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番外編③ もしも、アカデミーで出会っていたら

ここは、トリアント王国王都にある王立アカデミー。今日は、新入生たちが夢と希望を胸に学び舎へ足を踏み入れる入学式の日だった。


新入生歓迎の挨拶を務めるのは、生徒会長のカイル・ルクシオン。すらりとした長身に紺色のブレザーを纏い、腕には生徒会を示す白と金の腕章。サックスブルーのネクタイを整えた彼は、新入生たちへ爽やかな笑みを向ける。


「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」


武家の名家として有名なルクシオン侯爵家の嫡男として生まれ、父は騎士団団長を務めている。頭脳明晰、スポーツ万能、人当たりも温厚で、整った顔立ち、恵まれた体躯となれば向かうところ敵なしの絵に描いたような品行方正な生徒会長だ。


誰にでも親切でありながら、根が優しいカイルは級友や騎士科の生徒たちから慕われている。来年になれば、アカデミーを早期卒業し、王立騎士団の入団試験を受けることになっている。そんな誰もが憧れる騎士科のエリートであるカイルは、爽やかに短く整えた黒髪に男らしい眉、二重のきりっとした目元が印象的な男前だ。


マイクの前で挨拶をしている今も、新入生の女性生徒たちが頬を赤く染めている。


「……君たちにとって三年間という時間が実りのある時間となるよう学生生活を謳歌してほしい。騎士科三年、カイル・ルクシオン」


後光でもさしているのかと勘違いしてしまいそうな程、眩しい笑顔を向けるカイルの姿にアカデミーの女性生徒たちの心は見事に撃ち抜かれてしまった。


パチパチと拍手が鳴る中、背筋を伸ばしキビキビと歩くカイルの姿はこれぞ、騎士といった風情だった。


インパクトの強い入学式の挨拶を終えたカイルは、生徒会のメンバーたちと共に新入生を寮へと案内する。

ここ、王立アカデミーは全寮制となっており、生徒は全員各専門学科の寮に入ることが義務付けられている。各地から優秀な生徒が集まるアカデミーの寮は各専門学科と貴族寮、一般寮へと分かれている。貴族寮は高位貴族が優先的に入寮できる建物となっており、下級貴族まで入寮することが可能だ。一般寮は、平民、移民、外国からの生徒専用の寮となっている。学費の負担を減らす目的でトリアント王国の一般寮は下級貴族も入寮することが可能だった。


「カイル~! さすが、今日も凛々しい生徒会長様の挨拶に聞き惚れちまったぜ!」


ばしん、と勢い良くカイルの背を叩くのは同じく騎士科三年であり、幼馴染のフット・オルグランだ。


「……って、痛いぞ、フット。朝からのんびり食堂で朝食を取っていたお前には敵わないさ」


「だって、俺はただの騎士科の班長であって生徒会役員じゃねーもん」


にかっと快活に笑うフットにカイルは穏やかな笑顔を返す。幼少期から、領地も隣同士のオルグラン伯爵家と仲が良かったカイルは同じ騎士科で過ごすフットとは良き友であり、良きライバルでもある。こうして、いつも二人は軽口を叩き合っていた。


入学式が終われば、明日は新入生のオリエンテーションがある。騎士科に新しく入学してくる一年生たちのために、カイルとフットは剣術の訓練で使う打ち込み人形を増設していた。


「……いやぁ。こうして見ると何てことはないただの木偶人形なのにな。何故か一年の頃はこの人形が怖くてさ、打ち込みが失敗する度に恐怖を覚えたものだよ」


30体程並んでいる打ち込み人形を見つめながら、フットがぼやく。


「確かに。俺も初めて見た時はこの四角い顔の部分と胴体、手足が作られたこの人形が異様な存在感を放っていて嫌だったなぁ……」


二人は、保護魔法が掛けられている木製の打ち込み人形を黙って見つめるとふっと緩く笑った。ここ、アカデミーの騎士科は実践に重きを置いている専門科であり、一年時の基礎訓練が終われば、早々にモンスター討伐に駆り出される。


初級は下級騎士と呼ばれる王立騎士団の見習い騎士が付きっきりで指導してくれるが、中級からは、騎士科の生徒たちがチームを組んでモンスター討伐を行わなければならない。チームでの戦術を組むことで、騎士団に入団してからすぐに配属された部隊に馴染めるようにとカリキュラムが組まれている。


この訓練所での基礎訓練はまさに、その第一歩となるため、ただの木偶の坊であっても打ち込み訓練をしっかりと受けなければ、いざモンスター討伐に向かった時に剣術を振ることが出来ずに終わるという事態に陥ってしまうのだ。


