四話 護られる痛み
ドォン! と、身体を震わせる激しい衝撃。
それと同時に、ガラスの割れる音がけたたましく響いた。
同じ建物内ではあるが、ジールが暴れ回っているのはここから大分遠れている。
なのに、その影響はこちらまで届いていた。
「足りねぇよ! 俺を止めたいなら追加で百は連れて来やがれ!」
そんな叫びと共に再びけたたましい破壊音。
そしてぱらりと零れ落ちる砂埃が頭の上に乗った。
「こ、これ、壊れないよね? 大丈夫だよね?」
少しばかり、ジールの力を過小評価していた自分を私は恥じた。
頭の埃を払って、こそこそと通路の先に進んでいく。
ジールの陽動ありきだが、私は誰にも見つからない自信があった。
この場所は……私達三人の憩いの場だったウィルの家では。
(鬼ごっこに、かくれんぼ。大人の人に怒られても止めなくて、最終的にはウィルのお父様まで遊びに参加して……)
国王と遊んだ子供が何人いたとしても、国王と共に叱られたのは私達くらいなものだろう。
思い出を振り返るよう、回り道を重ねていく。
一階から二階、三階の外から直行の地下室を降り、一階に戻って。
兵たちに見つからないよう細心の注意を払いながら裏道を抜け……書斎の前までたどり着けた。
(二択だったけど……たぶん、こっちで合ってる)
寝室か、書斎か。ウィルがどちらに居るのか悩んが、私は書斎を選んだ。
あのウィルが、この状況で何もせず休んでいるとは思えなかった。
音を立てずそっと扉を開き、滑り込こむよう中へ入る。
けれど、そこには誰の気配もなかった。
(はずした?)
不安な気持ちのまま奥に進むと、テーブルには出しっぱなしのペンや本など、つい先ほどまで人のいた痕跡が残っている。
そのテーブルの中央には、一枚の紙が置かれていた。
それを手に取り、目を通す。
『アリア・リリィフロスト並びにリリィフロスト伯爵家の悪事の証拠』
「……はい?」
ぱちぱちと、何度も瞬きをしてからも言う一度文章の題名を確認する。
『アリア・リリィフロスト並びにリリィフロスト伯爵家の悪事の証拠』
何度読み返しても、文字は変わらない。
それは、私の悪事の証拠だった。
「……んー?」
腕を組み、自分の罪状を振り返る。
けれど、何度過去を思い返してもそんな記憶はなかった。
ついでに言えば、家族もたぶんやってない。
こんな連座で一族諸共死罪からお家取り潰しコースを受けるような悪行を為す程の度量もないのが今のリリィフロスト家である。
彼らに出来ることなど、脱税辺りが精々だろう。
ならばなぜ、こんな証拠がウィルの書斎に?
考えがまとまる前に、がちゃりとドアが開く。
慌てて顔を上げると、ドアノブを掴むウィルと目があった。
想定していないタイミングの遭遇だったからか、お互い固まってきょとんとした顔のまま。
しばらく良くわからないお見合いが続いた後、ウィルはそっとドアを閉め、こそこそと私の傍へ寄ってきた。
「ど、どうしてここに……」
「どうしてでしょうかねぇ」
ニヤニヤと笑いながら、意地悪に私はそう返す。
そのくらいしてもバチは当たらないでしょうと。
「いいから、すぐに逃げるんだ。今から表に戦力を集中させる。その隙にジールと――」
「……はぁ」
私は小さく溜息を吐いた。
未だに、ウィルが何をしたいのか分からない。
けど……。
「やっぱり」
「えっ?」
「ウィル。貴方は自分だけ損な役回りをしようとしてたのですね」
「な、何のことだ? 私は別に、もっと良い女性と結婚したいから君を捨てただけで――」
ひらひらと、私はさっき見つけた紙を彼に見せる。
それだけで、彼の口が噤まれた。
「だったら、これについて説明していただけますよね?」
にこりと微笑み圧を彼にかけていく。
申し訳ないけれど、これだけは折れるわけにはいかない。
私が決して引かないとわかったからか、ウィルは観念したように目を伏せた。
俯きながら、ぽつり、ぽつりと、ウィルは私に事情を話してくれた。
国の安定のために、誰かを犠牲にする。
これは、そういう話だった。
最近、良い噂を聞かないリリィフロスト家を利用し、その娘である私を悪者に仕立てる。
そのついでに、大臣が私に罪をなすりつけた。
それだけの、良くある話に過ぎなかった。
「なるほど。ですが……どうして、それで私を追放しようとしたのですか?」
「この国が、君の敵となるなら……他に君を生かす手段が……」
その声は、静かに震えていた。
ウィルが本気で私を助けようとしていたことは分かる。
けれど、正直言えばあまりにも無理があった。
国の中枢裏で暗躍し、追放した私を影から護る?
言ったら悪いが、杜撰過ぎる。
そんなやり方でうまくいくとは思えない。
このままだといつか必ず破綻し、私やジールだけでなくウィルまでもが不幸に堕ちるだろう。
短慮で、雑で、そして中途半端。
あまりにもウィルらしくない。
「どうして、そんな無茶を……」
「じゃあ、どうしたら良かったんだ?」
恨むような、睨むような。
それは、追い詰められた人の目だった。
「愛すべき祖国が君を殺そうとして、奸物共は安全圏で好き放題して……国から君を護るには、俺は、一体どうしたら……」
どうして、今まで気づかなかったんだろう。
ウィルは、私が知ることと比べ随分とやせ細っていた。
隈だって、相当ひどい。
ずっと一人で悩んでいた。
なんでそれを私は、気づいてあげられなかったんだろう。
それでも、今の彼を私は肯定出来なかった。
「ウィル、貴方は間違ってます。貴方の苦労や努力、想いは否定しません。でも……たった一人では、国には勝てないんです」
そう――当然のことだ。
一人で国に逆らったところでたかが知れている。
為す術なく潰されるのが関の山だ。
それを誰よりも知るはずのウィルは、一人で戦う道を選んだ。
私達に、頼ることもなく。
ドガッ!
突如ドアが蹴破られ、ジールが乗り込んできた。
「やべぇ! 騎士団長が出た! もう限界だ! 逃げるぞ、アリア!」
私は振り返り、それから再びウィルを見る。
「ウィル」
「……なんだ?」
「貴方が私のために悩んだことは、嬉しいです。でも……」
私は、ウィルの顔をじっと見つめた。
「一人じゃ、駄目なんです。ウィル一人でも、私一人でも、ジールだけでも。だから――」
求め、焦がれるよう、私の手はウィルに伸びた。
「だから改めてお願いします。私を、助けて下さい」
残酷なことを言っているのは分かっている。
国を愛すべき王子に、国ではなく私を助けてと言っているのだから。
それでも……私は知っている。
声をかけられず、ただ守られるだけの悲しさを。
今回、身をもって知った。
だから――。
私の手に、彼の体温が移る。
やっと私達は、三人横に並ぶことが出来た。
昔みたいに。
ありがとうございました。




