【番外編】知識は人を救うために
むかしむかし、大きな森に、一匹の大きな白うさぎと、小さな黒うさぎが暮らしていました。
大きな白うさぎは、いつも小さな黒うさぎを守ってくれました。
けれどある日、大きな白うさぎは重い病気になってしまいます。
黒うさぎは、どうしたら助けられるのか分からず、森中を駆け回りました。
そこで出会ったのが、何でも知っている物知りふくろうでした。
ふくろうは言います。
「薬は魔法ではないよ。花も葉っぱも木の実も、それぞれ違う力を持っている。その力を知り、正しく組み合わせることが薬になるんだ」
黒うさぎは毎日森へ通い、花を観察し、薬草を集め、何度も失敗を繰り返しながら薬を作り続けました。
そしてついに、大きな白うさぎは元気になります。
「ありがとう」
「ぼくは小さいけれど、大切な白うさぎを守れた」
最後に物知りふくろうは、優しく微笑みました。
「知識は、大切な人を救うために使うものだよ」
――この一冊の絵本が、後に"神の妙薬"と呼ばれる薬を生み出す、一人の少女の運命を変えることになる。
メテオリア王国の三番目の王女様は、小さいながらもとても賢い子どもでした。
そんな王女様が錬金術を学ぶきっかけとなったのが、『小さな黒うさぎと大きな白うさぎ』という一冊の絵本でした。
錬金術と科学が発達しているメテオリア王国には、目鼻立ちのはっきりとした華やかな印象を持つ可愛らしい第一王女と、ぱっちりとした二重が印象的で、いつも明るく笑う誰からも愛される第二王女がいました。
二人の王女の母は、公爵家という高位貴族の出身でした。
対する末っ子の第三王女の母は、遠い国からメテオリア王国へ留学に来ていた異国の第二皇女でした。
生活や文化の違いを学ぶために訪れていた第二皇女を、アカデミーに通っていた国王が見初め、二人は恋に落ちました。
しかし、すでに政略結婚で正妃と第一側妃を迎えていた国王は、愛する第二皇女を正妃に迎えることはできず、第二側妃として迎えるのが精一杯でした。
国王が第二皇女だけを寵愛することを恐れた正妃と第一側妃は、貴族派の高位貴族たちを使い、彼女へ執拗な圧力をかけ続けました。
当時、深く愛し合っていた国王と第二皇女でしたが、度重なる嫌がらせや牽制に心身ともに疲れ果ててしまいます。
そして第三王女を出産した後、国王は愛する第二側妃を守るため、苦渋の決断として彼女を祖国へ帰すことを選びました。
それは、愛する人と生まれたばかりの娘を引き離さなければならない、国王にとって何よりも辛い決断だったのです。
国王の計らいによって無事祖国へ帰った第二皇女は、いつか国王が迎えに来てくれる日を信じ、ひっそりと待ち続けていました。
一方、生まれたばかりの第三王女は王族としてメテオリア王国に残されることになりました。
しかし、そんな内情を知らない高位貴族たちは、母を失った第三王女に興味を示さなくなり、彼女は国王の采配によって、ひっそりと離宮で守られながら暮らすことになったのです。
そんな複雑な事情を抱えたローラが、一人で絵本を読みながら過ごしていた頃、第一王女と第二王女の教育係として王宮に招かれていたのが、ビバレイ教授でした。
ある日、ビバレイ教授は王宮の庭園で、植物図鑑を片手に熱心に薬草を調べている一人の小さな少女と出会います。
「こんにちは。お嬢さん。その花は『ランドリア』という花でね。煎じて飲むと殺菌作用があるんだよ」
花畑に咲くオレンジ色の花をじっと見つめる幼い少女へそう話しかけると、ビバレイは少女が大切そうに抱えている植物図鑑に目を留め、穏やかな笑みを浮かべました。
「……おじさん、さっきんさようって何ですか?」
琥珀色の大きな瞳は、好奇心で満ちあふれ、きらきらと輝いていました。
ビバレイは少女の前にしゃがみ込み、オレンジ色の花をそっと摘みます。
「殺菌作用とは、人が悪い病気にかからないようにするための予防だよ」
「よぼうですか?」
「そう。予防というのは、悪い病気にかからないように前もって備えることなんだ。分かるかな?」
ビバレイの言葉に、少女はぱっと笑顔を咲かせると、
「はい!」
と元気よく返事をしました。
「お嬢さん、お名前を聞いてもいいかな?」
ビバレイが尋ねると、ブラウンの髪と琥珀色の瞳を持つ少女は、にこりと微笑みました。
「私の名前は、ローラ・ハサウェイです」
ビバレイは一瞬驚いたように目を見開きましたが、すぐに納得したように表情を緩めます。
そう、少女はメテオリア王国の第三王女。そして、聡明と名高い異国の第二皇女殿下のご息女だったのです。
「なるほど……」
そう呟いたビバレイは、ローラが大切そうに抱える植物図鑑の著者名をそっと指でなぞりました。
「ローラ王女様。私の名前はエドガー・ビバレイ。この図鑑を書いた学者です」
「え? おじさんが、この本を作ってくれた人?」
嬉しそうに図鑑を抱きしめるローラの姿に、ビバレイの頬も自然と緩みます。
「ローラ王女様が植物に興味をお持ちなら、一度、私と一緒に植物について学んでみませんか」
「授業?」
「はい。植物について、楽しくお話をしながら学ぶ時間です。きっと面白いですよ」
ビバレイの提案に、ローラは満面の笑みを浮かべました。
「はい! 私、おじさんと植物について、たくさんお話がしたいです」
「私もですよ、ローラ王女様」
オレンジ色の花が咲き誇る庭園で、ローラは後に錬金術師としての師となるビバレイ教授と出会いました。
この日が、後に"神の妙薬"を生み出す錬金術師ローラの、すべての始まりとなったのです。