そのため、上級生は代々、一年生への激励の気持ちを込めて、古びた打ち込み人形から新しい打ち込み人形へと変えておくのが慣例だった。


「今年の新入生には骨のある奴がいるといいけどな~」


「ああ、きっといるさ。将来俺たちの同僚となるべき奴が」


二人は訓練所の見回りを済ませると、しっかりと施錠されているか確認し、寮へと向かった。

貴族寮の寮長に新入生の入寮についてのルール説明を依頼していたカイルは、真新しい制服を着ている一年生たちを眺めて微笑んだ。


「寮長、ありがとう。これで、貴族寮、一般寮の生徒たちが夕食を済ませられるよ」


点呼を取るのは、ランダムで割り当てられた班の班長が取ることになっている。最終的な寮の責任者が寮長となる。


「ああ、カイル生徒会長。今年の一年は何か大人しい気がするなぁ。特に偉そうに振る舞う奴も、はしゃいでる奴もいなかった」


不思議そうにそう唸る寮長の姿に、カイルとフットが苦笑する。


「いや、それ、お前が言っちゃ駄目じゃねえ?」


フットの突っ込みに寮長が笑う。


「まあ、いずれにしても俺たちが三年の間は絶対に大きな問題は起こさせないようにしないとな!」


鼻息荒くそう告げる寮長に、カイルとフットが深く頷きを返した。


「明日は新入生のオリエンテーションがあるから、お前も早く寝ろよ」


三人は互いを労うとそれぞれの部屋へと入って行った。


翌朝、日課である早朝訓練を終えたカイルはシャワーを済ませてから食堂へと向かう。騎士科はとにかく体力が資本であり、基礎体力の訓練から始まり剣術の訓練、陣形の訓練などとにかく一日中体力を使う。そのため、朝から食堂でしっかりと朝食を取らなければ、昼休みまで空腹で持たなくなってしまうのだ。


