12話 幸せを誓うガーデンパーティー
翌日、カイルは侯爵家当主である父へ一通の手紙を書いた。内容は、ローラとの婚約式をできるだけ早く執り行いたいというものだった。
手続き書類へ迷いなく署名をするその横顔には、一片の迷いもない。生涯を共に歩む伴侶はローラしかいないその確信だけがあった。それからは、まさにトントン拍子だった。
身内だけで執り行うことを決めたカイルは、ごく親しい者だけを招待することにした。それは、新婦となるローラには親族がいないという状況を思いやった、彼なりの配慮でもあった。急遽決まった婚約式は二週間後。あまりにも素早い決断に、弟のアンドレは思わず声を上げて笑った。
「兄さん、いくらローラを早く自分のものにしたいからって極端じゃない?俺が領地へ帰る暇もないよ」
騎士団の部下たちも驚きを隠せなかったが、それ以上に心から祝福してくれた。
「やれやれ、カイルってば本当に真っ直ぐ過ぎるというか、何というか……。まぁ、お前がどうしても手放したくないっていう気持ちは十分伝わったよ」
事後報告になってしまったと照れくさそうに笑うカイルの背を、親友のフットが励ますようにぽんと叩いた。長い間悩み続けてきた二人とは対照的に、周囲の反応はどこまでも温かかった。王立魔法院の研究室へ報告に赴けば、主席魔法師のセドリックまでが、にやにやと笑みを浮かべる。
「カイル団長って、見掛けによらず手が早いねぇ〜」
「セドリック、お前な……」
ぼそりと呟かれた一言に、カイルは赤くなった顔を隠せなかった。王家への婚約証明書の発行手続きが始まると、屋敷は一気に祝福ムードへと包まれた。使用人たちはローラを「お嬢様」ではなく「若奥様」と呼ぶようになり、二人は正式に同じ寝室を使い始める。
婚約式で身に纏う正装を仕立てるため、カイルは再び屋敷へと仕立て屋を招いた。前回、ローラに似合うドレスを見立ててくれたセドリックへ礼を伝えた上で、今回も同じ腕利きの仕立て屋へ依頼したのだった。
「カイル様、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。ローラ」
騎士団から帰宅するたび、ローラが玄関で笑顔を向ける。その姿を見るだけで、カイルの表情は自然と優しく綻んだ。屋敷ではいつも二人が寄り添って過ごしており、その穏やかな空気は誰の目にも明らかだった。
「それにしても、あの堅物の兄さんがねぇ。ローラの前だとこんなにデレデレするんだもんなぁ。二人を見てたら、俺も早く相手を見つけなきゃって気になるよ」
三人で夕食を囲むたび、アンドレは決まって二人をからかった。
「……まぁ、デレデレしているつもりはないが、満ち足りているのは事実だからな」
軽く咳払いをすると、カイルは照れ笑いを浮かべる。
「……なんだか、今でも実感できません。私なんかが、カイル様のお傍にいられるなんて……」
はにかみながら呟くローラに、アンドレは呆れたように笑ってスープを口へ運んだ。
「二人がどう思ってるか知らないけどさ。俺は兄さんがローラの保護者になるって言い出して、公的な手続きを取った時から何となくこうなる気がしてたよ。無自覚だったんだろうけど、普通、十代の女の子を四六時中あんなに愛おしそうに抱っこして歩かないでしょ」
あはは、と笑うアンドレにつられるように、傍らに控えていたハドソンをはじめ使用人たちもくすりと笑みを零した。穏やかで柔らかな空気が、屋敷全体を優しく包み込んでいく。カイルとローラは、ようやく心から安らげる日々を手に入れていた。
そして二週間は瞬く間に過ぎ、婚約式当日を迎える。親しい者たちだけを招いたガーデンパーティー形式の婚約式は、華美ではないものの、温かな祝福に満ちたものとなった。セドリックが紹介した高名な仕立て屋が仕立てた上品なベージュのドレスは、ローラの気品をより一層引き立てている。王立騎士団の正装に身を包んだ凛々しいカイルとの姿は、誰もが羨むほど美しいものだった。
「おめでとう! お幸せに!」
「カイル、おめでとう! 幸せにな!」
祝福の声があちこちから響き渡る。その声に応えるように、二人は喜びに満ちた笑顔で顔を見合わせた。
こうしてカイルとローラは、多くの祝福を受けながら婚約を交わしたのだった。
一方、ローラとセドリックの研究も順調そのものだった。翌月には、新たに完成した高濃度ポーションの試作品を王室へ献上する予定となっていた。
「ローラ嬢、この傷薬も一般向けに販売したらどう?」
研究室では、主席魔法師のセドリックが熱心に試作品を眺めていた。
「セドリック様、残念ながらこの傷薬は、まだ大量生産ができないんです。侯爵家の温室で特別に栽培している薬草を使っていますので、他では育たないんですよ」
「そうなんだ。残念だなぁ。自分用に買い込もうと思ってたのに」
ローラが試作品として贈ったのは、小さな楕円形のケースに収められた、爽やかなミントの香りがする軟膏だった。
切り傷や火傷をたちまち癒やしてしまう驚異的な効能に、セドリックはすっかり魅了されていた。
「販売はできませんが、お配りする分はいくつか作ってあります。よろしければ、お好きなだけお持ちください」
「え、本当に? じゃあ三つ貰ってもいい?」
「はい、もちろんです。木箱二つ分は備蓄がありますから、どうぞお持ち帰りください」
「ありがとう、ローラ嬢!」
思いがけない贈り物に、セドリックは満面の笑みを浮かべる。二人は良き研究仲間であり、互いを信頼し合うかけがえのないビジネスパートナーだった。そんな、すべてが順風満帆に思えたカイルとローラのもとへ、突如として新たな試練が訪れようとしていた。




