はじめての日曜日
桜間建設の若い衆が帰ったところで、ちょうど時間も8時を過ぎ、店じまいの時間となった。
「大殿様、片づけはどうしたらよろしいでしょうか。」
「じゃあ、その椅子とテーブルを片付けて、掃除をお願い。」
「承知いたしました。」
いつも、店の片づけは、初瀬も手伝っていた。が、今日は、咲楽がまめまめしく手伝っている。やることがなくなり、初瀬は手持ち無沙汰に、店の椅子に座っていた。
店の片づけは、おおむね、初瀬の父、三蔵の仕事である。これと並行して、母の相子は、夕食の準備をすることになっていた。咲楽は、店の片づけがひと段落するやいなや、今度は、相子と並んで、料理を手伝う。
「いやあ、咲楽さんは働き者だねえ。」
「そうよ、いいお嫁さんになるわよー」
「そ、そんな、もったいなきお言葉。」
初瀬の両親の言葉に、咲楽はまんざらでもなさそうだった。
「よかったら、お店にも出てみるかい?」
「そんな、私のような下賤な者が……。経験も全くありませんし。」
「咲楽ちゃん、可愛いから、大丈夫だよー。ちょうど、可愛い衣装もあるのよ。きっと似合うよー」
相子はいそいそと、メイド服調の衣装を取り出した。ヒラヒラが付いており、少し派手な代物である。
「い、いや、そのような衣装は、私には――」
「まあ、いいじゃないか。お客さんにも、人気が出ると思うよ。」
「もう、それは、あなたの趣味でしょー。」
相子は、嬉しそうに三蔵の肩を叩く。
「なんだか娘ができたみたいで、嬉しいのよねー。」
(なるほど、そういうことか。)
初瀬は、少し、もやもやの原因が分かった気がした。ちやほやされる咲楽を見て、複雑な気分になっていたのだろう。
「殿様、明日は日曜日ですが、いかがされますか?」
夕食が終わり、部屋でのんびりとしていると、咲楽が紅茶と茶菓子を持ってきた。有難くいただこうとすると、部屋の隅に控えていた咲楽が、初瀬に問うたのである。
入り口に立っていた咲楽に着席を促すと、咲楽は遠慮しながらも、初瀬の勉強机の椅子に腰を下ろした。ちゃっかり、自分の紅茶まで持ってきているあたり、最初から、初瀬の部屋でくつろぐつもりだったのだろう。
「どうしようかな。別にクラブの練習があるわけでもありませんし。」
「勉強されるのでしたら、ご一緒します。」
休みの日に、咲楽と二人で勉強というのも悪い気はしない。もっとも、せっかくの休みに、ずっと家の中にいるというのも、勿体ない気がした。
「いや、明日は少し買い物に出ることにします。」
「承知いたしました。私もお供いたします。」
咲楽は恭しく頭を下げた。
「たまには、一人で行こうかと思うので、会長も少しはゆっくりしたらどうですか?」
初瀬は戸惑った声をあげた。実際、この2日間、ほとんど咲楽と一緒だったので、たまには一人で羽を伸ばしたい、という気もあったのである。その一方で、咲楽と一緒にいることが少し嬉しくもあり、このあたり、男心の微妙なところであった。
「殿様の身辺警護は私の任務です。お邪魔はしませぬゆえ、何とぞお許しください。」
「いや、別にイヤというわけでは……」
「それでは、ご一緒できるのですか! 有難き幸せにございます。」
咲楽が、心底、ほっとした顔をするので、初瀬は何も言えなくなった。
(この人は、直情的というか、本当に裏表がないんだよな……)
それが、咲楽のいいところでもあり、困ったところでもあった。
と、そこで、初瀬はあることに気づいた。
「そういえば、会長。」
「何でございましょうか。」
「会長って、剣道部の部長ではなかったでしたっけ?」
「おっしゃるとおり、剣道部にも所属しておりますが、私は副部長です。」
咲楽は、不思議そうに答える。なぜそれが話題に上っているのか、まだ分かっていないのだろう。
「剣道部の練習には行かなくてもいいんですか?」
そう、初瀬と咲楽が出会った日以来、咲楽は、生徒会室には毎日行っていたが、剣道部には全く顔を出していないのである。
「あ、そうですね……。自主練はきちんとやっていますし、少しなら大丈夫だと思います。」
「もし、日曜日にも練習があるんだったら、そっちに行かれたらどうですか?」
初瀬は、軽い気持ちで提案したのだが、咲楽の強い拒絶に遭った。
「いえ! 私の都合で、殿様への奉仕に穴を空けることなど、許されません!」
「そ、そうですか……。では、明日はよろしくお願いします。」
「御意。」
結局、咲楽に押し切られる形で、日曜日も、二人一緒に行動することになったのである。




