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不良債権と黄金の要塞②

 連合の支配域から外れた、海に面した絶壁の私有地。

 そこには、元・将軍ゼノスが築き上げた、成金趣味の極みとも言える黄金の要塞がそびえ立っていた。


 城壁には無数の自動防衛砲塔が並び、上空には逃亡用のプライベート飛行船が停泊している。


「……すさまじい防衛網ね。私の広域殲滅モードで、要塞ごと更地にしてあげるわよ!」


 バルタザールの肩に担がれたルクレティアが、好戦的な思念を飛ばした。


「馬鹿を言え。あの要塞の内部には、ゼノスが横領金で買い漁った『時価数億ギルの美術品や金塊』が山のように保管されているんだ」


 バルタザールは双眼鏡で要塞を観察しながら、忌々しげに舌打ちをした。


「ギル,よく聞け。壺を1つ割れば数千万ギルの損失だ。壁の装飾を1つ焦がせば数百万ギルの赤字になる。対象の防衛設備と傭兵だけを、要塞内部の資産に『一切の傷をつけず』に無力化しろ」


「了解した。資産保護を最優先事項として設定。……非常に制約の多い、非効率的な戦闘行動となる」


 ギルは平坦な声で答えながら、足元に落ちていた「ただの石ころ」をいくつか拾い上げた。


「弾薬コストの削減も兼ね、まずは周囲の無機物を利用する」


 ギルが腕を軽く振るった瞬間、指弾として放たれたただの石ころが、音速を超えて空気を裂いた。

 空気を裂く鋭利な衝撃音と共に、城壁に設置されていた自動防衛砲塔の魔力センサーだけが、針の穴を通すような精度で正確に粉砕されていく。


 砲塔そのものは破壊せず、機能だけを沈黙させる。

 これもまた、後で砲塔を分解して鉄屑として売却するための、極限の原価管理戦闘の始まりだった。


 防衛網の「目」を潰したギルは、そのまま高さ15メートルの城壁を跳躍し、要塞の内部へと侵入した。

 待ち構えていたのは、ゼノス将軍が莫大な金で雇った重武装の傭兵団だった。彼らは侵入者を見るや否や、一斉にアサルトライフルを構える。


「撃て! 蜂の巣にしろ!!」


 無数の銃弾が雨のようにギルへと降り注ぐ。

 だが、ギルはその場から動かなかった。回避行動をとる代わりに、ガラス玉のような瞳で自身の背後の空間を走査し、即座に結論を弾き出した。


「……私の背後にある大壺、推定市場価格5,000万ギル。右後方の壁画、推定1億2,000万ギル。私がここで銃弾を躱せば、それらの資産が蜂の巣になり、我が社の莫大な『減損処理』が発生する」


 ギルは無表情のまま、飛来する銃弾の軌道を見極め、自身の強靭な腕や足の装甲部分で的確に弾き落としていく。


「弾道の偏向完了。対象資産の保護に成功。……だが、極めて非効率だ」


 弾切れで傭兵たちが一瞬の隙を見せた瞬間、ギルは地を蹴った。

 無駄なエネルギー消費はゼロ。最短距離の踏み込みで傭兵の懐に潜り込み、彼らが身につけている高価な魔導装甲を「傷つけない」ように、関節の隙間だけを狙って素手で打撃を打ち込んでいく。


