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ホワイムーン  作者: 思多斗芦
仮説2.恋とは決闘
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7






王立美術館の前、中央広場の真ん中にある噴水は王都民にとっては定番の待ち合わせ場所であり、噴水前はいつでも人が行き交っている。しかし、現在、誰も近づくことが出来ず、遠くから伺うのみである。

噴水を飲み込むように現れたその巨大物体を見上げ、ボーダンは半ば現実逃避気味に呟く。


「春は馬鹿が沸くなあ。」


見上げた先にあるのは一見、太陽のようにも花のようにも見えた。だが、赤、青、黄、緑、紫、他にも判別困難な色が混じり合い、ぐるりと回りを囲った棘が歪な速度で回転している。壊れかけた趣味の悪い玩具のようだが、一体何を模しているのか判別不能のその謎の巨大物体のさらに上には、ボーダンが指した頭が沸いた馬鹿がいた。


「アッハハハハハハッハーーーーーーーーーーーーーーー!!!僕は!!!自由だーーーーーーーーーーーーーー!!!」


やたら派手な装飾の燕尾服を着た若い男は、何故か頭にティアラを乗せて狂ったように高笑いしている。

迷惑な馬鹿とその下の惨状に目眩がしそうだ。


「あれ何?この世の終わり?」


「いや?今流行りの新芸術派じゃないっすか?ほら、写実的にじゃなく概念的な物を描くやつ。」


「ほう、これが噂の。初めて観たな。」


「ちょっと違うんじゃないですかね。」


第三騎士団第一部隊副隊長パンジ=ダガーがげんなりした顔で、そう三人にツッコミを入れた。

その場に居合わせたという理由で責任者に任じられてしまったボーダンとハウディの二人は、レスタや応援に駆けつけた部下達と共に王都民の避難と状況の確認を行っていた。


「あの馬鹿の身元が判りました。名前はラクト=ガラクシアス。」


パンジが大急ぎでまとめた手元の資料で確認しながらそう報告する。それを聞いてその場の者達は皆息を飲んだ。


「ガラクシアスだと・・・!」


「はい。面は一級品、中身は残念でお馴染みのあのガラクシアス家です。」


「またガラクシアスか・・・!」


なるほど、金髪碧眼、無駄に整った細面、よく響く高笑いなど、ガラクシアス一族の特徴にいくつか合致する。納得と共に酷い疲れが一同を襲う。

ガラクシアス一族が巻き起こす騒動にどれだけ王都民が迷惑を被っているかは、筆舌に尽くしがたい。


「またガラクシアス翁の持病が悪化するな。」


いつも身内のやらかしで胃を痛めている老宰相の健康を皆が心から祈る。しかし、もう少し一族の手綱を締めておいてほしいのも偽らざる王都民の本心だった。


「職業は画家で、絵画魔法持ちです。」


「じゃあ、あのよく判らんもんは絵画魔法で出した奴か?」


絵画魔法とは、描いた絵を現実に実体化させるという、珍しい部類の魔法である。


「才能の無駄遣いだな。さすがガラクシアス家。」


「あんなんでも一部の好事家には受けてるみたいですね。」


「マジかよ。複雑怪奇過ぎんだろ芸術。」


「芸術って貴族の教養の一つなんじゃないんすか?」


あまりにも庶民的過ぎるので度々忘れてしまうが、ボーダンもハウディも歴とした貴族である。


「ウチも隣も脳筋一族だぞ。判る訳ねえだろ。あと、あれは芸術じゃなく迷惑行為と言う。」


「「「確かに。」」」


何故、ラクト=ガラクシアスは公共の迷惑も考えずここで芸術を爆発させたのか。今の所判明している経緯はこうだ。

王立美術館で若手画家の作品を集めた展覧会が明日開催予定で、ラクトの作品も展示されることになった。今日は搬入と打ち合わせの為、モデルの女性を伴って来たらしい。

展覧会では特別に美術品としても評価が高い古代魔導具“女王蜂の祝福”も一日だけ展示される。“女王蜂の祝福”は、見た目は金色に輝く美しいティアラだが、使用者の欲望を解放し、欲望を叶える為に必要な潜在能力を引き出すという、使用者の用途によっては迷惑極まりない代物だ。

