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理事会

 初瀬に名指しされた春藤は、初瀬を睨みつけた。

「あなたに指示されるいわれはない。あなた、生徒会に関係ないでしょ。」

 初瀬は、できる限り冷静に答えた。口調はつとめて平静に。そして、声のトーンとしゃべる速度は一定に。そうしないと、相手に対する説得力が半減する。

「今は、そんなこと関係ない。」

「どういうことよ!」

 初瀬は、とりあえず、ゆっくりと首を振った。3回左右に振ったところで、首の向きを正面に固定する。

「春藤さん、いま、すべきことは?」

「そんなもの、決まっている! 分からないことがあるのであれば、まずは情報収集でしょ。そして、問題点の特定と分析。」

「では、情報収集とは、具体的にはどうするの?」

 本当は、親しくもない女子に厳しい追及をすることは、すごく気が乗らなかった。初瀬は、心臓がばくばく鳴っているのを感じていたが、必死で押さえつけていたので、緊張を何とか表情に出さないですんでいた。

 春藤は、案の上、ぎぎ、と音がしそうなくらい顔をしかめていたが、たっぷり間を取った後、

「……そうね。……じゃあ、まずは私から説明します。その代わり、先輩方も、きちんと説明してくださいね。」

不承不承ながらも、自分から説明することに納得した。咲楽と市歌の2人も、おとなしく聞いていることからして、春藤が話す流れを承知したということだろう。

(よかった――)

 初瀬は、何とか混乱を乗り越えたことで、ほっと胸をなで下ろした。


 春藤は、改めて話を始めた。

「先週の水曜日以降、会長の命により、生徒会を離れて渉外任務に従事しておりましたが……」

「すみません、渉外任務、とは?」

 初瀬の言葉に、春藤はもう反発しなかった。あきらめたように、一つため息をついてから、答える。

「会長から命じられたのです。理事会への侵入と、懐柔工作をせよ、と。」

「ごめん、前提の話なんだけど。何で、理事会に?」

「それを説明しろと? あなた以外は、みんな知ってる話なのですが。」

 春藤が不服そうに顔をしかめたが、

「初瀬殿、そこは私から説明します。」

ここまで口を挟まずに様子を見ていた咲楽が、春藤を遮った。そして、一呼吸おいてから語り出した。


 咲楽の話を総合すれば、こういうことらしい。

 つまり、本校の経営の状態が年々悪化しており、理事会が緊縮財政を実施しようとしている。その具体的影響は多岐にわたると予想される。例えば、生徒に直接影響しないところでも、余剰の人員整理、給与体系の変更、指定業者の見直し、その他色々と議論されている。ただ、学校生活に関する部分でも、学校行事の削減、課外活動の削減などが議論されている、という。生徒会にとっては、行事や課外活動を削減されると、学校生活自体を大いに損なうこととなりかねないので、何とか阻止したい、ということなのだという。

 咲楽から全体の話を聞いて、初瀬は唸った。

「そ、そんなことが……」

 本学―京都みやこ高校―は京都に古くからある中堅の進学校であり、通う生徒も、お坊ちゃんやお嬢様が多い。そのため、校風は非常にのんびりしている。いい意味で言えば生徒の自主性に任せているともいえるが、見方によっては、やりたい放題。学校行事や自由なクラブ活動は、みやこ高校の特徴であり、それを楽しみに入学する生徒も多い。その意味で、そこを変えることは学校の伝統的な校風を根本的に変えてしまうことになりかねない。咲楽の言葉に初瀬がうなったのには、そういう背景があったのである。

 ただ、初瀬には根本的に分からないことがある。

「会長、質問をしても?」

「どうぞ。」

 咲楽は、予期していたかのように、先を促す。

「学校の経営悪化と、生徒の活動がどういう関係にあるんですか?」

「生徒が無駄な活動をしている、学生の本分を忘れている、だから学校が堕落するのだ、それを許した教員側にも責任がある、という論調です。」

 咲楽は、あくまで冷静に答えた。

「そんな……」

「そして、理事会が問題だとして取り上げたクラブは、例えば、軟式サッカー部、おひるね部、忍者部……等々の、今一つ活動内容や存在意義が分からないものばかりでした。」

 忍者部という言葉に、春藤がぴくりと反応する。

「なお、クラブ乱立問題について、先代会長を擁護するわけではありませんが、実は、昨年1年間で新設クラブが急増したわけではありません。調べてみると、4、5年くらい前から徐々に増えていたのですが。そうしたクラブが存在するのは事実ですから、やり玉に挙げられると、なかなか否定することは困難です。いずれにしても、政治的プロパガンダとは、そういうものです。」

 咲楽は、話をひととおり終えたのか、静かに目を閉じて、息を吐いた。

「いや、それはおかしいと思います。だいたい、学校の経営の問題を生徒に押し付けるなんて……。ちょっとそれを言いに行ってきます!」

 立ち上がりかけた初瀬を、市歌が制した。市歌は、この会話の冒頭から全く発言をしていなかった。まるで、タイミングを見ていたのかのように。

「待ちなさい、ハツセ君。あなたが理事会に乗り込んで何ができるの? 正義感が強いのはいいことだけど、行動に移すのは、よくよく時と場所をわきまえないと。」

 市歌は、1歩、2歩と歩み寄り、初瀬の頭を軽く撫でた。

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