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2話 騎士団長との出会い

その日、カイルは久し振りの長期休暇を過ごすため実家である侯爵家へ向かう準備をしていた。


「団長、いくら縁談から逃げたいからってわざわざ南部に帰る必要あります?」


「別に俺は、縁談から逃れたい訳じゃない。ただ、王都だとどうもなァ。休んだ気がしないだけだ」


「……とか何とか言っちゃって、実は秘密の許嫁とかいるんじゃないですか?」


書類整理をしているカイルを揶揄うオランの背をバシッと勢い良く張る男がいた。


「オラン、カイルに限ってそんな事がある訳ないだろ?第一、許嫁なんかがいたら幼馴染の俺が知らない筈はない。喋ってないで、お前は手を動かせよ」


トリアント国王立騎士団の詰め所では、団長のカイルが長期休暇を取るため、引き継ぎが行われていた。カイルと幼馴染である副団長のフットが団長不在の間、留守を預かる事になっている。遠征から戻り、時間に余裕があるからか、軽口を叩いている部下を嗜めるとフットはカイルにゆっくり休んで来いよと労った。


「ああ、俺が留守の間騎士団を頼むよ、フット」


「任せとけって〜」


こうして、カイルは王立騎士団の団長になってから初めての長期休暇で南部にある侯爵家の領地へ帰省することとなった。


 トリアント国の中でも安定した気候により、農作物の収穫量が多い南部の中でも、穏やかな気性の領民が多い侯爵領は豊かな穀倉地帯を持っていた。小麦の生産量は国内自給率の60%を担っている。そんな、豊かな領地は王都と比べると比較的ゆったりとした時間が流れているように感じると評される場所だった。カイルは、長旅を共にした愛馬を厩舎で休ませると屋敷へと足を踏み入れた。


「坊ちゃま、お帰りなさいませ」


カイルの姿に執事が礼をして見せる。


「待ってくれ、ドレイク。騎士団長の俺に坊ちゃまはないだろう。普通に名前で呼んでくれ。それにしても、元気そうで何よりだな」


カイルの凛々しい姿に感動したのか、執事長であるドレイク・マクレガーが笑顔を見せる。


「帰省については、先に手紙で知らせていた筈だが届いていたか?」


「はい。旦那様は、領地の視察に出ておりますが明日にはお戻りになります。アンドレ様は、夕方には戻られるご予定となっております」


「そうか。わかった。では、夕食はアンドレと一緒に取ることにするよ」


「畏まりました」


カイルは、使用人たちと軽く挨拶を交わすと湯浴みを済ませ、久し振りの自室で本を読んでいた。

代々、騎士の家門として有名な侯爵家であるが実際は文武両道であり正騎士となったカイルも領地経営に関しては幼少期から教育を受けている。弟のアンドレも剣術の心得はあるが、兄とは異なり文官の道に進んでいる。


 その為、アンドレは現在当主である父の元で補佐をしながら領地について学んでいる。カイルが侯爵位を継いだ後は補佐官として共に領地を治めていく事になっている。普段は騎士団の稽古で汗を流している時間だが、優雅に紅茶を飲みながら読書を楽しんでいる贅沢な時間にカイルの気分は上々だった。


 夕方、帰宅したアンドレと共に豪華な夕食を済ませ、二人で年代物のワインを開けたところでアンドレが数枚の手紙をテーブルへと並べた。


「兄さん、これ。何だと思う?西部の侯爵家の次女、北部の公爵家の長女、隣国の第二王女殿下からの縁談申込みだよ」


ソファに座り、げんなりとした表情を浮かべるカイルの姿にアンドレが苦笑する。


「……はァ。一体、どんな理由で俺なんかに身分の高いお嬢様が会いたがるって言うんだよ。ウチはそんなに資産が馬鹿みたいに多い訳でもない上に、南部はただでさえ田舎だと言われているのに…」


盛大に溜息を吐き、カイルはワインのグラスを煽る。


「確かにね。ウチは侯爵家の中でも資産は中間くらいだし、田舎だから栄えた場所ではないよ。でも、この広大な農地と豊かな自然があるからさ、モンスターが出る北部や、部族との摩擦がある東部に比べると平和で暮らしやすい。それに、代々王立騎士団の団長を輩出している家門であり、私兵の騎士団も強いからさ。正直なところご令嬢の嫁ぎ先には人気が高いよ」


客観的な視点でそう纏めるアンドレへ鋭い視線を向けると、カイルは面倒だと唸る。


「…その言い分だと、文官のお前は随分とモテてるんだろうな?生憎、俺には気位の高いご令嬢なんて合わない。お茶だ、夜会だ、芸術だって言われても疲れるだけなんだよ」


ガッシリと鍛えた体躯に男らしい顔立ち、落ち着いた低音で話す穏やかな声、爽やかな笑顔が印象的な頼り甲斐のある根っからの兄貴肌である兄は、弟のアンドレから見ても優良物件そのものだった。人好きのする笑顔や、面倒見の良さも周りから慕われる要素だとアンドレは分析している。


