生徒会の会計
初瀬は、生徒会室の前に立っていた。
土曜日の13時半。校庭から、運動部の練習の声が聞こえている。先ほどまで一緒だった咲楽は、「今日は教職員との協議がありますから、先に生徒会室に向かってください」と言い残すと、職員室に向かっていった。仕事の指示は、副会長から受けてください、とのこと。
生徒会室に一人で入るのは、数日ぶりとなる。以前ほどではないにしても、若干の緊張感をもちながら、ドアをノックした。
「はい、どうぞー、ってなんだ、ハツセくんじゃない。」
ドアはすぐに開かれ、副会長の春日市歌が姿を出す。
「いちいち、ノックしなくてもいいわよ。とりあえず、入って入って。」
市歌は、生徒会室のパソコンで何かの作業をしていたらしい。いったん席に戻ったが、初瀬が入口で所在なげにしているのを見て、声をかけた。
「ハツセ君、サクラはどうしたの?」
「会長は、職員室に行かれました。」
「ああ、そうか。そうだよね。今、大変なの。」
市歌は、目を伏せた。
「そうなのですか?」
「まあ、そのうち説明するけど。大まかに説明するとね――」
市歌の説明によれば、こういうことらしい。
本学は、伝統的に、クラブ活動を積極的に推奨し、できる限り、クラブの設立も認めてきた。しかし、昨年までそのような方針を取り続けてきた結果、クラブ活動費の増大であった。そのため、学校側と善後策を協議する必要がある、ということであった。
初瀬も、最初に咲楽に会ったときに、いきなり、草野球部に回す予算はないなどと言われ、反発したものである。サクラから聞かされた話もそんな内容だったのだが―
(でも、どうして会長は、草野球部を敵視するような言い方をしたのだろ?)
その疑問は残った。
「とりあえず、サクラもまだ来ないし、ハツセ君には、私の作業を少し手伝ってもらいましょうか。」
市歌は、少し気まずくなってしまった空気を振り払うように、ぱん、と両手を合わせた。
ここに座ってね、という指示に従い、初瀬は、パソコンの前の椅子に腰を下ろす。市歌は、隣に座るのかと思いきや、初瀬の右側に立った。
「今日は、予算案を組んでいたの。まず、こうやって、クラブの申請額と内容をリストアップするでしょ。そして、それを、前年と比較して――」
「あ、あの……」
「どうしたの、ハツセ君。質問かな。」
「いや、その。何ていうか……近くないですか?」
そう、市歌は、初瀬の隣に立つばかりではなく、パソコンの右側に置かれたマウスを動かし、それどころか、横から手を伸ばして、初瀬の前のパソコンのキーボードを操作していた。必然的に、初瀬の体にかなり接近することになる。市歌は、意識してなのか、そうでないのか、初瀬にぎりぎり触れるか触れないか、という絶妙な距離で、説明を続けていた。
シャンプーなのか何なのか、すぐ横の市歌からいいにおいまでして、正直、説明を聞くどころではない。そこで、初瀬は、慌てて、市歌を遮ったのである。
「あら、そう? でも、こうしないと、説明できないじゃない。」
市歌は、あっけらかんと答える。
(絶対、わざとやってるよ、この人)
ある意味、自分に正直な咲楽とはまた違った意味で、困った先輩である。
「じゃあ、説明を続けるね。このエクセルファイルを使って、申請された予算を整理するの。」
市歌は、さらに初瀬に密着した。とうとう、市歌の柔らかな身体が初瀬に触れるようになった。
「あ、はい……」
初瀬は、何も言えなくなり、体を固くしていた。この後、何が起こるのか……
「お待たせしました。どうも、教職員との話は長引いていけません。本日の活動は――」
ばたん、という音ともに、咲楽が生徒会室に飛び込んできた。
「か、会長……」
咲楽は、目の前の光景に目を丸くする。そして、市歌につかみかからんばかりに、詰め寄った。
「副会長! 生徒会室で何をしているのです‼」
「何って、うーん、味見かな」
「生徒会役員がそのような卑猥なことを言うものではありません! 大体、あなたはいつも……」
「えー、そんなに固いこと言わないでよー。サクラだって、ハツセ君と学校でいちゃいちゃしてるじゃん。」
「そ、そのようなこと、しておりません! 私がしているのは、正当な奉仕です!」
「えー、奉仕ってなんかエローい」
突然、阿鼻叫喚の状況となった生徒会室の中で、初瀬は、
(確かに、会長もドアにノックしてないな)
と、どうでもいいことを考えていた。
二人の、喧嘩なのか、じゃれあいなのか分からない会話が終わらないので、初瀬は、自分から敢えて質問してみた。
「そういえば、会計は副会長の仕事なんですか?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「いや、さっきの説明からして。」
咲楽は、少し考えるようにしてから、頷いた。
「なるほど。昨日紹介していなかったので、無理もないのですが、実は、生徒会役員には会計担当の役員がおりまして。」
「あれ、生徒会役員って、他にもいたんですか?」
「全部で3人なのです。」
「メイちゃんっていうんだけどね。可愛いよー」
ふと、初瀬の頭に疑問が浮かぶ。
「そういえば、生徒会役員になるためには、生徒会役員全員の承認がいるんじゃないんですか?」
「おっしゃるとおりです。」
「昨日、ちゃんと承認したじゃない」
「その、もう一人は?」
初瀬の言葉に、咲楽と市歌の動きがぴたりと止まった。微妙に気まずそうに、二人で顔を見合わせ、
「メイくんが反対することは、まず考えられませんしな……」
「そ、そうよ。反対するなら、午後のおやつは無しよー、とか言ってやるんだから。」
とりあえず、二人で力なく頷く。残る一人に、どうやって事後報告するか、必死で考えているのだろう。
(大丈夫かな、この二人。)
初瀬は、あくまで勘だが、残る一人「メイ」という人物にも、かなりの不安を覚えた。得てして、そういう予感ほど、的中するものであるが……。
ようやく、生徒会役員2人目が本格稼働です。残る1人のデビューはもう少し先になりそうですが、しばしお待ちいただければと思います。




