番外編④ 精霊使いと生徒会長
ハサウェイ家。古くは王家の血筋に連なる者として扱われていた家門だ。ここ、トリアント王国の公爵家として君臨している。代々、優秀な魔法師を輩出している家門であり、精霊使いと呼ばれる、四元素を操る精霊と契約を結ぶことができる存在として有名だった。
現ハサウェイ公爵家の当主は、炎の精霊と呼ばれるサラマンダーと契約を結び、王都の防衛を担う魔法師団の師団長の任に就いている。長女のサーリア・ハサウェイは炎の精霊の眷属として知られるイグニスと契約を結んでいた。その華やかと言われる容姿と、思ったことを感情のままに表現するストレートさで、一部の男子から慕われている魔法科の三年生だった。
「……ちょっと、あなたまさか、シルフィーネなの?」
父と同じく炎の精霊と契約を交わしているサーリアは、ローラが契約を結んだ精霊が風の精霊シルフィーネと知った途端、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「まあ、いつも小さくなってろくな反応も返さないあなたにはお似合いかもね」
初めて精霊と契約を交わしたローラに対して、冷めた口調でそう告げたサーリアは同じアカデミーに通うことになったローラとは姉妹でありながら、一定の距離を保っている。本来であれば、四大精霊の中で優劣は存在せず、公爵家当主が契約している上級精霊であるサラマンダーと同格である風の精霊シルフィーネであれば、劣る存在などではなく、扱う魔法師の技量によっていくらでも変化を遂げられる上級精霊なのだ。しかし、目先の派手さや、炎の精霊の眷属として幅広く知られているイグニスと契約を交わしたサーリアは、自分が一番強い精霊と契約を交わしていると勘違いをしていた。その単純な知識不足による誤解にもかかわらず、サーリアは自己主張をしないローラに対し、常に蔑むような態度を取っていた。
「シルフィーネ……いつも、私のそばにいてくれてありがとう」
小さな青い鳥の姿をした精霊シルフィーネを指に止まらせると、ローラは慰めるように頭を摺り寄せる小鳥に向かって微笑んだ。
「大丈夫、私は攻撃魔法を使わないから、シルフィーネがいてくれるだけで幸せだよ」
シルフィーネといつも自然に会話しているローラは、優秀な魔法師にのみ精霊と意思の疎通を取ることができるという事実を知らなかった。
そんなローラがアカデミーに入学してから半年経った頃、魔法科の魔法学理論と方法の授業で新たな精霊と契約することとなった。
生徒たちが召喚術を使って魔法陣を描き詠唱すると、ローラの元に透き通った透明な雫が落ちた。ぴちょん、と音を立てて目の前に現れたのは水の精霊ウンディーネだった。ぷかりとしゃぼんを浮かべて虹色の鱗を持つ魚が飛び跳ねる。
「もしかして、あなたはウンディーネ?」
ローラの指先が魚の頭部に触れると、ざあっと勢い良く水飛沫が上がり、水の精霊ウンディーネとローラの契約が交わされた。アカデミー在学中に、しかも一年生のローラが精霊術の中でも召喚が難しいと言われる上級精霊と契約を交わしたことで、ローラの名は魔法科に一気に広がった。
「さっすが、ハサウェイ家のご令嬢は違うねぇ~? 良かったら、僕にもそのウンディーネを見せてくれるかな」
中庭で一人、魔法書を読んでいると人懐っこい笑顔を浮かべた生徒が声をかけた。
大きな眼鏡を直してから生徒を見上げると、そこには白いネクタイを締めた三年生の生徒が立っていた。
「そんなに警戒しなくて大丈夫。僕は怪しくないから。魔法科三年、セドリック・スタンフォードって言うんだけど、セドリックって気軽に呼んでね」
握手を求める手を見つめると、ローラは少し躊躇いながらもそっと大きな手を握り返した。スタンフォード家はトリアント王国の筆頭魔法師の家柄であり、四大公爵家のうちの一つだった。
