五話 エピローグ
夕焼けに染まる空を、三人で見つめていた。
いつまでも、ゆっくりと。
あれから、半年が経過した。
事態が解決したわけではなく、今だ国から追われ続けている。
その間に失ったものだって、決して少なくない。
それでも、私達は今日まで三人、誰も欠けずに生き残れた。
国が分断されるようなことも、戦に乱れるようなこともなかった。
むしろ――そうならないことが私達の戦いだった。
他の領主と相談して外国の備えを残し、敵対する国家との争いを避けるため交渉を重ね、あくまで水面下での争いに流れを持っていき……。
そうやって逃げ回りながら足掻いて今日まで繋ぎ、傷つく人が一人でも少なくなるような決着の道を探し続けている。
あの日の選択が、ウィルが掴んでくれた手が間違いじゃなかったと証明するために。
そのことへの褒美なのか。
夕暮れは、どこまでも穏やかだった。
目を輝かせ、前のめりになってアリアは夕焼けを眺め続けていた。
日々に追われ、忘れていた空の美しさを思い出すように。
けれど、ウィルとジールは夕焼けではなく、そんな彼女を優しく見守っていた。
「……良かったのか?」
ジールは、アリアに聞こえないよう小声で尋ねた。
「ん? 何がだ?」
「王位継承権の放棄だよ。俺は今でも、あんたが王になるべきだと思ってる」
ジールは心底不愉快そうに言い放った。
現在、彼らは王位継承権第三位であるウィルの叔父に保護され様々な支援を受けている。
そのための条件が、継承権放棄だった。
ウィルは微笑のまま、首を横に振った。
「別に構わないよ」
「何故だ?」
「俺は、王になることに価値を感じていない」
「じゃあ、何があんたの価値になる?」
「民の未来に決まっている。『王族たる者、国最大の奉仕者であるべきである』。それが俺たち兄弟の誇りなんだよ」
「……わけがわからん」
「兄上もそうだったから、継承権を放棄し、裏方に回ってくれていたんだ。半年前まではだけどな」
ウィルが次期国王となっていたのは、兄が『ウィルこそが相応しい』と継承権一位を放棄し、支えてくれていたからに他ならない。
けれど今回ウィルが国を裏切った所為で兄の継承権が復活し、挙句今兄弟で戦うこととなってしまっていた。
それでも尚、兄とウィルの間に一切の恨みはない。
むしろお互いの対立関係を利用し、いかに国に尽くせるかということばかり考えていた。
「例えば、兄は俺たちの殺害を望んでいない。俺たちが国にとって有益だからだ。ただし、アリアだけは殺そうとしているがな」
「それはそれで酷ぇな」
「ちなみに俺の方も、今は継承権を譲って叔父上に協力しているが、もし国のためにならないと分かれば、即兄上に売り渡す。その算段も既に付けてある」
「なんだそりゃ。本当に敵対してんの? それとも敵対してるフリしてんの?」
「どっちでもあって、どっちでもない。極論を言えば、国さえ無事ならそれでいいんだ」
「聞いたら、もっと分からなくなったわ」
「ジールはそれで良い。……それが良いんだ」
「馬鹿にしてる?」
「まさか、褒めてるよ。心の底からな」
誰もが認める英雄ジール。
彼は頭で考えずとも、必ず誰かを救い続ける。
誰かの英雄であり続ける。
それがウィルには、心底羨ましくて、悔しかった。
力強い瞳。
大きな背。
誰もが頼れる、クリフィード王国随一の英雄。
ウィルは、こうなりたかった。
けれど、なれなかった。
ジールのように、まっすぐ生きることができなくて――。
「んじゃ、俺は先に戻るな」
ジールは突然背を向け、ひらひらと手を振った。
「えっ? どうした急に?」
「……これ以上、俺を惨めにさせないでくれや」
こちらを見るジールの横顔は、困った顔で笑っている。
なのに、どこか泣いているような顔だった。
「……足踏みなんてせず早く進んでくれや。でないと、俺が先に進めん」
「ジール……」
「お前だって困るだろ? 英雄ジール様が、一生独り身だとさ」
そう言って、ジールはニヤリと笑った。
「だが……俺にそんな資格は……。一度、彼女を裏切った俺が……」
「はっ! そんなこと俺が知るかよ、ばぁか」
ジールは鼻で笑い、立ち去りながらぽつりと呟いた。
「お前さ、一人で勝手に決めるなって、何回言われたらわかるんだ?」
それはジールらしからぬ小さな声だったのに、不思議とはっきり聞こえた。
振り向くと、彼は夕日ではなく私を見ていた。
ウィリアム=カイン・クリフィード。
その眼差しは、夕焼けのように優しかった。
「ウィル。今日は大切な話があります。聞いてくれますか?」
私の言葉に、ウィルはごくりと唾を飲み、緊張した様子で頷いた。
たぶん、何を言うのか欠片も想像していないだろう。
彼が聡いのは、数式で解決できることだけだから。
それがおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「実はですね……私、怒ってるんです」
「な、何に怒ってるか教えてくれるか?」
「当然、婚約破棄です」
彼の目が、大きく見開かれた。
「人前です。悲しかったです。辛かったです」
半分は嘘だ。
彼がそんなことをする人じゃないと分かっていた。
だから、ただずっと『どうして』と考えていた。
もちろん、悲しくなかったと言えば嘘になるが。
「す、すまない!」
ウィルが慌てて頭を下げた。
「他に思いつかなかったんだ。君のために、どうすればいいのか。そして恥知らずな申し出だが、撤回させてほしい。俺は、君が――」
「――駄目です」
「……え?」
「一度起きたことは、撤回させません」
私の言葉に、ウィルの顔から血の気が引く。
それでも、撤回を受け入れたくなかった。
あれは彼が必死になって考えて、私を護ろうとしてくれた結果。
間違っていたとしても、誰からも否定してほしくなかった。
あれは、あれこそが、彼の愛の証なのだから。
「だから、今度は私からです」
「……へっ?」
「ウィル、私、アリア・リリィフロストは貴方が――」
私は微笑みながら、彼にその手を差し伸ばした。
ありがとうございました。
楽しんでいただけましたなら幸いです。
流行に合わせようと色々考え、いつもよりも圧縮しております。
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