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職員室

「あそこは、魔窟だ」

と、過去の生徒会役員が言い残したと、まことしやかに伝えられている。

 ただ、その発言の趣旨は、生徒会内部の人間関係を指しているのか、渉外業務を指しているのか、はたまた、その他のことを指しているのか、までは伝わっていない。言い伝えというのは、たいがい、その程度のものである。いずれにしても、何代前の生徒会役員の話かは分からないが、少なくとも、そのときのメンバーは、もう誰も在学していないだろう。

 初瀬は、とりあえず、生徒会役員に指名されてから数日で、早くも、魔窟状態の一部を体験していた。そもそも、初瀬が本当に生徒会役員になったのかすら、本日の春藤の発言からすれば、よくわからないのであるが。

 魔窟状態を作り出した張本人の春藤は、副会長に仕事を促されたところ、パソコンに向かって何かの作業を始めていた。初瀬のことは、相変わらずガン無視である。

「ハツセ君、メイちゃんにセクハラでもしたの? 駄目だよ、確かにメイちゃんは可愛いけど、まだ知り合って間もないんでしょ。親しき中にも礼儀ありって言うしねー」

 全然声をひそめずに、市歌が初瀬に顔を向ける。ご丁寧に、右手で、ひそひそとしゃべるそぶりだけ作っていたが。

「いや、そんなんするはずないでしょうが。」

 とりあえず突っ込みどころが多すぎて、全部は反駁できなかった。ただ、可愛いという言葉で、反射的にパソコンに向かう春藤の横顔に視線を送ってしまった。春藤しゅんどう明弧めいこは、改めて見ると小柄な少女である。きれいな黒髪をショートカットにしており、いかにも活発な印象であった。美人というより、可愛いという言葉が適切であり、市歌の評価は的を射ているというべきか。

 初瀬の視線を感じてか、春藤は、その切れ長の目で、初瀬をきっと睨みつけた。

「何ですか! 見られると気が散るんですけど。」

「いや、その……ごめん。」

 余計な口答えはしない方が賢明だと考えた初瀬は、あっさりと謝る。春藤はそんな初瀬を鼻を鳴らして一瞥した後、また作業に戻った。


(いたたまれない……)

 初瀬は、かつてない居心地の悪さを覚えていた。それもこれも、咲楽がこういう時に限って姿を見せないのが原因なのであるが。

「そう言えば、ハツセ君。君は、クラブはどこかに入ってるのかなーー?」

 そんな重く沈んだ空気を全く気にかけず、市歌がお気楽な声で初瀬に問うた。市歌は、どうやら放課後のティータイムであったらしい。紅茶とクッキーやプチケーキなどを広げて、優雅に口に運んでいるところだった。

「クラブですか? 一応、草野球部に入っていますけど。」

 質問の意図が分からず、初瀬は、とりあえず聞かれたことにだけ答える。

「へえ。草野球部……ってことは、あれね。言い方はあまりよくないかもしれないけど、例の新興クラブの一つ、と。」

「あ、まあ。」

「大丈夫よー。メイちゃんの忍者部だって、同じようなもんなんだから。」

「忍者部とそのようなクラブを一緒にしないでください‼」

 仕事をしながらも、耳には入っていたらしく、春藤が抗議の声を上げた。しかし、キーボードを打つ手は止まらないあたり、さすがと言うべきか。

「そんな君に、一つ頼まれてほしい仕事があるのよ。」

 そう言いながら、市歌は、机をゆっくりと半周して、初瀬の斜め後ろに立った。そして、初瀬の肩をぽん、と軽く叩く。

(ん?)

 一瞬、妙な間があり、市歌が初瀬の肩に触れるのを躊躇したような気がした。ただ、ほんのわずかのことだったため、初瀬の肩越しに市歌がどのような動きをしたのか、今一つ分からなかった。

「仕事というのは、これね。これを職員室に持って行ってほしいの。」

 市歌は、初瀬に、何やら書類を見せる。少なくとも十ページ以上はある、大部の書面であった。

「はあ。」

 そこには、「生徒会予算要求に関する質問に対する回答」とタイトルが付けられていた。


 初瀬は、その足で職員室に向かった。相変わらず初瀬を無視する春藤と、市歌を生徒会室に残して。

 市歌が放課後のこの時間にお遣いを頼んだのにも、理由があるらしい。その理由というのが、職員室の中でも、これから理事会に参加する職員に書類を渡す、というものであった。この高校では、毎月第2月曜日の午後4時から理事会が開かれるということで、それに間に合うように、生徒会の書類を持って行くべし、というのが、副会長の談である。

 現職の教員は理事会の理事ではないが、必ず現場の意見を聞くため、出席を求められる。今年は、ベテランの数学家教師が担当であるため、初瀬は職員室でその教員を探す必要があった。

 職員室に入るときには、別にやましいことはなくても、少し緊張する。初瀬は、立ち止まって息を吸い込んでから、職員室のドアを開けた。

 ところが、初瀬が部屋に入ろうする前に、足早に職員室から出てきた生徒がいる。初瀬は慌てて立ち止まったが、相手も気づくのが遅れ、初瀬に当たる寸前で足を止めた。

「んっ。殿様ではないですか。なぜ、職員室に?」

 初瀬が出会ったのは、放課後に入ってから姿を見かけなかった、生徒会長・桜間咲楽であった。

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