22話 招かれざる客人
二人きりの濃密な時間を過ごしたカイルとローラは、名残惜しそうに手を繋ぎながら屋敷へ戻ってきた。
「……今日は、幸せでした」
はにかむローラに、カイルは優しく微笑んだ。
「これから先も、毎日そう言わせる」
「約束、ですよ?」
「ああ。もう、お前を一人にはしない」
指先を絡めるように握った手を、ローラはぎゅっと握り返した。
胸いっぱいに広がる温もりに、これから先も、この幸せが続くのだと信じていた。そう約束した、その時だった。
屋敷へ戻ると、出迎えたハドソンに応接室へ案内された。そこには、不穏な空気を漂わせる長身の男が立っていた。
黒いスーツに黒いシャツ、ネクタイ、黒の革靴といった全身を黒で纏めた男は、四角いフレームの眼鏡を掛けている。長めの前髪をサイドに流し、端正な顔立ちには妖艶さが漂っている。腕に嵌められているのは、精巧な造りをした高級腕時計だ。
「貴女が、ローラ・ハサウェイ王女様ですね」
腹の底まで轟くような重低音で名を呼ばれ、ローラはその威圧感のある口調に息を飲んだ。
「……お初にお目に掛かります、私はメタトロン公国の大公を務めております。バークレー・ガイヤと申します」
キーンとした耳鳴りがローラを襲う。
流暢なメテオリアの言語を話すこの男の正体は、優秀な科学者を多く輩出している機械化された都市メトロポリタンを首都とする公国であり、メテオリア第一王女、サーリア・ハサウェイの王配候補だった男だ。
「……何故、お姉様の王配候補だった貴方がここに?」
一体、どうやってこのトリアント王国に来ることができたのだろうか。ローラの背筋が凍る。
「それは、貴女が作り出した万能薬、今では神の妙薬とまで言われているプレミアムエリクサーの存在を辿って来たからですよ。魔法を主としたこのトリアント王国を我が国は調査していましてね。移動スクロールや、魔道具であるアーティファクトの性能が特に気に入っておりましてね。以前から、調査を進めていたこの国で、貴女が販売していたプレミアムエリクサーを見つけたのですよ」
「…ガイヤ大公。だとしても、何故、初対面の私に会いにここに来たのです?」
一歩後ずさるローラをカイルの腕がしっかりと支える。メテオリアの言語で話す二人の空気はとても穏やかとは言えない。カイルと護衛騎士達が剣を構えようとしたところで、長身の男が掌サイズの四角い箱をスーツの内側から取り出した。
ぴかっと光りを放ったかと思うと、その四角い箱からは映像が映し出される。所謂、ホログラムだ。
『ローラ、これを見ているという事は、ガイヤ大公があなたの居場所を突き止めたということよね。勝手に国から出たと思ったら、何?魔法なんて訳の分からない文化の国で遊んでるって言うじゃない。あなたが居なくなってから、メテオリアは王女を探すために大騒ぎだったのよ!』
ローラはあまりの衝撃に硬直してしまう。忘れていたはずの、第一王女。派手なメイクと威圧的な口調、映像の中でさえ、ローラを蔑む態度が伝わって来る。憤慨している第一王女の前に当然のように割り込んで来たのは、くるんとしたカールが印象的な可愛さを強調したヘアスタイルの第二王女だった。
『そうよ!散々、放蕩していたんだから、早くメテオリアに帰って来てよね!遅れた文明の国で男と暮らしてるって聞いたから、どんな生活か大体想像つくけど。女としての魅力なんて大したことのない、あなたをお姉様の王配候補だったガイヤ大公が貰ってくれるって言うんだから、さっさと帰って来て結婚しなさいよ。結婚式くらいは盛大に挙げてあげるわ。分かってると思うけど、王族の義務くらい果たしたなさいよ、ローラ!』
耳障りな甲高い声と嘲笑うような第二王女の表情にローラは耐えきれずに止めて!と叫んだ。
「私は、帰りません…!絶対に、メテオリア王国になど戻りません…!」
ぎゅっと胸を抑えてしゃがみこむローラの姿にカイルの剣が長身の男に突き付けられた。
「今すぐここから立ち去れ、俺の妻には指一本触れさせない!」
「これは、これは。カイル騎士団長殿。失礼いたしました。今日はご挨拶に伺ったまでです。今後については、ローラ王女様とお話しさせていただきます」
紳士的な態度を崩さない男の態度にカイルの眉間に皺が寄る。
「次などない。ローラに近付くことは、俺が許さない!」
カイルの剣幕にも動じることなく肩を竦めると長身の男は従者を引き連れて屋敷から出て行った。
いつか、来るかもしれないと予想していた。それでも、まさかこんなに早くこの幸せな生活が脅かされてしまうことなど、ローラは想像していなかった。
涙を流しながらガタガタと震えるローラをカイルは宥めるように抱き寄せた。
ローラの束の間の幸せは、覆ろうとしていた。




