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「平和な午後を送るミスティア王都民の前に緊急事態発生!ここ中央広場に突如として現れた謎の巨大物体!あれは神の啓示か!?はたまた破滅の予兆か!?まさか新たな現代芸術の夜明けとでも言うつもりなのか!?実況は王立学園放送部部長ボブ=コメットがお送りいたします!」
「お送りするな!帰れ学生!」
事件発生後、危険を避ける為、一般人は噴水に近づけないようにしていた。だが、それでも規制線の向こうでは集まった野次馬が事態の推移を見守っている。中には中央広場を囲む建物の屋根にわざわざ上って見物している連中もいる。危ないからやめるように注意して回っているのに一向に退く気配が無い。
特に、王立学園の制服を着た二人組はとても目立っていた。一人は魔導録音器を、もう一人は小型の魔導拡声器を構えて叫んでいる。
「あっーと!!あそこに見える燃えるような赤毛は“紅蓮の獅子卿”のご令孫ボーダン=シリウス卿!お隣の麗人は“蒼氷の狼卿”のご令孫ハウディ=アステリオン卿!」
「その恥ずかしい二つ名を二度と俺の名前にくっつけるな!!」
王都民ならば誰もが知るその二つ名は、孫であるボーダンとハウディにはいつまでも付いて回ってくる。祖父達が英雄なのは誇りに思っているが、正直、この二つ名とは縁を切りたい。
「騎士団の未来を担う新鋭二人が見事この事件を解決してくれるのか!?乞うご期待!!」
学生達はボーダンに怒鳴られようが気にせず実況を続けている。いつ誰が始めたか定かでは無いが、王立学園の行事には大抵、放送部による実況と解説がつく。行事だけと言わず、何かもめ事でも起こればすぐに出張っては実況を始めるのが放送部だ。いつもは学園内だけのはずだが、たまたま居合わせたのだろうか。今回は実況役と録音役の二人だけで解説役はいないようだ。
「隊長方!ブリーナ=ベネットさんをお連れしました。」
「おお、この短時間でよく探してこられたな。」
「王都住みで良かったですよほんと。」
犯人の要求から三十分も経っていないのに、よくあの少ない情報とこの広い王都からたった一人を探し出してきたものだ。
優秀な部下達を労りつつ、パンジの後ろに控える若い女性に視線を向ける。迷惑野郎の初恋の君は、至って一般的な可愛らしい女性だった。ラクトのような派手な美形では無いが、小動物のような愛らしい顔立ちをしていた。
「初めまして。ブリーナ=ベネットです。」
いきなり会わせて彼女に危険があってはいけないので、認識阻害の結界の中にブリーナを招き入れた。幸い、ラクトにはまだ気づかれていないようだ。この結界があの巨大物体への特攻に有効であれば話は早かったのだが、古代魔導具の力は伊達では無い。ラクトの欲望を叶える為ならどんな無理も通してくる。本当に何て迷惑な。
連れて来られたブリーナは、普通に挨拶を交わしながらも当惑した顔で居心地が悪そうにしている。無理も無い。道中で事情説明は済ませているらしいが、突然こんな所へ引っ張り出されたのだ。
「あの、あの人が・・・?」
「はい。貴方と王立学園で同学年だったラクト=ガラクシアスです。」
ブリーナはじっとラクトを見つめる。少々遠いが、顔の確認くらいは出来るだろう。しかし、段々とその頭が横へ傾いでいく。
「・・・すいません。ラクトって頭文字Rですか?それともL?」
「Lですね。」
「ああ~、そっちかあ~…。私、親の仕事の関係で学園入るまでメトポロン大陸をあっちこっち移り住んでたんですけど、未だにLとRの発音の聞き分けが苦手で…。」
