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4話 王都での生活

 俺は、長期休暇で帰省していた侯爵家で思わぬ拾い物をしてしまった状況に困惑していた。帰省二日目、愛馬で森を駆けていたところ、偶然池で溺れている少女を助けた。咄嗟に池に飛び込み小さな体を救助すると、一時的に少女の呼吸は止まってしまっていた。まだ幼い少女が意識を失っているのが可哀想で、慌てて救助した少女を侯爵家に連れ帰り主治医に診察をさせた。


 運良く命に別状はないとの診断だったため、少女が迷子だったなら意識が戻り次第、家に送り届けてやろうと思っていた。


 しかし、その日の夜、少女は高熱を出して寝込んでしまう。再び主治医の診察を受けさせ、朝まで付きっきりで看病してやると少女は高熱にうなされ苦しそうだった表情が朝方には落ち着き、昼過ぎになってようやく目覚めた。

 見知らぬ少女を救助した責任は自分にあるため、俺は少女が目覚めるまで傍から離れなかった。椅子に座り、居眠りをしていたところ、戸惑うような視線を感じて目を開けるとそこには大きな琥珀色の瞳をした少女が驚いた様に俺を見つめていた。


「目が覚めたんだな、痛むところは無いか?」


視線を合わせたまま、そう問いかけると、あどけない表情をした少女の身動きが止まる。石のように固まってしまった様子に、じっと少女を見つめていると大きな琥珀色の瞳に明らかな戸惑いが浮かんでいた。


 反応に困っている少女の仕草から、俺は言葉が通じていない事を察した。自領である侯爵家の領地で何故、言葉が通じない少女が池で溺れていたのかは分からないが、俺は少女の身元が判明するまで責任を持って保護してやる必要があることを悟った。


 見知らぬ場所で一人ぼっちとなれば、幼い子供であれば泣き出しても仕方がない状況だというのに、少女は見た目のあどけなさとは異なり賢いようで、簡単なジェスチャーである程度の意思疎通が可能だった。

 接してみると、根は素直なのだろう俺がひとつ、ひとつ教える物事を理解しようと真剣な表情で俺からのコンタクトを受け取っていた。

 意外にも適応能力は高いようで少女が侯爵家に来てから三日目には、世話係の侍女に連れられ、屋敷内を散策していた。

 

 屈強な騎士がうろついている屋敷だというのに、少女は怖がる事もなくただ静かに俺の部屋でお菓子を食べたり、中庭を一緒に散歩したりして過ごしている。


「お前の髪、綺麗だな。細くてさらさらしている。うちは、男兄弟しかいないから妹がいたらこんな感じなのかもなぁ…」


小さな体を抱き上げ、中庭を散歩していると弟のアンドレが生暖かい視線を向けている事に気付く。


「兄さん、その子が可愛いのはわかるけど、少しでれでれし過ぎじゃない?」


アンドレは半ば呆れたようにそう告げると、胸ポケットから棒のついたキャンディを取り出して少女に差し出す。

 照れたように笑うアンドレの姿に、少女は微笑みを返すと嬉しそうにキャンディを受け取った。その、あまりにも可愛らしい状況に胸の奥がほわりと暖かくなる。本来なら、長期休暇の間に保護した少女の身元確認をしなければならないのだが、状況が状況だけに俺は当主である父と相談した結果、一旦王都に連れて行き王立魔法研究院で少女の身元を調べてもらう事にした。


 侯爵である父の口添えで、王立魔法研究院の主席魔法師に調査依頼をすることになった。今の俺と少女が置かれている状況を考えると、言葉が通じない環境であればお互い不便に感じてしまうものだろうが、言葉が通じない分少女と俺はお互いの意思を読み取ろうと真剣になる性分のようで、ジェスチャーや軽いスキンシップを取る事でよりお互いを身近な存在と感じるようになり、王都に戻る一カ月後には然程、言語によるコミュニケーションが取れなくとも不自由は感じなくなっていた。


あっという間に長期休暇を終え、気付くと俺は王都に戻るため少女を乗せる馬車を手配していた。


「兄さん、チビ姫の身元が分かったら俺にも教えてくれよな」


「ああ、必ず連絡する」


「チビ姫も元気でな?」


王都へ出発となる早朝、名残惜しいとばかりにアンドレが少女を抱き上げる。上背がある俺達兄弟と少女の身長差はどう見積もっても30cm以上はある。片腕で抱き上げられるほど小柄で軽い少女のことを気付けばアンドレはチビ姫と呼ぶようになっていた。


