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ホワイムーン  作者: 思多斗芦
仮説2.恋とは決闘
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ハウディ=アステリオンは由緒正しき騎士の家に生まれ育った。家族に恵まれ、周囲からの愛情とそれゆえの厳しさを、たっぷりと受けて育った。また、騎士としても魔導士としても生まれ持っての才能が有り、努力を怠らずに鍛錬を続け、自他共に認める立派な騎士となる。幼馴染みや友人にも恵まれていたし、人生において特に不足しているものがあると感じたことは無かった。

ただ、こと恋愛に至っては、まったくと言っていい程に縁が無かった。

学生時代から男子よりも、むしろ女子に持て囃されることが多く、何ならそこいらの顔の良い男子よりも、女子からの人気を集めていた。

両親の仲は良好で、いずれはこういう夫婦の形を自分も育んでいくのだろうと、漠然とした思いは抱いていた。だが、己の性的指向について深く考えたことも無く、自身の恋愛について具体的に思い描いたことも無かった。少女時代を思い返しても、恋愛への憧れのようなものさえ無く、むしろ騎士として己を磨くことばかりに力を入れていた。必然、それに巻き込まれるボーダンにもそんな暇は無かっただろう。

ボーダンから「贈る花は俺達が用意するからお前は祝いの言葉をまともに言えるようにしとけ。」と失礼極まりない指示をされ、想い人を思い浮かべながら練習を重ね、ハウディの決戦の日はついに明日へと迫っていた。

そんな今、ハウディは改めてファロウについて考えていた。

ハウディにとって、ファロウ=ハートリーは人生初の障害と言っても差し支えなかった。何故、彼にこれ程までに惹かれるのか、己のことなのにハウディにはまったく解らない。


「はあ・・・・・・・・・。」


ハウディのまったく仕事をしない表情筋が心なしか憂いの表情を形作り、静謐な夜に浮かぶ月の如き瞳には陰りが見える。そんなハウディから悩まし気なため息が溢れる度に、周りの女性騎士や官吏達が黄色い声を上げた。何せハウディは傍目から見れば容姿端麗な貴公子なのだ。

例えその貴公子の前にニシンの頭がぶっ刺さったパイが丸ごと置いてあろうが、彼女達にはどうでも良いことのようである。向かいに座るボーダンには解せぬとしか言いようが無いが。

王立騎士団本部食堂の調理主任は腕が良いとは、騎士団内外で有名な話である。そしてもう一つ、彼の悪癖も有名だった。時折、食材の発注数の桁を間違えるといううっかり癖である。使い切れない大量の食材を前に、部下達から吊し上げを食らうのはお約束になっている。この場合、他の食堂を回って食材を少しずつ交換したりもするが、大体は一気に使い切れるように数日間の特別日を設けている。主任の新作料理を何品も大盤振る舞いするのだ。普段は食堂で出していないような料理が味わえるとあって、この期間は祭りのように人が集まり、結果、大量の食材も何とか消費出来るという寸法だ。

今回はジャガイモを大量発注してしまったらしく、ジャガイモ料理が十二品のジャガイモ尽くしである。

ハウディは本日のおすすめとされながらもその衝撃的な見た目から好みが分かれる伝統料理ニシンとジャガイモのパイを一切れ切り分けてからしばらく物思いに耽ってしまっていた。ボーダンの本日の昼食ジャガイモと牛肉のシチューも、その隣に座るレスタのジャガイモのパンケーキも、もう食べ切って皿にほとんど残っていないのに。


「おい、いつまでニシンと見つめ合ってんだ。早く食えよ。」


「せっかくの焼き立てもう冷めちゃってるっすよ?」


「ああ・・・・・・・・・。」


二人がそう声を掛けても返ってくるのは生返事だ。完全に上の空である。


「明日の件、上手くやれるか悩んでんのか?」


通常のハウディであれば、作戦前に緊張などしないだろうが、この分野はハウディにとってまったくの未知の領域である。前日になって不安が募ってきたのだろうか。


「ああ。それもあるが、彼は何故あんなにも可憐なのか、その戦力分析をしていた。」


「予想の斜め上を行く下らなさを出してくるな。」


一応この件に関わった者として心配してみたらこれである。


「まあ聴け。そもそも私が彼のどの部分に惹かれたのか把握しておかねば作戦中思わぬ反撃を食らうやも知れん。」


「あっちは攻撃の意思まったく無ぇけどな。」


「ディー先輩ってマスターに一目惚れしたんすよね?じゃあ全体的な雰囲気じゃないっすか?それか顔?」


「顔だと・・・!?た、確かに彼の愛らしい顔面を浴びれば瞬く間に戦闘不能に陥るが・・・。しかし私は彼の容姿のみを重視している訳では無く・・・。」


ぐだぐた語り始めたハウディは結局パイには一向に手を付けていない。レスタが「昼休み終わっちゃうっすよー?」と呼び掛けても返答が無い。

如何にファロウが素晴らしいかというハウディ以外興味の無い話を聞き流していると、「竜騎士団の新しい第二部隊長について何か知ってるか?」という声がどこかから聞こえてきた。

