半ドンとは何か
初瀬の朝は早い…というほどでもない。
確かに、高校に入学したころは、初瀬も、野球の一人自主練をやろうと意気込んでいた時期もあった。そのころは、毎朝、5時だとかに起きて、ランニング、素振りなどを一通りやった後、登校していた。ところが、いざ入学して気づいたのだが、草野球部のメンバーで、そんな殊勝な自主練などやっている人間は皆無だった。それどころか、日ごろの練習でさえ、「疲れた」「めんどくさい」とばかりに、遅刻早退のオンパレードで、やる気のかけらも感じられない。そんな、ユルすぎるクラブだったのである。
結局、朝の自主練は10日ほどしか続かず、起きる時間は徐々に遅くなり、最近では7時を過ぎてから起きる、という感じになっている。
初瀬の自宅から高校までは、自転車でおおよそ15分と近い。
というわけで、今朝も、初瀬はギリギリまで惰眠をむさぼっていた。ピピピ、と7時20分にセットしていた目覚ましが鳴る。目覚ましは止めない限り、3分おきに鳴る設定になっている。次に鳴るまでもう少し寝ているか悩んだ末、初瀬は目だけ開けた。とりあえずスマートフォンでも見て、目を覚まそうかとしたのである。
傍らに置いたはずのスマホを手に取ろうとして――手渡される。
「はい、殿様。携帯ですね。」
「あ、どうも」
スマホを立ち上げ、とりあえず本日の天気を確認。今日は昼から降水確率が30%とのことなので、しばし考える。折り畳み傘を持っていくべきか、どうか。今日の体育は室内だろうか、などなど。
と、そこで、異変に気付いた。
「って、会長! 何で、朝から俺の部屋にいるんですか?!」
がばっと、ベッドから身を起こす。
「無論、殿様のお世話をするためです」
咲楽は得意げにベッドの横に立った。既に制服を着ており、準備万端である。
「お世話、って?」
初瀬は、ベッドの反対側に少しでも寄って、咲楽とできるだけ距離を取った。
「はい。朝食、お着替え、その他もろもろです。」
「いや、怖いから、近寄らないでください。あと、「その他」ってなんでしょう……」
咲楽は、抵抗もなくベッドの上に乗ると、初瀬ににじり寄る。
「知りたいですか?」
「け、結構です! とりあえず、着替えるから、出てってください‼」
不満そうな咲楽をとりあえず部屋から押し出し、ドアを閉めて、一息つく。
(安らげる場所がほしい……)
正直なところ、美しい会長と一緒にいられるのは、悪い気はしない。しかし、お互い話すようになってから、まだ2日である。いくら家臣だと言われても、ハイそうですかと受け入れられないのは当然であろう。
(それに――)
出会いが突然だったぶん、飽きてそのうち自分から離れてしまうのではないか、というようにも思う。だからこそ、あまり距離を縮めない方が、お互いのためだ、というようにも思えるのである。
(親娘どっちも、思い込みが強そうだしね)
咲楽の父親である権蔵の顔を思い出して、初瀬は、くすりと笑った。
「殿様、一人で笑って、何をされているのですか? 朝食の時間ですぞ。」
「っっーー!!」
いつの間にやら、咲楽がまた部屋に入ってきて、初瀬をのぞき込んでいた。
「そういえば、殿様。今日の午後はいかがされます?」
自転車で登校する途中、赤信号で並んで止まっているときに、咲楽が初瀬に問いかけた。
「そういえば、今日は土曜日でしたね。」
「半ドンですからね。午後はクラブですか?」
半ドンとはまたずいぶん、時代がかった表現だが、つまりは、午前中しか授業がない、ということである。初瀬も、ここ2日の経験で、咲楽に余計な突っ込みをしない方がいいと学んでいたので、そこはスルーした。
「今日は、草野球部の練習があれば行くつもりでした。ただ、最近練習が休みになることも多いので……」
初瀬は、咲楽と2日前に草野球部の活動について激論を交わした。そのため、かなり気を使いながらの言葉であった。
「承知しました。もし練習があるのでしたら、私もご一緒しましょう。不肖ながら、かつては地域のクラブチームでプレイしておりました。草野球部であれば、戦力になるかと。」
そう言いながら、咲楽は、青信号になった交差点に自転車を進めた。
「え? ってことは、会長、草野球部にも来るのーー?!」
初瀬は、慌てて咲楽の自転車を追った。
半ドンのドンって、鐘の音かと思っていましたが、オランダ語由来の「どんたく」から来ているというのが有力のようですね。勉強になります。




