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急遽、駆けつけてもらったブレンダ=ベケットは、こう語る。
「すみません・・・。牛だったら、例えどれだけ離れていようと見分けがつくんですけど。」
鳥の次は牛である。
「ちなみにリャナン湖へ行ったことは?」
「家族旅行で一度だけ。でも二十年くらい前ですよ?」
「では旅行のくだりは奴の妄想か。」
となると、やはり初恋の君はブリーナで確定か。
「でも、白と黒の斑模様のリボンが付いた髪飾り、ってのは持ってたんすよね?」
「ああ、乳牛柄の。」
「そんな気はしてた。」
「あれ、お気に入りだったんですよねぇ。さすがにもう子供っぽ過ぎるかなって、しなくなっちゃったんですけど。」
まさか、リャナン湖でラクトが約束した相手も奇跡的に同じ髪飾りをしていたのだろうか。
「・・・・・・それにしても、あの人、誰?本当に同級生?」
「そうらしいんだけど・・・。」
ブリーナとブレンダが釈然としない顔でラクトを眺めては首を捻っている。同級生の女子二人の中で、ここまで印象に残っていないとは。しかも内一人は初恋の相手である。
「頼む。これ以上俺の中のあいつの不憫値を上げないでくれ。ボコる時ちょっと躊躇しそうだ。」
「一応ボコる前提じゃなく確保前提でお願いします。いや、気持ちは判りますけど。」
目頭を押さえるボーダンに、一応釘を刺しておくパンジ。奴が迷惑極まりない野郎なのは変わりないが、ここまで忘れられている点はつい同情してしまう。まあ、だからと言って手心が加わることは一切無いが。
「とりあえず暫定ベネット嬢で確定だろう。ベケット嬢、わざわざご足労願った所、恐縮だが…。」
「失礼します。喫茶“ディアロア”です。」
「ホギャア!!」
その時、ハウディは鳴き声と共に結界のギリギリまで跳び上がった。突然、奇行と奇声を発した目の前の騎士に、慣れていないブリーナ達の目が点になる。
その起因となったファロウは、笑顔で蓋付きのカップが乗った穴入りの盆を抱えて立っている。後ろには同じ盆を持ったバーバラもいた。
「な!な!?な!!?」
「どうぞ。熱いので気をつけて下さいね。」
ファロウがカップをハウディに差し出す。ハウディはそれを震える手で恭しく受け取った。それを確認したファロウはまたカップを周りの者へ配り出す。
「な、何故!?」
ハウディは「何故、己の想い人がここに?」という意味で言ったのだが、側に控えるアロイは「何故、無関係の一般人がここに?」という疑問と解釈した。
「ああ、長丁場になりそうだったので、近くの喫茶店に飲み物をお願いしておいたんです。」
アロイが事も無げにそう述べた。その気遣いが己の隊長を追い詰めるとは知らずに。
「これもう今日は駄目じゃねえか?」
「さすがにマスターが戻ってくれたら復活するんじゃないっすかねぇ。」
手はおろか全身震え出したポンコツが、蓋付きにも関わらず珈琲を溢した時、その事件は起きた。
ハウディが溢した珈琲が少量ブリーナにかかりそうになったのだ。幸いブリーナが一歩後退したので珈琲がかかることは無かったが、代わりに足がもつれてしまった。バランスを失った彼女の身体がぐらりと傾く。
「危ない!!」
「キャッ!!」
あわや倒れそうになったブリーナだったが、偶々近くにいたファロウが支えたおかげで大事無く済んだ。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます。」
目の前に倒れそうな人がいたから支えた。ただの救助行為であり、それ以上でも以下でも無い。怪我の有無を心配するファロウも、倒れかかって驚いているブリーナも、きちんとそう理解している。しかし認知機能が歪んだ心の狭い人間の目からは、違って見えるようだ。
「隊長!?どうされたんですか!?ハウディ隊長!?」
一人は、白目を向いて固まり部下から心配されているハウディ。
「貴様!!名を名乗れっ!!」
そしてもう一人は、怒りの形相でファロウを指し怒鳴るラクトだ。突如おかしな人間に指名されたファロウは、しかし動じること無く叫ぶ。
「喫茶“ディアロア”のファロウ=ハートリーと申しまーす!!」
遠くの相手にも聞こえるように、ファロウは大きな声で名乗った。しかしその気遣いは相手による。
「答えんでいい答えんでいい!」
「変な人に個人情報教えちゃ駄目っすよマスター!」
その変な人に教えてしまった個人情報は、早速悪用されることになる。ラクトは「ファロウ=ハートリー!」とファロウを名指しする。
「貴殿に決闘を申し込むっ!!」
古い騎士物語には絶対と言っていい程出てくるお決まりの台詞を、ラクトは気障ったらしく言い放った。
「何でそうなった!?」
「ブリーナに近づく不届き者め!!正々堂々この僕と勝負しろ!!」
「まさかさっきので嫉妬!?脊髄反射で決闘申し込むなっ!!」
あまりの意味不明さにファロウもブリーナも、ブレンダや周りの野次馬達も呆気に取られている。そんな空気を切り裂いたのは、ポンコツ化しているはずのハウディだった。
「待て!!」
ファロウやブリーナを隠すように前に立ち、凜とした表情で宣言する。