どうもハウディの後ろからのようだ。見れば真新しい騎士服を着た若い男二人が向かい合って座っている。肩章には、細い金糸が四本と、どんな嵐の中も直立不動で咲き続けると言う嵐水仙(あらしすいせん)の紋章がある。

騎士団に入る者は王立学園騎士科か騎士学校を卒業後、入団試験を合格し、9(マイム)の月に入団するというのが一般的な流れである。その後、約半年間の訓練期間を経て准騎士から正騎士となる。その際、黄金鎧蜘蛛(おうごんよろいぐも)製の魔糸が肩章に四本縫われる儀式がある。正騎士は四等騎士から始まり、階級が上がるにつれ肩章の線が減って太くなったり、線が細くなって袖に移ったりする。

ちなみにボーダン、ハウディ、レスタの三人は二等騎士なので肩章に太い線が二本、袖に二本入っている。

嵐水仙は第五騎士団の紋章なので、あの二人は王立騎士団南方支部所属の新人正騎士だろう。

転移門(てんいもん)という、古代魔導文明を参考に作られた門同士を繋げて遠く離れた場所からでもすぐに行き来することが出来る魔導具がある。宮殿と東西南北の騎士団支部に設置されており、午前九時と午後三時の一日二回転移門が開くことになっている。情報の伝達や物資の運搬が主だが、許可を取れば騎士や衛兵、官吏などの希望者は転移門を通れるのだ。しかし准騎士は原則許可は下りない。

その為この時期は、訓練を終え正騎士になった姿を王都の家族に見せようと、非番の者が転移門を利用して王都に来ることが多い。また、王都出身者でなくても、正騎士になれた記念に転移門を潜る者も多い。あの二人もその類いだろう。

そんな珍しくも無い二人を気に止めたのは、ボーダンの隣の竜騎士団第二部隊長が話に出たからである。


「ん?学園出身の若い平民の女とは聞いたことあるが、どうかしたか?」


「だっておかしくないか?立て続けに上が引退したからって、何で三、四年目の奴らが隊長に選ばれるんだ?第二と第三は世襲だからしょうがないとしても、竜騎士の方は?コネでもあるのか?」


「ああ、やっぱり学園出身は有利なんだな。俺らみたいな地方の騎士学校や衛兵学校出身とは違うんだろうやっぱり。」


これは、三ヶ月前の事件で怪我を負った上の役職持ちの何人かが現場復帰せず、休んでいる間に代理を任された者にそのまま役職を引き継がせた件だろう。

この度、ハウディは第二騎士団第一部隊長、ボーダンは第三騎士団第一部隊長となった。第一部隊はその団の最精鋭であり、その先の副団長や団長に進む者は必ずと言っていい程就くことになる。確かに、アステリオン家は第二騎士団長、シリウス家は第三騎士団長を代々務めている。世襲と決まっている訳では無いが、慣習化してしまっているのも事実だ。出世を望む者から見れば面白くないだろう。だが、どのような役職であろうと騎士としての実力が伴わければ、なれる訳が無い。というか、そういう声を黙らせるだけの実力をつけさせる為に、周りから余程厳しい目に遭ってきたという自負がある。

ゆえに、ハウディもボーダンもこの程度の話ならば一々気にはしない。だが、レスタは別だ。隣の後輩とてあまり気にしない性質ではあるが、だからと言ってまったく気にしない訳では無いし、本人よりももっと気にする者達がいる。


「そういえば、随分前に聞いた噂なんだが・・・。その新隊長の母親、元は隣国出身で、昔は騎竜の調教師をやっていたそうだ。で、竜騎士団長と懇意だったらしい。」


「へえ、そういうコネが?」


「妖精の国は美人が多いらしいからな。」


そう奴らがヘラヘラと笑う。不快な笑い声が聞こえる度にピクピクと額の血管が脈打ち、ブチ切れそうになる。しかしそうなる前にハウディが唐突に割り込んで来た。


「やはり彼の可憐さはあの愛らしい円らな瞳が最大限の魅力を発しているのでは無いかと思うのだがお前はどう思う?」


「どうでもいいわっ!!」


ボーダン渾身の怒りの叫びを受けて、間髪入れず返って来たのはニシンの頭だった。顔面に叩き付けられた一切れのパイがボロッボロのまま張り付いてくる。


「彼の凶暴的なまでの可憐さがどうでもいいだと!?」


「少しはこっちの話聴く耳持てよ・・・!!」


顔面パイまみれのボーダンがそう嘆いた時、「ぎゃあ!!」と叫び声が二重に聞こえた。


「ニシンが空飛んだ!?」


「何故!?」


ボロボロのパイの間から覗き見れば、奴らの前に置かれた皿にニシンの頭が上向きでプカプカと浮いていた。あれはジャガイモのスープだろう。もちろん元々ニシンは入っていない。