 アカデミーの騎士科に通っていた時から、異性に人気があったのに理想が高いからなのか、今は単純に面倒だからなのか、婚約者の一人でもいておかしくはない年齢にも関わらず、何故か兄は縁談を断り続けていた。


「…俺の事は別にして、いずれは侯爵家の爵位を継ぐんだから、いつまでも縁談を断り続ける訳にはいかないよ?せめて、婚約者候補が見つかるまで、ご令嬢と会ってみた方が良いと思うけどな…」


弟からの小言に、そのうち考えるからと曖昧に返答するとカイルは空になったアンドレのグラスにワインを注ぐ。王都でも周りから恋人を作れと言われ、実家でも婚約者を選ぶように勧められてしまい、カイルの胸内は鬱屈とした気持ちで一杯だった。


 ワインのボトルを二本開けたところで、カイルとアンドレはそれぞれ自室へと戻った。侯爵家の後継者として育ったカイルにしてみれば、いずれこの屋敷に女主人を迎え入れなければならないのは理解していた。貴族である以上、カイル自身も爵位を継ぐ後継者を作らなければならない。その為に政略結婚だろうが、恋愛結婚だろうが伴侶を決める日は必ずやって来る。

 

 だが、残念な事にアカデミー時代に好きだったタイプは今となっては手が掛かる相手としか感じなくなってしまったし、ドライな関係を求める大人の付き合いは楽である分、癒されない。騎士団の任務や遠征に追われているカイルにとって、今のところ伴侶にしたいと思える相手との出会いが全く無い状況だった。

 王宮内にある王立騎士団の詰め所でも、同様の話題が持ち上がる事が多々あるが、カイルにしてみれば好みのタイプだと感じる異性に出会えてさえいない事が問題なのだった。このまま、縁談を決めかねていると最悪当主である父に強制的に政略結婚されてしまい兼ねない。カイルは一人、どうしたものかと溜息を吐いた。

 

そんな悶々とした夜が明けた翌日、カイルは愛馬に乗りストレス解消のため、近くの森を駆けていた。


「ハッ…!」


戦場も共に駆ける愛馬はカイルにとっては大事な相棒でもある。暫くは風を切り、森の香りを堪能していた。侯爵家の領地の端にあるこの森の隣には、大きな池があり水鳥が多数生息している。


「どうどう、ララ、止まれ…」


カイルは馬から降りると手綱を引き、透明度が高く美しい池に愛馬を連れて行き水を飲ませてやる。

ブルル、と鳴き声を上げる愛馬に果物を与えると、カイルは切り株に腰を落ち着けた。持参していた軽食を食べ水筒を片手に水を飲む。久し振りの静かな森の空気に癒され、のんびりしていると、不意に池の水が小さく跳ねる。暫く、カイルが様子を伺っていると突如、バシャバシャと勢い良く池の水が跳ね、僅かに人の指が水面から出ているのが見えた。


「…何だッ!?」


カイルが慌てて立ち上がり池へ駆け寄ると、どうやら人が溺れているらしい。次の瞬間、カイルはほぼ反射的に池に飛び込み、溺れている人を救助していた。


「おい、大丈夫か?!しっかりしろ、おい、目を開けてくれ!!」


カイルが池から掬い上げたのは、小柄な少女だった。池の水で体温が奪われてしまったのだろう、少女の体は冷たく、顔は青ざめていた。呼吸も止まっているのか、指先に僅かな息遣いさえ感じる事が出来ない。


カイルは慌てて人工呼吸と心臓マッサージを施す。騎士団の遠征ではたまに事故が起こる為、人命救助は慣れていた。


「しっかりしろ、おい!息をしてくれ…っ!」


カイルの必死の声掛けと人工呼吸に、少女は水を吐き出すと微弱ながらも何とか呼吸を取り戻す。


「こんなところで、子供が一人で何をしてたんだ…」


カイルは濡れたシャツを絞ると手早く少女の体を拭き、呼吸が落ち着くのを確認するとしっかりと抱き上げ愛馬に跨り、素早く屋敷へと戻った。

片腕で支えられる小さな少女の姿に、カイルは酷く心を痛めていた。祈るような気持ちで屋敷に連れて行くと、すぐに主治医を呼びつけた。


「頼む、池で溺れていたんだ!このままではあまりにも可哀想だ。何とか、この子を助けてやってくれ!」


そう懇願するカイルに、主治医はゲストルームに入ると最善を尽くします。と答えた。





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