そして、理由は不明だが、美術館の中で突然乱心したラクトが絵画魔法で謎の物体を大量生産し始めた。警備員四人が取り押さえようとしたが、暴れたラクトが画材道具をぶち撒けたせいで地の民(ノーム)の新人警備員がチューブの絵の具を踏んですっ転び、思わず隣の砂猫の民(マウ)の警備員の尻尾を掴み、飛び上がって頭突きをかまされた武の民(タイタン)の警備員がその巨体をよろめかせ、角の民(ラルウァ)の警備主任の背中を突き飛ばしてしまい、ダイヤモンド以上の硬度を誇る角の民(ラルウァ)の角が“女王蜂の祝福”の展示ケースを破壊した。その拍子に“女王蜂の祝福”は宙を描いて飛んでいき、ラクトの頭に見事着地した。


「何その悪夢の連鎖。本当に偶然か?」


「偶然です。」


荒唐無稽でもパンジにそう断言されては信じるしかない。

かくして、ラクトは“女王蜂の祝福”によって欲望と潜在能力を解放され今に至る。偶然にも並外れた力が、常軌を逸した人間に突如として与えられた訳だ。


「言わずもがな古代魔導具は国宝であり世界の宝です。もし傷一つつけようもんなら、この場の全員の首が飛びます。」


「呪いの品じゃねえか!!」


「また、“女王蜂の祝福”は使用者から無理に引き剥がそうとすると使用者の魔力を限界まで搾り取ろうとするので、最悪あの馬鹿が死にます。」


「わ~・・・、本当に呪いのアイテムだ~・・・。」


「なるほど、奴は犯人でもあり、人質でもあるのだな。」


「さらに問題はあの下です。」


巨大物体の下には、王都民の憩いの象徴たる噴水がある。現在は大部分が隠れており、池部分の端が少々覗いていた。実は、一般には知られていないが、噴水の下の地中深くに巨大な魔石が埋まっているのだ。この魔石は王都の結界の維持に使用されており、王都の各所に秘密裏に配置されている。もし万が一この魔石が壊れることがあれば、例え一つだけでも王都の結界に揺らぎが生じ、どこかに穴が空くかもしれない。そこから魔獣や悪魔が王都に侵入すれば大惨事だ。

魔石はちょっとやそっとでは傷一つつかないが、もしもがあってはならない。王都の結界を守るシリウス家とアステリオン家としても絶対に壊させる訳にはいかない。


「隊長方が来られる前、飛行出来る者が確保出来ないかと接近を試みたそうなんですが、あの芸術もどきが邪魔して近づけないみたいです。」


「あのウネウネか。」


「はい。」


太陽らしき物の周りを回転している棘だか何だかよく判らないウネウネした物が、少しでもラクトに近づこうとする者を虫のごとくはたき落としにかかるらしい。


「遠距離から狙ってみても、やはりあのウネウネが邪魔で射線が通らないそうです。」


「厄介な。」


「つまり今の所、強行突破は出来ないということか。ならばまずは交渉による時間稼ぎだな。」


そう言ってラクトを見上げるハウディに、嫌な予感がする。


「え?まさかお前が説得すんの?捜査局から誰か人を呼んだ方が良くないか?」


ただでさえ常軌を逸した人間が相手である。常識が欠如した人間が説得した所で逆効果だろう。ボーダンの心配を他所にハウディは堂々とふんぞり返っているのが、さらに不安を募らせる。そして己の副隊長からさらなる追い打ちが来た。


「隊長、実は、捜査局唯一の交渉人が別件でフォレスティアに出張ってます。何でも、自作の粘魔(ねんま)爆弾を所持した男が元交際相手と無理心中を図って立て籠もってるそうです。今は粘魔まみれになって都市機能が破壊されるかどうかの瀬戸際だとか。」


「粘魔爆弾って何?」


粘魔ならば知っている。粘々しい液体のような姿をした魔獣だ。意思が希薄で、無害な魔獣の代表のようなものだが、それに爆弾がくっつくと一気に不穏な響きになる。


「そっちの犯人もガラクシアスじゃないといいっすね。」


「もしそうだったら、今度こそガラクシアス翁の胃が爆発するな。」


そうでないことを切に祈る。しかし、同時刻に二ヵ所でこんな迷惑な事件を起こしているのが、一方がガラクシアスで一方が無関係というより、ありえそうな話でゾッとする。

そうこうしている内に、ハウディは息を思いっ切り吸い込み、すべてを音にして吐き出した。


「お前は完全に包囲されているっ!!!大人しく投降せよっ!!!」


爆音が辺りに響き渡る。周辺の者は皆一斉に耳を抑えたが、それでも耳の奥でキインと音が鳴っていた。


「予告も無しに音響爆弾やめろ!!」


音量の調節が合っていない蓄音器のような幼馴染みに向けてボーダンは怒鳴りつけた。


「隊長、こちらを。」


そこにいつの間にか現れたアロイが、ハウディに拡声機能が付いた魔導具を差し出した。用意の良い部下から受け取った拡声器を構えるハウディは「あ~、あ~。」と声を出して音を確かめている。