おそらく、というか確実に、ハウディがボーダンに叩き付けたパイに刺さっていたニシンが、あちらへ飛んで行ってしまったようだ。


「む?すまない。そちらの昼食を邪魔してしまったな。」


どうやら背後の二人の会話はハウディには一切聞こえていなかったらしい。声につられこちらを見た二人はハウディ、次いでボーダンとレスタを見て動きを止めた。みるみると青ざめていく様子を見るに、後ろの三人には気づいていなかったが、どこの誰かは認識したようだ。


「良ければこのパイをやろう。大丈夫だ。こちらはまだ手を付けていない。」


一切れ欠けたニシンのパイを有無も言わさず押しつけたハウディは、「では私は先に行く。やらねばならんことが出来た。」と言ってさっさと行ってしまった。

押しつけられたパイを前に困惑し顔を見合わせる二人は、同時にポンと肩を叩かれた。その太く毛深い手を見上げれば、筋骨隆々の強面の大男達が自分達を囲んでいるのに気づく。

全員にっこりと笑っているのに底知れぬ圧を感じる。口角は上がっていても、目が笑っていないのだ。大男達の肩章には、咲いている間、避雷針のように雷が落ち続ける紫電竜胆(しでんりんどう)の紋章。豪傑揃いと名高い屈強な竜騎士団員達である。

本日のような特別日では、早く食材を使い切る策の一環として、昼休みの間だけ新作料理を全種類食べ切れば無料とされている。その為、大食い自慢が数多くいる竜騎士達がこの日この時間帯に食堂に集中するのだ。

誰に対しても気さくで人懐っこい性格のレスタは、親世代からは娘、先輩からは妹として可愛がられ、後輩からは姉のように慕われていた。言ってしまえば竜騎士団の偶像(アイドル)的存在だった。つまり、新人二人は竜達の逆鱗に触れまくったのだ。

右も左も前も後ろも、巨人族もかくやな厳つい巨漢共に囲まれた二人は震え上がっている。さながら大型魔獣の檻に放り込まれた哀れな野兎二匹の前に、今回のジャガイモ料理十二種類が次々と並んでいく。


「本日のお勧め、ニシンとじゃが芋のパイだ。」


「いやいや、男ならクロケットだろ?」


「大陸の軟派野郎は気に食わねえが、このグラタンってのは中々いけるぜ?」


「やっぱり揚げた魚とイモの組み合わせこそ至高だよな~?」


騎士団の専用食堂だけあって一品の量が中々多い。それに加えて彼らはおそらく大盛りを注文している。竜騎士達は新人二人の肩を組み、山盛りのジャガイモ料理をどんどんと勧めていった。嫌とは言わせない雰囲気に二人の顔色は青から白へと変化していく。

地獄を引き回されている亡者の様相の二人に、段々と怒りが収まってきたボーダンは、とりあえず顔に張り付いたパイを剥がしていく。その様子をじっと見ていたレスタが真剣な顔で尋ねる。


「先輩、私昔からニシンのパイって見た目が駄目で食わず嫌いしてたんすけど、味どんな感じっすか?」


「まず拭く物貸すとかの気遣い無えのか。」






食堂前の廊下で、第二騎士団第一部隊副隊長のアロイ=スティールスは目当ての人物を見つけた。昼食は婚約者の手作り弁当を執務室で食べるアロイは、普段食堂を利用しない。その為、現在、食堂内で何が起きているかアロイは知らないし、先程のハウディの暴挙など知る由も無かった。


「ハウディ隊長。」


穏やかで真面目な男と評されるアロイは、己の上官にいつも通り普通に声を掛けた。


「先程、廊下でばったりティマルク将軍にお会いしまして。午後の演習について少々変更を加えたいとのことで、お休みのところ恐縮なのですが、取り急ぎお伝えした方が良いかと・・・。あの、隊長?どうかされました?」


午前中と様子の違うハウディに不審を感じ尋ねても、ハウディは何も答えない。午前中は執務を完璧にこなしながらも何かを考え込んでいるように見えたが、今は気迫が漲っている。迷いを断ち切ったその鋭い目は、まるでこれから命がけの特攻にでも挑むようだ。


「アロイよ。」


「はい隊長。」


「私は何を思い悩んでいたのだろうな。」


怒りが喉元を過ぎれば、幼馴染みの「どうでもいいわっ!!」発言はハウディに天啓をもたらした。


「悩み過ぎて本質を見失うなど愚の骨頂!!このハウディ=アステリオン!!立ち塞がる壁があるならば乗り越えるのみ!!」


「はっ!!」


「相手をよく観察し、隙を見せたならその一点を素早く突くべし!」


「はっ!!」


何の話をしているのかまったく把握出来ていないが、アロイは長年の習性で上官に何の意味があるのか判らないまま返事をしていた。


「ではアロイ。私は明日に向けて時間一杯まで精神統一をしてくる。」


「はっ!!」


きびきびとした動作で歩き去って行く上官の後ろ姿を見送り、一人残されたアロイは困惑を持って呟く。


「一体、ハウディ隊長は何と戦うおつもりなんだ・・・?」






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