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18話 カイルの帰還

 空から雪が舞い散る夜、商団との会議を終えたローラは、馬車に揺られながら屋敷へと戻ってきた。吐く息は白く、夜気は肌を刺すほど冷たい。


 ローラが屋敷の扉を開け、護衛騎士と共に玄関ホールに入ってくると、いつもは静かに出迎えてくれるハドソンの姿がないことに気付く。

 不思議に思いつつもメイドを待っていると、コツ、と重厚な靴の踵を鳴らす音が玄関ホールへと響き渡った。


「ハドソン、ただいま帰りました……」


ローラが鞄を手に階段を見上げると、そこには、記憶していた姿よりも少しだけ痩せたカイルの姿があった。


「……っ……!」


コツ、コツ、とゆっくり階段を降りてくるカイルを見つめたまま、ローラは動くことができない。あれほど待ち望んだカイルが、やっと帰ってきたのだ。穏やかな笑顔も、優しい眼差しも、ローラが毎晩待ち焦がれていた愛しい夫だった。


「カイル様……っ……!」


ローラの声は、感極まって震えていた。大きな琥珀色の瞳からは、涙が次々と溢れ出る。


「……ただいま、ローラ」


カイルの逞しい腕が、壊れ物を扱うような繊細さでそっとローラを包み込んだ。


「……カイル様、お帰りなさい……っ。ずっと、ずっと、お待ちしていました」


聞きたくて、聞きたくて堪らなかった声。ローラはカイルの腕の中で泣いた。幻ではない。夢でもない。カイルは、生きて帰ってきたのだ。激しく鳴り響く鼓動と震える唇からは、言葉にならない嗚咽だけが漏れる。


「……ローラ」


優しく名前を呼ばれた瞬間、張り詰めていた心が音を立てて崩れ落ちた。震える華奢な体を力強く抱き締めるカイルの腕に、ローラは身を委ねる。それは何度も夢に見た温もりだった。


「寂しい思いをさせてしまって、本当にすまなかった」


耳元で囁かれる低く穏やかな声。その声を聞くだけで、ローラの胸は歓喜に震えた。


「……ひっ……うぅ……っ」


堪えていたものが、一気に溢れ出す。


「すまない。また君を泣かせてしまったな」


申し訳なさそうに微笑むカイルへ、ローラは力なく首を横に振る。そして、その逞しい胸へと顔を埋めた。


「……カイル様……っ」


ずっと、カイルの名を呼びたかった。誰よりも愛しい夫の名前を。会いたかった。ただ、それだけだった。もう二度と会えないのではないかと、何度夜を泣き明かしたことだろう。もう一度、大好きな優しい笑顔が見たかった。もう一度、強く抱き締めてほしかった。そのすべてが、今、叶っている。カイルはローラの涙が止まるまで、辛抱強くその柔らかな髪を優しく撫でていた。


「戦場にいても、一日だってお前を思い出さなかった日はない」


ゆっくりと髪をすきながら、静かに言葉を紡ぐ。


「出陣したあの日から、毎日、お前のことばかり考えていた」


少し照れくさそうに笑いながらも、その瞳だけは真っ直ぐにローラを見つめていた。


「……ずっと、会いたかった」


その一言だけで十分だった。ローラはカイルの背中へ両腕を回し、これまで押し殺してきた想いをすべて涙とともに溢れさせる。


「私も……私も、ずっとお会いしたかったです……」


二人は互いの温もりを確かめるように、長い時間抱き締め合った。離れていた一年という歳月を埋めるように。言葉では足りない想いを伝え合うように。


 その夜、二人は久しぶりに同じ部屋で過ごした。広すぎると感じていた寝室も、今夜は温かな空気に満ちている。カイルの隣へ身を寄せたローラは、安心したようにそっと指を重ねた。薬指には、お揃いの結婚指輪。互いの指輪が暖炉の灯りを受けて静かに輝く。


「帰ってきてくださって……ありがとうございます」


「約束しただろう。必ず帰ると」


優しく微笑むカイルに、ローラも涙を浮かべながら笑みを返す。二人は指を絡めたまま、静かに寄り添った。もう二度と離れることのないように。失った時間を少しずつ取り戻すように。


 交わした言葉は短かった。それでも、その一言一言には離れていた一年分の想いが込められている。暖炉の火が静かに揺れ、窓の外では雪が音もなく降り積もっていく。凍てつく冬の夜も、二人にとってはもう寒くなかった。互いの温もりを確かめ、そっと額を重ね合わせる。どれほど遠く離れていても、どれほど長い時が流れても、この想いだけは決して変わることはない。そうして二人は寄り添ったまま、静かに眠りについた。


 やがて夜明けの柔らかな陽光がカーテンの隙間から差し込み鳥たちのさえずりが新しい朝の訪れを告げる。ローラがゆっくりと目を覚ますと、隣には穏やかな寝息を立てるカイルの姿があった。


 夢ではない。一年もの間、待ち続けた愛しい人が、今は自分の隣にいる。その幸せを噛みしめるように、ローラはそっとカイルの手を握った。ぎゅっと握り返された温かな手のぬくもりに、思わず笑みがこぼれる。


 長い戦争を乗り越えた二人は、ようやく同じ朝を迎えることができた。それは、離れていた時間を取り戻し、新たな未来を歩み始める二人にとって、かけがえのない最初の朝となった。


……投稿順が間違っており、読んでくださった方ごめんなさい。18話、20話を正しい順番に訂正いたしました。

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