「ファロウ=ハートリーの代理として私が決闘を受けよう!」
「おい死んだぞあの馬鹿。」
例えラクトに古代魔導具の加護があろうと、ハウディと決闘してまともに形を保っていられる想像がつかない。
「決闘しようがしまいがどうでもいいが後にしろ!!まずはそこから降りて来い!!」
「確かに!決闘ならば相手と向かい合わなければな!」
ラクトは「とうっ!」と掛け声を発した後、空中にその身を預けた。
「飛んだ!?」
「え!?あいつ飛べるんすか!?」
全員の注目を一身に集めながら、ラクトはどんどん地面に接近し、そのまま噴水に落下した。衝撃で跳ね上がった水飛沫が石畳を濡らす。
「・・・あいつまさか、ノリで跳んだだけか。」
「噴水に落下防止魔術かかってなきゃ冥界行きでしたね。」
子供や酔っ払いが噴水に落ちて溺れないようにという安全措置が、正しく作動したようだ。噴水の池に優しく受け止めてもらったおかげでラクトに怪我は無い。しかし高所から落下した衝撃で、お騒がせ野郎は気絶していた。
古代魔導具の実態は把握出来ていない所がまだ数多くあるが、あんなにもラクトを守っていたのに、とんだ幕引きである。まさか使用者の飛びたいという欲望を優先したのだろうか。これがいつか学会や教壇で古代魔導具使用の一例として紹介されるやもと考えると複雑である。
気絶したラクトを引き上げお縄にしたら、これで一件落着。しかし一つ問題があった。
「で、こいつはいつ消えるんだ?」
ラクトによれば芸術作品だという目の前の巨大物体を見上げる。魔法行使者本人の意識が無いにも関わらず、一向に消える気配が無かった。
「どうも魔力で構成されてるみたいですから、魔法行使の際に込められた魔力が尽きるまででしょうね。」
「それまで見張っとかないといけないっすかね?」
「面倒くっせぇ~・・・。」
さっさと撤収とは行かないようだ。噴水から引き上げられたラクトが、両側からガッチリ確保され連行されてくる。しかし、その姿を見て疑問符が浮かんだ。ラクトの頭の上に何も載っていなかったのだ。
「あれ?ティアラは?」
ラクトが被っていたはずの古代魔導具“女王蜂の祝福”が無い。最優先に確保しなければいけない危険物がどこにも見当たらなかった。
「え?噴水に落ちた?」
「それが今探しているんですが見つからず・・・。」
「それはまずいな。」
「まずいっすね。」
古代魔導具紛失は冗談では済まされない。ラクトのような馬鹿でなく、悪意ある者に悪用される事態は絶対に避けなければならない。
「あのぅ・・・。」
控えめな声に振り返れば、ブリーナが小さく手を上げている。
「私、キラキラした物見ると、つい目で追っちゃうんです。光り物に集まるカラスを観察したくて。」
「ブレないなぁ~。」
「あの人が落ちた時、キラキラした物があっちに飛んで行ったのが見えました。」
己が落下している間、初恋の君は心配もせず別の物に気を取られていたと知れば、一体奴はどう感じるのだろう。
「それで“女王蜂の祝福”はどこに?」
「あのウツボカズラの袋の中に。」
ブリーナが指し示した先には、野次馬の中、鉢植えを抱えた老紳士が立っていた。これは品種改良で虫しか捕食しない虫取り暴食花であると説明してくれた紳士だった。確かその際、注意事項を念押しされた。絶対に虫以外を食べさせないようにと。
店で見た時と違い、暴食花はプルプルと細かく震えていた。だが、一瞬ピタッと動きを止めたと思ったら、次の瞬間、一気に巨大化した。
「えええええぇええ!?」
重量に耐え切れず鉢植えを取り落とした紳士は間一髪で避難した。暴食花はぐんぐんと成長していき、ラクトが生み出した巨大物体を優に超えた。蔓を器用に操り動き出した暴食花は、巨大物体に近づき袋部分の口を向けた。大口を開けて獲物を食らう肉食動物のように、上からかぶりつき、飲み込んでいく。
「暴食花にはあれが美味そうに見えるのか?」
「もしかして芸術派植物?」
「なるほど品種改良の成果か。」
「・・・いや、あれって、ようは魔力の塊だからじゃないですかね。」
魔力を持った動植物は魔力を好む傾向がある。魔花である暴食花も同様で、その上、雑食性で常に獲物を探し回る貪欲さもある。虫取り暴食花にもその習性が受け継がれているのかもしれない。
「“女王蜂の祝福”を取り込んで欲望が解放された暴食花ってことか。そりゃこうなるわな。」
「暴食花の欲望って?」
「獲物の捕食だな。」
巨大物体が飲み込まれていくに比例して徐々に体積が増していく暴食花。
「あれを食い終わったら奴さん次どう動きますかね?」
「魔霧の森の野外訓練をもう忘れたか。手当たり次第だろ。」
「忘れる訳無いでしょ。そうなりますよねチクショウ。」
暴食花ならば、この周辺に集まった人々すべてを捕食しようと蔓を伸ばして追い掛け回し始めるに違いない。馬鹿が片付いたと思ったらこれである。
「犯人兼人質はもういない。つまり、もう強行手段に訴えても問題無いということだな。」
皆の先頭に進み出たハウディの短く切り揃えられた灰色を帯びた青髪が揺れる。ハウディは己の愛剣を鞘から抜き放ち、捕食中の暴食花に切っ先を向けた。