きゅ、と小さな手で少女が弟の指を握り締める。


「…また、遊びに来いよ」


言葉は通じないながらも、気持ちは十分伝わっているのだろう少女はにっこりと微笑みアンドレへと手を振った。


 こうして、俺は不思議な出会いを経験した侯爵領での長期休暇を終え、王都へと向かった。半日程かけて、侯爵領から王都の屋敷へ戻った俺が小さな少女を抱き上げ馬車から降りると、屋敷で帰りを出迎えた執事のハドソン・リバーを始めとした使用人達は目を丸くした。


「訳あって、異国から来た子を保護することになった。言葉が通じない上知らない土地にたった一人でいる女の子だから、皆優しくしてやってくれ。頼んだぞ」


俺が大切そうに少女を抱き上げたまま説明すると、使用人達はわかりましたと快く見知らぬ少女の存在を受け入れてくれた。


「旦那様、お嬢様のお部屋は如何なさいますか?」


「…そうだな、慣れるまでは暫く傍にいてやりたいから俺の寝室の隣の部屋を用意してくれ」


俺の指示にハドソンは畏まりましたと頷くと長旅で疲れているだろう俺達のためにと、アフタヌーンティーを準備した。


 現在、俺が住んでいる王都の屋敷は母親が生きていた頃、侯爵家のタウンハウスとして使用していたため、元々独身者が住む屋敷としてはかなり広く、温室まで完備していた。侯爵家で少女と過ごした一カ月の間、二人で中庭を散歩する機会が多かった俺は、少女が植物に興味を持っている事を知っていた。美しい花だけでなく、草木や菜園など、ありとあらゆる植物を興味津々といった様子で観察していた。


 一緒に過ごす時間が増えてくると、少女の所作から質の高い教育を受けて育っているだろう事が伺える。その証拠に、屋敷での振る舞いは物静かで、食事のマナーについても見よう見真似ですぐに習得してしまったからだ。


 そんな、聡明な少女が特に関心を持っているのが、植物だった。俺は、アフタヌーンティーを温室に用意するようにハドソンへと命じた。

 季節の花々が咲き乱れる温室には、珍しい果物が成る木や、隣国より取り寄せられた茶葉などが植えられている。白いガーデンテーブルと椅子のセットにワゴンに乗ったアフタヌーンティーが用意されている。

 温室に入るなり、パァッと少女の表情が明るくなる。硝子張りの天井から差し込む太陽の光に照らされて、大きな琥珀色の澄んだ瞳が輝いている。俺の肩にしっかりと捕まりながら、少女は温室内をぐるりと見渡す。


「ふはっ、気に入ったみたいだな」


感動しているのか、互いの頬が触れ合いそうな距離で嬉しそうに笑う少女の表情の変化に、俺は思わず声を上げて笑っていた。


 明日になれば、俺は王立騎士団の任務に戻らなければならない。そうなれば、少女とゆっくり過ごせるのは一週間に一度になってしまう。執事のハドソンには少女に誠意を尽くすように命じるつもりではあるが、やはりこうして自分の手で少女を笑顔にしてやりたかった。幸せそうに笑う可愛らしい顔を見ているだけで、知らず胸内がじわりと温かくなるのだ。 


 俺は未だそわそわと周りに気を取られている少女を静かに椅子に下ろすと、テーブルへと並べられたティーカップを手に紅茶を飲む。少女が興味深そうに植物を観察している様子を見守りながら、束の間のティータイムを楽しんだ。 


 それから、俺は暫く王立騎士団の詰所と屋敷を往復する生活へと戻り、朝、俺が出掛けるのを少女が見送り、夜、俺が騎士団から帰ると少女が出迎えるといった平和な日々が過ぎた。王都に戻ってから一カ月が経った頃、王立魔法研究院に少女を連れて行くことになった俺は、侯爵である父との約束通り主席魔法師と対面していた。


「……これは……」


少女を見た瞬間、主席魔法師の顔色が変わった。


「カイル騎士団長殿。この少女を、どこで見つけられましたか?」


その震える声に、俺はただならぬ予感を覚えた。


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