『お前はもう逃げられん!大人しく投降せよっ!』


今度は適切な音量に絞れたようだ。高笑いの主と同じ声が頭上から降ってくる。


「放っておいてくれ!!今、彼女に出会ったあの日から今日までの美しい思い出を一人で噛み締めているんだ!!」


『貴様などいくらでも放っておいてやるから!まずはそこから降りて来い!!』


「嫌だーーーーーーーーー!!僕の最高傑作を誰にも渡してなるものかーーーーーーーーー!!何人たりとも僕の魂の自由を脅かすことは出来はしないのだーーーーーーーーー!!」


「あいつ、いつもあんな感じなのか・・・?」


「古代魔導具の影響、と思いたいですね・・・。」


平常であの躁状態ならば、周りの苦労は如何ばかりか。


『理由があるなら話してみろ!彼女とは誰だ!』


「お前らに僕のこの狂おしい程の悲しみが解ってたまるかーーーーーーーーー!!」


ハウディが投げかけた問いにラクトは答えなかったが、代わりにアロイが説明する。


「隊長、先程モデルの女性から話を聞けました。『モデルは仕事として引き受けただけで付き合う気はさらさら無い。』と交際を断ったら逆上され、あのように暴れ出したそうです。」


『つまり動機は女にフラれた腹いせか!』


「僕の苦悩をたった一行でまとめるな!!」


身も蓋も無いハウディの言いようにラクトが激高する。「何故だ!愛しのブランシュ・・・!一体何故・・・!」という嘆きが繰り返される。


「一応、そのモデルの女性に説得に協力してくれないか頼んでみましたが、『仕事中もずっと我慢していた。もう絶対に関わりたくない。』とのことです。」


「まあ、あんな状態の奴の前に出したら危ないしなぁ。」


逆恨みでそのモデルに危害を加えないとも限らない。


『貴様の事情は判った!それで何か要求はあるのか!聞くだけ聞いてやろう!』


「そんな説得の仕方があるか!」


内心では皆同じ気持ちだが、そんなことを言っていじけられては説得が難しくなるだろうに。

しかし、ラクトは「よ、要求?何でもいいのか?」と耳を傾ける姿勢を見せてきた。あんな上からボソッと呟いただけなのに、何故か下まで声がよく届くのは魔導具の影響だろうか。


『何でもは無理だ!しかし事態収束の為なら、出来る範囲で我々も協力しよう!とりあえず言ってみろ!可能かどうかはこちらで判断する!』


「いや、だから言い方・・・。」


「・・・・・・・・・ブリーナに会いたい。」


やはり女に会わせろという類いの要求か。しかし、ラクトが口にしたのは先程から愛を叫んでいたモデルとは違う名だった。


『ブリーナ?ブランシュではなくか?』


「彼女のことはもうどうだっていい!嗚呼!愛しのブリーナ!僕を解ってくれるのはやはり君しかいない!!あの想い出の学び舎で、君は僕の絵を褒めてくれた!僕の話を微笑みながらずっと耳を傾けてくれた!あの時の絵の翼のように、君は僕に想像の空を羽ばたく翼を与えてくれた!僕に初めて恋の喜びを教えてくれた尊い人!」


歌劇の一場面のように大げさな身振り手振りで誰かへの愛を訴えていたラクトは、唐突に「決めた!」と叫び、こちらに向かってビシッと指を指した。


「ブリーナ=ベネットに会いたい!彼女と会うまでここを梃子でも動かないぞ!!」


迷惑野郎のその迷惑過ぎる宣言に、休日出勤の騎士達は一瞬意識が遠のきかけた。


「つまり、あいつの初恋の相手探して来なきゃいけないのか。」


「ええ・・・?面倒臭ぁ・・・。」






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