「あ~、そういえば西の大陸の人はそれ苦手って話よく聞くっすわ。」
島国のステラリア王国から見て西に位置するメトポロン大陸は、この国では西大陸と呼ばれることが多い。
「もう今更恥ずかしくて訊きたくても出来なくて・・・。すいません、名前が書いてる紙とか…。」
「こちらです。」
アロイが差し出した資料に書かれたラクトの名前を、穴が空く程見つめるブリーナ。
「あ~・・・。え~・・・?」
怪訝な顔で何度も首を捻る彼女に、何だか嫌な予感がしてきた。
「まさかあいつのこと覚えてないのかよ!?」
「その・・・、実際に顔を見たり、名前の字面見たりしたら思い出すかなって思ったんですけど…。」
ブリーナは再度、ラクトを見上げる。
「・・・・・・・・・誰?」
「今、認識阻害で奴から見えないようにしていて助かったな。」
淡々としたハウディの言葉に全力で同意する一同。初恋の相手に「誰?」と言われた日には奴がどんな自棄を起こすか判ったものでは無い。こちらもあちらも、あらゆる意味で命拾いした。
「すいません確認させて下さい。王立学園七十一期卒のブリーナ=ベネットさんで合ってるよね?」
「はい、合ってます。」
どうやら違う人間を連れてきた訳では無いらしい。
「いやあ~、昔から人間の顔と名前ってどうも覚えるの苦手で…。鳥だったらすぐ覚えられるんですけど。」
「解る~!私も竜の顔と名前はすぐ覚えられる!」
レスタは共感を示しているが、鱗の色や角の形が一体一体個性的な竜と違って、鳥の顔を見分ける方が難易度が高いように感じる。
「何故に鳥…?」
「私、動物園に勤めてまして、主に有翼生物を担当しています。」
「あっ!もしかして最近よく聞く、鷲獅子とか天馬とかいる所?」
「そこですそこです。鷲獅子の雄々しい嘴や天馬の美しい翼を毎日観察出来るなんて私にとっては夢のような職場です。飼育環境を調えてくれた園長にはマジ感謝マジ尊敬!!」
「天馬って鳥じゃなくて馬では…?」
興味のある話で興奮したブリーナはレスタに担当生物の話を熱く語り始めた。一見すれば普通の女性だったが、実はかなり個性的な性格の持ち主らしい。
「一応あいつ、あれでもガラクシアス家の人間なんだけど…。」
仮にも名門貴族の生まれである。同級生なら覚えがあるのではと一縷の望みを懸けてみたが。
「私が覚えてる限りでガラクシアス姓の人、同じ学年で三人はいました。上下の学年にも確か二人以上いたような…?」
「そういやウチの学年もいたな~ガラクシアス。」
「多すぎなんですよね、ガラクシアス家。」
「えっ?ってことは何?あいつマジで初恋の人に忘れられてんの…?」
頼みの綱であったはずのブリーナは本当にラクトを覚えていないらしい。これでは説得など期待出来そうも無い。どうにか少しでも思い出してもらおうと、アロイが奴の発言から記憶を引き出そうとする。
「昔、貴方に絵を褒めてもらったそうなんですが。翼がどうとか・・・。」
「絵ですか・・・?翼・・・。」
その時、ブリーナが「あっ!」という顔をした。
「ああ~、そういえば学生時代に鳩のスケッチしてた子に前のめりに感想言ったことあるような・・・。あまりにも美しく鳩が描かれていたから、鳩が羽ばたく瞬間の美しい翼と胸筋について熱く語った気が・・・。」
「興味の対象、鳩だけじゃん。」
鳩の絵はよく覚えていても、スケッチしていた本人は記憶からすっぽりと抜け落ちている。良くも悪くも興味がはっきりとし過ぎている。
「微笑みながらずっと話を聴いてくれたって言うのは?」
「え?あっ。もしかしたら・・・。確かその頃、学園入ったばかりでステラリア語にまだ慣れてなくて・・・。」
