雨の放課後
雨は放課後になっても未だ降り続いていた。
それなのに、窓の外からは、早くも練習を開始した運動部の声が聞こえ始めた。ウォーミングアップの段階であろうが、いずれにしても、ご苦労なことである。初瀬らの所属する草野球部は、普段の活動もやる気がないが、雨の日に練習をしようという酔狂な部員は一人もいない。
さて、忍者部とは何か、という疑問はさておき、初瀬は、藤原と忠空にもう少し聞いておきたいことがあった。春藤の素性についてである。
「その子、春藤明弧って言ったと思うけど、や。生徒会の役員もやってない?」
「そうなんか。って、役員のお前が知らないのに、俺が知ってるわけないやろ。」
藤原は、ずっこけるふりをしながら答える。それに対し、忠空の方は、少し身を乗り出して、
「あ、私、聞いたことあるよ。会計やってるって。」
「ふーん、お前は知っとったのか。でも、生徒会役員って、ずいぶん少なかったんやろ。」
「そうなのよ。会長、副会長、会計の3人しかいないもんだから、前から話題になってたのよね。」
途中から藤原と忠空の会話になってしまっていたが、ある程度、春藤の情報も明らかになった。
「そういえば、確かに少ないよな。何で少ないかは、聞いたことある?」
3人だとしても、である。例えば、初瀬と藤原が卒業した中学では、生徒会は10名くらいのメンバーが活動していた。
「それは、さすがに知らないわね。狭き門、っていう風に思ってはいたけど。」
忠空は、ショートカットの頭を振りながら、にやりと初瀬に笑いかけた。そんな顔をしても厭味ったらしくないところが、さっぱりとした忠空の人柄ゆえか。
「それよか初瀬君。そんな狭き門に君がどうして入れたのか、お姉さんはとっても気になるな。」
「お前がお姉さんかどうかは置いといて、俺も気になるな。」
藤原も忠空に乗っかり、初瀬に切り込んできた。ここ数日、気を遣ってか、あまり咲楽について聞いてこなかったが、周りに人も少ないから、からかっても大丈夫と判断したのだろう。
「愛、愛なの??」
「やっぱり付き合っとるんか??」
矛先が自分に向いてきたことを悟り、初瀬は、
「すまん、そろそろ生徒会に行かないと。」
とばかり、席を立つ。
「あ、逃げるんかーー‼」
「ちょっと、せっかく教えてあげたのにーー」
あくまで軽口で言っているだけで、本気で追いかけてくるわけはないことは初瀬も分かっていたが、初瀬は、念のため足早に教室を後にした。
生徒会室に向かう廊下は、いやに閑散としていた。周囲にもクラブの部室があるため、放課後のこの時間であれば、人の出はいりがそれなりにあるのが通常である。今日は、運動部でもないのに、天気を気にして、活動が取りやめになってしまったのであろうか。
初瀬は、そんな寂しい廊下を進み、生徒会室の扉を開けた。
「やっほー。今日もいい天気だねー」
相変わらず、能天気に春日市歌が初瀬に笑いかけた。
「今日はどう見ても、雨ですが……」
無駄だと知りつつも、初瀬としては、一応突っ込まざるをえない。部屋の中に市歌しかいないのを見て、初瀬は少しほっとした。
「えー、いいじゃない。時候の挨拶みたいなものよ。」
「それはともかく、会長は?」
放課後に入ってから、咲楽の姿を一度も見ていない。てっきり、生徒会室だろうと思って来てみたが、初瀬の見込み違いであったらしい。
「あら、珍しいわね。いつも一緒なのに。」
「いえ、いつも、というわけでは。」
気楽な生徒会副会長と話していると、日々の心配事も、少し気がまぎれるように感じた。
ところが、恐れていた存在が後ろから現れた。
「副会長、このような男と会話をする必要はありません。」
ドアに背を向けていた初瀬の横をすり抜け、春藤はくるり、と振り返った。相変わらずの忍者装束である。否、厳密には、「テレビでよく見る忍者」の格好である。忍者にしては派手な紫色で全然忍んでいないし、無駄に多いヒラヒラは、動きの邪魔にしか見えない。初瀬の頭には、
(この人、授業中もこの格好なんだろうか……)
と、どうでもいいことが去来していた。
初瀬の視線を感じてか、無言で短剣を構える春藤。
「あら、メイちゃん、久しぶり。いつの間に、ハツセ君と仲良くなったの?」
「なってません!」
右手の短剣を振り下ろして、叫ぶ春藤。すんでのところで、初瀬の頭に衝突するところであった。
(あ、危ない……)
「こら、メイちゃん、暴れずに仕事しなさい。」
「暴れてるのではありません! 治安維持のための正当な行為であります!」
一番治安を乱している張本人が叫ぶその姿を横目に、初瀬は、今日の活動はどうしよう、とすでに現実逃避的な思考に入っていた。
よく考えたら、咲楽が出てこない回というのは珍しいですね。初かもしれません。




