
というか、頻繁にあって貰っても困る。例え王都にはガラクシアス一族が後何人も蔓延っていようとも、早々無いと信じたい。
「我が真名に懸けて、永久に貴方に対し、誠実であることを誓う。」
ざわり、と群衆が色めき立つ。ここまで言えば、次の台詞は大体決まっている。
「どうか、貴方の名を捧げてほしい。」
「やりやがった。」
「キャアァアーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
黄色い悲鳴が群衆のあちこちから上がった。「名を捧げる。」や「名を捧げてほしい。」は、昔ながらの求愛、求婚の定番の台詞である。
『公開プロポーズだーーーーーーーーー!!何と!あのハウディ=アステリオン卿が天下の往来で突然プロポーズしました!お相手は一般男性のようです!返事は如何に!?』
すっかり一大行事化してしまった。ノリで求婚するなど、正直あの馬鹿と大差無い無謀である。
だがやってしまったものは仕方が無い。皆が固唾を飲んでファロウの一挙一動を伺う。
「ハウディさん。」
ハウディに向かって微笑むファロウ。慈愛の籠もったその表情に、これはもしやと淡い期待が頭をもたげる。
「お断りさせて下さい。」
この日、またもやガラクシアス家のお騒がせ事件よりも、王都随一の美形が公衆の面前で振られた事件の方が世間の話題をかっさらい、王都の歴史に刻まれた。