 苦悶の声を上げる間もなく、傭兵たちは次々と床に崩れ落ちた。


『ちょっと! なんで私が石ころなんか撃たなきゃいけないのよ!』


 ギルの背中に背負われたルクレティアが、激しい不満の念話をまくし立てた。


『私の広域殲滅モードで一発やれば、こんな雑魚ども数秒で消し飛ぶじゃない! なんでただの照準器みたいな地味な仕事させられてるのよ!』


「却下する。お前の火力では要塞ごと吹き飛び、資産価値がゼロになる」


 ギルは傭兵を無力化しながら、冷酷に言い放った。


「対象資産の毀損は認められない。お前は費用削減のため、最も安価な弾薬でピンポイント狙撃に専念しろ」


 ギルは足元に転がっていた空薬莢を拾い上げ、ルクレティアの薬室に強引に装填した。


『いっ……!? ちょっと,こんなゴミみたいな金属片食べさせないでよ!』


「文句を言うな。目標、奥の防衛用重ゴーレム2体。動力線のみを撃ち抜け」


『ああもう、最低のケチ男! 覚えてなさいよ!!』


 ルクレティアが不満げに放った極細の魔力線が、重ゴーレムの装甲の継ぎ目を正確に貫き、内部の動力ケーブルだけを焼き切った。

 高価なゴーレムの装甲は無傷のまま、ただの巨大な鉄の塊として機能停止する。


「……内部制圧完了。器物破損ゼロ。我が社の資産は完璧に保全された」


 ギルが平坦な声で報告した、その時だった。

 要塞の奥から、機関の轟音と共に巨大な影が上空へと飛び立った。


 純金でコーティングされた、悪趣味なほどに豪奢なプライベート飛行船だった。

 窓の奥では、太った元・将軍ゼノスが、大量の金塊が詰まったトランクを抱えながら青ざめた顔で下を見下ろしている。


「あの馬鹿、金塊ごと逃げる気だぞ!」


 通信機越しに、外で待機していたバルタザールの鋭い声が飛んだ。


「あの船ごと逃がせば、今日の稼ぎはゼロだ! ギル,撃ち落とせ!」


 ギルは即座にルクレティアを構え、上空の飛行船を走査した。


「対象の積載物、純金インゴット約3トン(推定150億ギル相当)。……バルタザール、提案を却下する。ここで船体を爆破すれば、積載された金塊が海に散逸し、海底からの引き揚げコストが売却益を上回る赤字となる」


「チッ……ならどうする!」


「船体へのダメージを0に抑えたまま『墜落』させる」


 ギルは懐から、先ほどガストンから巻き上げた金の一部で買っておいた「中価格帯の魔石(5万ギル相当)」を取り出し、ルクレティアに装填した。


『……んっ! やっとまともなご飯ね! でもこれじゃあ腹の足しにも……』


「贅沢を言うな。高度500メートル、風速15メートル。対象のエンジン吸気口の隙間、わずか3ミリを狙う」


 ギルは論理回路を極限まで回転させ、一切のブレのない姿勢で引き金を引いた。

 閃光と共に放たれた魔力の尾が、分厚い装甲に覆われた飛行船には一切傷をつけず、排気口のわずかな隙間を縫って「魔力機関の安全弁」だけを正確に破壊した。


 空気を切り裂くような悲痛な絶叫が上空から響く。

 動力を失った飛行船は、爆発することなく、ゆっくりと要塞の広い中庭へと高度を下げていき……大地を揺らす重低音と金属の軋む音を響かせ、完璧な不時着を果たした。


   * * *


 土煙が晴れた中庭。

 ひしゃげた飛行船のハッチから、ゼノス将軍が金塊のトランクを抱えながら這い出してきた。


「くそっ……私の、私の金が……!」


「やあ、ゼノス将軍。お怪我がなくて何よりです」


 ゼノスの目の前に、黒革の手帳を持ったバルタザールが涼しい顔で立ち塞がった。その背後には、無傷のルクレティアを構えたギルが控えている。


「き、貴様らは何者だ!? 連合の犬か!? ここは治外法権だぞ!」


「私(俺)はただの民間の債権回収業者ですよ。横領金の取り立てに参りました」


 バルタザールは手帳を開き、帝国の紋章が入った「200億ギルの債権原本」をゼノスの鼻先に突きつけた。


「なっ……それは、とうの昔に闇に葬られたはずの……!」


「ええ。ですが、この帳簿は生きています。元金200億ギルに加え、過去十年間放置されたことによる遅延損害金……法定利率の複利計算でしめて312億5,000万ギル。

 さらに本日の『強制執行(きょうせいしっこう)費用』と『弾薬代』、あなたが逃亡を図り中庭の芝生を削った『原状回復費用』を合算し……この要塞の全資産、金塊、ならびに貴方の身柄を、たった今から完全に差し押さえます」


「ふ,ふざけるな! 誰がそんな紙切れ一枚で……!」


 ゼノスが隠し持っていた拳銃を抜こうとした瞬間、ギルの蹴りがゼノスの手首を的確に砕いた。

 骨が砕け散る鈍い音と共に、ゼノスが苦痛に満ちた呻きを上げる。


「……抵抗は無意味だ。これ以上の物理的損害は、あなたの医療費という負債を増やすだけだ」


 ギルが無表情で見下ろす中、バルタザールはゼノスが抱えていた金塊のトランクを奪い取り、満足げに重さを確かめた。


「あの狂った小娘のせいで抱えた800万の赤字が、見事な特大の黒字に化けたな。やはり、不良債権の回収は辞められん」


 バルタザールは青空を見上げ、薄汚れた黒いコートを翻した。


「さあ、帰って決算報告だ。ギル,こいつの身ぐるみも剥いで質に入れろ」


「了解した。着衣の市場価値、推定3,000ギル。回収する」


『ちょっと! 私にも金塊の1つくらい食べさせなさいよ! 働いたのは私でしょ!』


 甲高い不満の念話をまくし立てるルクレティアを無視し、バルタザールたちは黄金の要塞を後にした。

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