「オチが読めたな。」
「まだ聞き取りが苦手なのにずっと早口で捲し立ててくる相手には、笑ってごまかしながら話を聞いてるふりしてたことあったなあ。」
「やっぱり。」
「それを知ったら逆上してさらに暴れるかもしれんな。申し訳無いが、話を合わせて投降するように説得してくれないか?」
「いや、大丈夫か?」
嘘がバレた時の方が面倒なことになるかもしれない。
「そうですよね・・・。私が忘れてるだけで、同級生なのは間違いないんですから・・・。」
ブリーナは少し目を伏せた後、真っ直ぐにこちらを見た。
「判りました。ちょっとやってみます。」
少々変わっているかもしれないが、根は善良なのだろう。認識阻害の結界を解除し、巨大物体の前に進み出る。するとラクトは目敏くブリーナを見つけ、「ブリーナ!!」と喜びの声を上げた。
「来てくれたんだね!!」
ハウディから受け取った拡声器を構え、ブリーナは一度大きく息を吸った。
『ひ、久しぶり。ガラクシアス君。』
「嗚呼、ブリーナ!いくら久しぶりで照れ臭いからってそんな他人行儀な。昔のようにラクト君と呼んでくれないか?」
『そ、そうだね。ラクト君。』
ブリーナの内心は「昔の私ってこの人のことそう呼んでたんだぁ。」だろうが、今の所、狂人相手に頑張って話を合わせてくれている。
『ラクト君、騎士さん達から聞いたよ?とても悲しいことがあったんだね。つらかったね。』
「ブリーナ!」
『私で良ければ話聞くから、そこから降りてきてお話しない?そこにずっといたってラクト君がつらいままだよ。私、それは嫌だな。』
「ブリーナっ・・・・・・・・・!!」
「おい、これ行けそうじゃね?」
「初恋の君効果すごいな。」
よもやこのまま無血開城もあり得るか。そんな希望も見えてきた時、感極まっているラクトがキラキラした笑顔で問うてきた。
「十四年前の、あの約束を覚えているかい?」
『え?』
「あの想い出の場所に、君はまるで影法師のように現れたね。あの日、二人で交わした約束を僕は片時も忘れたことは無い。僕はずっと君といたかったが、あの後、君はまるで蜃気楼のように消えてしまった。」
「影法師なのか蜃気楼なのかはっきりしろよ。」
「今こそあの約束を果たす時!愛しい春よ!どうか凍える僕の元へ帰って来ておくれ!」
ブリーナの動きが止まった。何せ、十四年前の約束所か、今会話している男の存在さえ覚えていなかったのだ。こうして話していても記憶は一向に蘇ってはくれない。下手なことを言えば嘘がバレる。
「約束とは何だ?春が何か関係しているのか?」
ハウディの疑問の半分に答えたのは意外な人物だった。
「愛しい春って確か二百年くらい前の有名な作曲家の恋歌の曲名ですね。ふふ、こないだフラれた音楽好きの彼女がよく好きだって言ってたっけ・・・。」
「パ、パンジ・・・。」
「なるほど、あれは口説き文句か。パクリという奴か。」
「パクリじゃない!!リスペクトだ!!」
「あいつ、わりと地獄耳っすね。」
「さーて、ちゃちゃっと仕事終わらせて早くプーちゃんが待ってる我が家に帰んなきゃ。」
プーちゃんとは、パンジの飼い猫である。
「パンジ・・・!!」
「さっきからごちゃごちゃうるさいぞ!!僕はブリーナと話しているんだ!!」
「その前に約束とは何かこちらにも説明しろ。」
「言う訳無いだろう!!家族旅行で行った、あの美しいリャナン湖の畔で、僕らは約束を交わした。あの約束は二人だけの物なんだ!!そうだろう!?ブリーナ!!」
『タイム。』