そんな健康優良児の集まりである騎士科の生徒たちは朝から大量のパンやパスタを食べることから、他の学科たちから遠巻きで見られることが多かった。


「おはよう、カイル」


「おはよう、フット」


既に朝食のプレートをおかわりしているカイルは、バターとチーズが乗ったフランスパンを豪快に咀嚼していた。


「……本当に、お前は代謝がいいよ。そんなに食うのにその引き締まった体はどうなってんの」


「ん? いや、成長期だからか、食っても食っても腹が減んだよなぁ」


朝から大量の料理を消化していくカイルの姿にフットは感心したように呟いた。


「今日は新入生が初めて食堂を利用する日だからか、いつもより豪華だよな」


オムレツを食べながらフットが笑う。


「確かに。料理長のおじさんも作り甲斐があるよな」


二人が朝からモリモリ朝食を平らげていると、その光景を遠くから見つめていた黄色のネクタイを締めた新入生たちが怯えるような目をしていた。


「……懐かしいな。俺たちも先輩たちの食事量に驚いたもんな」


遠くを見つめるフットの姿にカイルが声を上げて笑う。


「確かに。今は普通になったけど、俺たちも入学したばかりの頃は朝から大量に食べる先輩たちを見て驚愕したよな」


カイルとフットは懐かしいとばかりに新入生たちへ視線を向けると予鈴が鳴る前に食事を済ませ、騎士科の訓練室へと向かった。


―カァン! と小気味よい音を響かせて木刀が剣先を合わせる。騎士科名物、新入生のオリエンテーションで披露される上級生の模擬試合だった。


「オラオラぁ。踏み込みが甘いぞ! それでも、騎士科三年かァ!!」


―バァン! と派手な音を立てて打ち合う中、カイルが声を張り上げる。普段は温厚な生徒会長であるが、騎士として訓練する時のカイルは鬼班長と呼ばれるほど厳しい。


「脇が甘い、戦場では誰も待ってはくれないぞ!」


―バシン、バシン!! と防御するしかない相手に、カイルは容赦なく剣術を浴びせる。逃げようとする隙をついて、カイルの剣先が相手の喉元へ迫った。


「参りました」


足元からは砂煙が上がっている。


すっかり息が上がってしまっている対戦相手と、汗だくになりながらも呼吸を乱していないカイルは互いに礼をすると、ぽんと肩を叩き合った。


白熱の模擬試合を観戦していた新入生はあまりの迫力に絶句してしまっていた。


「カイル君、さすがは武家の名門ルクシオン侯爵家の後継者らしい素晴らしい剣術を披露してくれた。礼を言う」


「いえ、まだまだ、訓練するべきところがたくさんあります」


汗を拭い、教授へと礼をするカイルの姿に騎士科の生徒たちからは羨望の眼差しが向けられていた。


オリエンテーションでの模擬試合が滞りなく終わったカイルは、訓練室を後にすると専門科の授業に出るため、騎士科の訓練用の衣服からブレザーへと着替えを済ませた。


春のそよ風が汗ばんだ肌を冷ますように撫でていく。すーっと汗が引いていく感覚にカイルはほっと一息ついた。全力で剣を振るった後のこの爽快感が堪らないのだ。


戦術概論の授業に向かうため、いつものように廊下から中庭を横切り近道しようとしたところで、不意にばしゃん、と音を立てて大量の水が降ってきた。


「冷てえっ!!」


頭からバケツ一杯分の水を被ってしまったカイルがびしょ濡れになりながら叫ぶ。


「……うわ、凄え濡れた……」


濡れ鼠になってしまったカイルが水が落ちてきた方向を確認すると、そこには何の痕跡もなかった。新手の悪戯か、嫌がらせなのかと半ば呆れ気味にジャケットを脱ぎ、水を絞っていると前方から物凄い勢いで駆けてくる生徒がいた。


「あの! も、も、申し訳ありません! 私、魔法科一年のローラ・ハサウェイと申します! 大変申し訳ありません!! あの、あの、生徒会長殿、申し訳ありません!!」


ばたばたと駆けてきた丸い眼鏡を掛けた小柄な少女は大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて謝罪している。ぺこぺこぺこと起き上がりこぼしのように連続して何度も頭を下げる様子に怒りを通り越して思わず笑ってしまう。


「ぷは、ははは、……はは、何だ、魔法科の新入生なんだ?」


「は、はい! 私は、あの、魔法科の一年生で、今日が魔法学の授業初日だったので、嬉しくて、つい、水魔法を練習してみたら、その、生徒会長殿に向かって落ちてしまって、水が、その、水が、すみません、本当に、ごめんなさい!」


あわあわと謝りながら説明するローラと名乗る新入生の様子にハムスターを連想してしまったカイルは、ぶはっと再び吹き出していた。


「あはは、良いよ、気にしないでくれ。確かに、驚きはしたけど、一年生なら、仕方ないさ。他の三年じゃなくて良かったな?」


カイルは無造作に濡れた黒髪を掻き上げると、水滴を払い、濡れたシャツを脱いでぎゅっと絞った。


「わあああ、せ、生徒会長殿! あ、あの、殿方がこんなところで肌を見せてはいけません!」


「ん?」


普段から、訓練場で上半身裸になることが日常と化しているカイルはアカデミー内で日光浴をするのが普通だった。まさか、こんな風に他科の生徒に注意されるとは思ってもみなかったのだ。


真っ赤になって俯いてしまった新入生に、はっとする。ここは高位貴族の令嬢たちも通う学び舎であり、まだ入学したばかりの新入生にとって騎士科の生徒がどういった生徒なのか理解しているはずもない。カイルは、耳の先まで赤くなっているローラの初々しい姿に自分も照れてしまった。


「あー、急に上級生が目の前で脱いだらびっくりするよな。悪かった。シャツを乾かしに行くから。もう、気にすんな」


ふっと、優しい眼差しで微笑むカイルの前に、ローラは恥ずかしそうにハンカチを差し出した。


「あの、生徒会長殿、これ……使ってください!」


よく見ると、カイルと新入生の身長差は30センチはあるようで、目の前まで近づいてくる姿がどう見ても小動物そのものだった。爪先立ちをしているのか、ぷるぷると震える小柄な体に、カイルはまたしても笑い声を上げてしまう。


目の前の新入生の仕草があまりにも可愛らしくて、気付けばカイルの機嫌はすっかり良くなっていた。


「ありがとう。遠慮無く使わせてもらう」


にっと嬉しそうに笑うカイルの姿にもう一度、深々と頭を下げると新入生は着替えるために寮へと向かうカイルへと手を振り見送っていた。


(ローラ・ハサウェイか。小さくて、ハムスターみたいだったな)


意外にも小動物が好きなカイルはローラの姿を思い出しては、またふっと微笑んだ。ローラから手渡されたハンカチで額を拭うと、ふわっと清々しいハーブの香りが鼻先を掠めた。リラックス効果のあるその香りを嗅いだ瞬間、カイルの心が柔らかく解けた。


忘れられない出会いを経験したカイルとローラは、運命に導かれるようにして互いの存在を意識するようになっていくのだった。


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