買い物
ファストフード初心者あるあるという本は見たことがないが、もしあったら、こんなことが書いてあるだろうな、と思うような行動の数々。咲楽は期待を裏切らなかった。
店内に入ってすぐに、初瀬と咲楽で席を確保したが、
「むむ。殿様、この店は、店員が注文を聞きに来ないではありませんか。私が呼んでまいります。」
と言いながら、店員を引っ張ってこようとした。
さらに、カウンターに案内すれば、
「ほう、この窓口で注文するのですな。え? いや、もちろん店内で食しますぞ。なぜ、わざわざ店の外に出て食べなければいけないのですか。」
「クーポン? 今日は残念ながら持ち合わせておりませんで…… え? 携帯でできる? 値引き券は紙ではないのですか。」
とずれた答えをする。
「私が、殿様の分も注文してまいります。なに、ご心配には及びません。」
と意気込んでいたにもかかわらず、
「と、殿様、メニューが複雑で……。このセットメニュー、組み合わせが多すぎませんか?」
ちょっと涙目でギブアップした。お約束どおり、咲楽の後ろには長蛇の列ができてしまっていた。
気を取り直して、初瀬が注文したものと同じものを、咲楽のために注文したところ、
「殿様、さすがです。」
尊敬のまなざしで見つめられたが、初瀬は全く嬉しくなかった。
おいしくバーガーを食べて帰ろうとすると、
「ごちそうさまでした。それでは、殿様、次なるお店へ――」
「会長、ゴミは分別してゴミ箱に入れないと。」
「なんと、このお店は、店員が後片付けをしてくれないのですか?」
よほど驚いたのか、大声でつぶやいてしまう咲楽であった。
以上の結果、初瀬の疲労感だけがマックスになってしまった。
「ファストフードは初めてでしたが、なかなかに面白いお店でありましたな。」
ちなみに、咲楽はご満悦であった。
「また小腹が空きましたら行きましょう。次回は、不肖、この桜間咲楽に全てお任せいただいて構いません。」
「いや、遠慮しときます……」
そんなこんなで、本来の目的である買い物にようやく行きついた。
初瀬が探していたのは、文房具と参考書であったが、これは割とあっさりと手に入った。文房具はloft、本は大型書店という無難なチョイスだったため、当たり前といえばそうだが。
書店の参考書フロアでめぼしいものを探し出した初瀬は、別のフロアに降りて、文庫本などをなんとはなしに見ていた。ここの書店は、一つのフロアはさほどの広さではないが、5階建てであるため、全体としてはかなりの面積である。咲楽とは、参考書コーナーでいったん解散した。最近話題の推理小説などをいくつか手に取ってみたものの、しっくり来るものはなかった。だいたい、最近の文庫本は、一冊1000円近くするものも多く、気軽に買えなくなっている。
咲楽が見当たらないので、さらに下のフロアに降り、携帯に電話でもした方が早いかなと思い始めたとき、政治の難しい棚の前で、咲楽の後姿を見つけた。
「政治の本ですか?」
「む。殿様、申し訳ございません。お待たせしてしまいましたか。」
「いえ、いいんですが。ずいぶん難しそうな本ですね。」
咲楽は、眺めていた本をパタンと閉じ、棚に戻した。初瀬がちらりと目にしたタイトルは、『幕藩体制の崩壊と明治維新』という、名前も表紙も固そうな本だった。表紙が固いだけではなく、恐ろしく分厚そうなので、殺人事件の凶器になれそうだ。
「ここ最近、江戸時代から明治維新の政治史をずっと勉強しております。江戸幕府崩壊の原因を解明すれば、御家再興にも役立つかと。」
(この人は、なんというか、一途だな……)
その思いをけなすこともできず、初瀬は、別の話題に転じた。
「歴史に興味があるんだったら、大学で研究とかもしたいんですか?」
「大学……そうですね。それも最近、色々考えているのです。」
咲楽は、胸の前で腕を組んだ。
「もともとは、父の会社の足しになるだろうと、経営を学ぶつもりでした。しかし、やはり私の使命を考えれば、政治や歴史を学ぶなのではないかと。」
「い、いや、大事なことですので、俺のこと……というか、人のことより、自分のやりたいことを優先してもらった方が。」
咲楽は、初瀬の言葉を受けて、少し微笑んだ。
「だからこそ、悩んでいるのではないですか。それとも、殿様が一生養ってくださる、というなら、別に大学など行かなくともよいのですよ。」
「え、それは」
どういう、という言葉を初瀬がかける間もなく、咲楽は身を翻して、階下へのエスカレーターに向かっていた。
「さあ殿様、日が暮れてしまいますよ。そろそろ、家に帰りましょう。」
初瀬は、咲楽の後を追って、エスカレーターに乗り込んだ。ちらりと見えた咲楽の横顔は、少し赤く染まっているように見えた。
デート編、終了です。次回から学園編に戻ります。
ところで、現段階で、劇中では、まだ数日しか経っていません。ちょいペースアップしないと、ですね。