唐突にブリーナは、『アズラク=リーフの長い物語』に登場する恐るべき悪魔が行使する時間停止魔法を詠唱した。そして手招きで皆を呼び寄せ始める。ボーダンは意外と地獄耳のラクトに聞こえないように防音結界を張った。結界の中、皆が集まった所でブリーナが切り出す。
「リャナン湖って、フィンケット・シーの有名な避暑地ですよね?」
「そうだな。」
お隣で同じ島国のフィンケット・シーのリャナン湖周辺は、夏の避暑地として金持ち連中の別荘が数多くあるので有名である。
「いくら人類の顔面に興味の無い私でも、一緒に旅行に行った男の子の顔を忘れたりしないと思うんです。」
「ということは?」
「全部妄想の可能性が出て来たな。」
「えぇ・・・、怖ぁ・・・。」
十四年前といえば、ラクト達は十二歳くらいだ。好きな女の子と一緒に旅行に行った妄想を、時と共に現実と勘違いしてしまったのかもしれない。
「確かに旅行の件は妄想かもしれんが、何か約束したのは本当かもしれん。ベネット嬢、もう少し話を引き出せるか?」
「や、やってみます。」
「頑張れなさそうになったら、いつでも逃げていいんすからね?」
「はい。もうちょっと頑張ってみます。」
改めてまたラクトと対峙するブリーナ。鳥の件に目をつぶれば、本当に健気で善良な女性である。
「もういいかい?」
『うん。もう大丈夫。』
どうやら「タイム。」と言われて律儀に待っていたらしい。こういう所に育ちの良さを感じる。
『懐かしいね。リャナン湖とっても綺麗だったよね。』
「ああ、水面に反射した光が君の笑顔をより一層輝かせていたね。風が吹く度、君の美しい髪と髪飾りが揺れて・・・。」
『髪飾り?どんなの?』
「確か、白と黒の斑模様のリボンだったかな。」
『タイム。』
再度詠唱された時間停止魔法によって、またすぐ結界に集合することになった一同。
「今度はどうした。」
「もしかしたらなんですけど、当時まるで双子の姉妹のようと周りに言われる程、容姿や雰囲気が似通っていた仲良しの友達がいたんです。その子が一時期そんな髪飾りをつけていたような…。名前もブリーナ=ベネットとブレンダ=ベケット、ちょっと似てるでしょ?」
「じゃあ、あいつ初恋相手勘違いしてんの!?これだけ大騒ぎしといて!?」
「いや、普通ブリーナとブレンダ間違えるっすか?」
「鳩の絵を褒めたのは貴方なんですよね?」
「そうなんですけど、旅行の方はまったく覚えが無いので・・・。」
「そっちはブレンダ=ベケットさんの可能性があると。」
「ふむ。これは確認の必要があるな。」
急遽、騎士団の精鋭による早馬が飛ばされた。ブリーナから所在を訊けたので、わずか十分で件のブレンダ=ベケットは到着した。
「ブリーナ!」
「ブレンダ!久しぶり!」
友人達が手を取り合い、再会を喜ぶ。やって来たブレンダとブリーナを見比べると、確かに髪や瞳の色、全体的な雰囲気が似通っていた。
「元気だった?」
「元気元気!そっちの園長さんに『鷲獅子に頭を噛まれたのに治療を拒否してるから説得手伝って。』って頼まれた時以来ね!」
「あれね!『ブレンダだってパーシーに噛まれたら絶対に傷痕消したくないでしょ!?』って私が必死に頼んだら折れてくれて、最終的に二人で園長に怒られた時ね!」
「友達も変な子だなぁ…。」
「パーシーって誰っすか?」
「職場で私が担当している牛頭鬼の名前です。」
「あっ!もしかしてあの牧場!?牛頭鬼見れるっていう!」
「そうですそうです!」
「盛り上がってる所、悪いんだけど。」
早速、本題に入る。ブレンダも事情は道中で把握しており、協力を約束してくれた。しかし、いざラクトの姿を見た時。
「・・・・・・・・・誰?」
「こっちも!?」