「……魔法科一年、ローラ・ハサウェイです」
握手を交わした二人は、ローラが読んでいた魔法書の話から始まり、課外授業となっている薬草採取についての話まで、魔法学に纏わるさまざまな話題について語り合った。
今日は凄く楽しかったよ、ローラ。また、一緒にお喋りしようね」
セドリックとの楽しい時間を過ごしたローラは素直に頷くと、授業に向かうセドリックへと手を振った。
ローラにとって、自分と同じように魔法について好奇心旺盛なセドリックとの会話は、新たな発見を生むものだった。
(セドリック先輩って楽しい人だったな)
ほわり、と表情を綻ばせていると、ぬうっと後ろから大きな影がローラを覆った。
「よ、ハム……じゃなかった、ローラ。何、一人で百面相してんだ? その魔法書ってそんなに面白いのか」
つい先ほど、食堂内にあるパン屋で買ったサンドイッチを食べながら、カイルが座って読書をしていたローラを上から覗き込んでいる。
「……生徒会長殿……っ」
反射的に見上げるローラとカイルの視線が至近距離で重なった。
カイルはその、吸い込まれてしまいそうな透明感のある琥珀色の瞳をまじまじと見つめている。
対するローラは、あまりにも近い距離でカイルに見つめられてしまい、ぼんっと一気に顔が赤く染まる。意識していないはずなのに、端正な顔立ちのカイルのどアップは心臓に悪い。
ローラは慌てて顔を下げると、カイルがふっと笑い、くしゃりとその柔らかい髪を撫で上げた。
「……何でいつも、そうやって下向いてんだよ、ローラ。俺のこと、怖いのか?」
揶揄するようにそう問い掛けるカイルに、ローラが勢い良く首を左右に振る。
「そ、んなつもりはありません! ただ、生徒会長殿の距離が近すぎるから……っ」
しどろもどろになりながら言い訳をするローラの姿に、カイルが瞳を細めた。最初の衝撃的な出会いから始まり、こうしてたまに声を掛けては他愛もない話をする。それだけで、カイルの心は癒されていた。
「……まあ、お前が怖くないって言うなら、いいけどな。ほい、コレ。俺の好きなサンドイッチ。たくさん食べて、大きくなるんだぞ」
「ありがとうございます」
ローラの手にサンドイッチの包みを手渡すと、カイルは幸せそうに笑うその表情を見つめていた。
二人は中庭の芝生に並んで、サンドイッチを頬張っている。ちまちまとサンドイッチを食べるローラの仕草を黙って見ていたカイルは、その愛嬌を誘うローラの仕草に思わず笑ってしまう。
「……ほら、ついてるぞ」
ローラがもぐもぐとサンドイッチを食べていると、小さな口元にパン屑が付いていた。普段なら絶対にそんなことはしないカイルが、ごく自然にローラの口元に付いたパン屑を指腹で拭ってやる。
―――っ!
反射的に顔を上げるローラとカイルの視線が重なる。驚いたようにカイルを見上げるローラと、何事もなかったかのようにローラを見つめるカイルの姿があった。
「……あ、ありがとうございます……」
ごく自然に触れたカイルの指先の感触に、ローラの顔がみるみるうちに赤く染まる。思わずどもってしまったローラを穏やかな笑みを浮かべ見守っているカイルに、ローラの胸がきゅんと小さな音を立てた。
「ふは、どういたしまして」
赤くなりながらお礼を言うローラの可愛らしい仕草に、カイルが幸せそうな笑い声を上げた。
カイルは、いつも一生懸命で素直なローラの姿に、いつの間にかずっと傍で見守っていたいと願うようになっていた。その感情はゆっくりと、確かにカイルの胸の奥で育っていた。
後日、ローラとサンドイッチを食べた日、口元に付いたパン屑を指先で拭ったという話を弟のアンドレにした際、「ええっ、兄さんやめなよ! 絶対、そのローラって子、怖がってるから!」と、悲鳴を上げて注意されたのだった。




