夏白菊の少女
眠りに落ちる直前のフワッとした感じ。
あれがずっと続いてて。
晴れた日の野原みたいないい香りがして。
そんなあったかな、ふわふわしたものに包まれながら。
「がんばりましたね」
鈴のような声が降ってくる。
なんだか不思議に明るくて。
俺の顔を笑顔でのぞき込んでいるのは、天使。
(……天国だ……)
「おおっ!」
天使の横からオジサンが現れた。
「無事か!心配したぞ!」
「……オジサン」
天国じゃなかった。
まだ生きてた。
「余はそのほうの叔父ではない」
異世界転移者オジサンは大真面目に困った顔をしている。
「たしかにそのほうは余の恩人である。しかし、高貴なる今川の名を名乗らせるわけには……」
「まあ」
天使が頬に手を当てた。
「やはり尊いお方でしたのね」
透き通るような淡い金髪のショートボブに、優しい緑の瞳の『人間』の女の子。
「わたくし失礼はございませんでしたか?」
「いやいや親御は実によい躾けをされた。余の館へ行儀見習いに迎えたいほどだ」
俺の知らない間に新しい出会いがあったようだ。
野原の香りのふかふかなものは清潔なベッドだった。
きっと彼女の。
(女の子のベッド……!)
気付いて一瞬で赤面する。
「あのあのあの!!すみませんすみません俺……」
もだもだと抜けだそうとして、少女に布団をすっと押さえられた。
「どうぞお大事にしてくださいませ。さっきまで気を失っていらっしゃったんですから……」
その微笑みがまた、まごうことなく天使で。
「……ハイ……ハイ……」
生きてるけれど天国。やばい。いい匂い。やばい。
「申し遅れました」
女の子はスカートをつまんでちょこんと礼をした。
「わたくし、夏白菊のセーナと申します」
「夏白菊?」
部屋を見渡せばよく片付いていて、凝った布製品があちこちに置いてあるのが目立つ。
3年暮らした町だ。さっきの小路なら…
「ああ、布屋さん」
古い仕立屋の横の布生地屋マトリカリア。玄関先に咲いている白くて小さな小菊が鏡の横に飾ってある。
「セーナとな!余の姪と同じ名前ではないか。なんとこの巡り合わせも仏縁であったか」
叔父さんではないオジサンはすっかり彼女が気に入った様子である。
そういえば自分も名乗ってはいなかったので
「俺はイナ村のタルク。冒険……」
冒険者と言いかけて、喉が詰まった。
パーティは追放された。
3年戦って結局荷物持ち。
戦闘スキル皆無。
なんなら町で仕事ができるスキルも皆無。
このままでは無職のお先真っ暗……
(いや待て)
絶望のターンはここじゃない。
(今の俺はクエスト中なんだ)
巻き込まれたとはいえ
『異世界転移者の護衛と引き渡し』!
強力な力を持ち救世主にも魔王にもなれるらしい存在……
(違う。『一人の人間』だ)
彼により善く、より平和に、この世界で生きてもらうために。俺は全力でこのクエストを果たさなきゃいけないんだ!
俺がそんなことを考えている時、彼は
「余のーー!!眉がー!!無いーー!!?」
鏡に向かって絶叫してた。




