不良債権と錬金術②
ゴルディオン通商連合の郊外、旧帝国軍『第七魔導演習場跡地』。
かつて最新鋭の兵器群が性能テストを行った広大な荒野は、今や異様な光景に包まれていた。
放置されていた戦車や装甲車の残骸に、大型犬ほどの大きさを持つ銀色の甲殻群が群がり、強酸の粘液を吐き出しては金属を粘り気のある液状に溶解させて貪り食っている。
「特級損壊指定害獣」――暴食の銀白蟻の群れだ。
『ちょっと! 蟻の魔獣ってことは、もう地下に巨大な巣を作られてるんじゃないの!? 地盤が穴だらけなら、不動産価値なんてとっくにゼロじゃない!』
バルタザールの肩に担がれたルクレティアが、苛立たしげに騒ぎ立てる。
「安心しろ、鉄屑。こいつらは完全な地上徘徊型だ」
バルタザールは双眼鏡を覗き込みながら、冷たく返した。
「土や岩には一切興味を示さない。都市の鉄骨や魔力ケーブルといった『金属インフラ』だけを食い尽くすからこそ、特級に指定されている。
つまり、放っておけばいずれ近隣の都市機能が停止するが、現時点ではこの土地の地盤に傷はついていない」
「……対象の生態データを照合。確かに、地形への物理的ダメージは極小だ」
ギルが平坦な声で同意する。
「しかし、数万の群れが広大な演習場に散らばっている。私と対象名ルクレティアの魔力出力で全域を焼き払えば、確実に対象を殲滅できるが……」
「馬鹿を言え。そんなことをすれば、土地がまるごとガラス化して地価が暴落する。おまけに莫大な弾薬代で完全な赤字だ」
バルタザールは双眼鏡を下ろし、演習場の端にそびえ立つ廃れた監視塔を指差した。
「俺が上から観測手を務める。ギル、お前は俺の指示に従い、最小限のコストで奴らを1箇所にまとめろ」
「了解した。指示を待つ」
数分後。赤錆の浮いた鉄階段を登りきり、監視塔の最上階に陣取ったバルタザールは、通信機片手に戦場を俯瞰していた。
(……さて。群れの動きは、帳簿の金の流れと同じだ)
冷徹な会計士の瞳が、無数に蠢く白蟻たちの動線と、溶かした金属資源の運搬ルートを正確に追跡していく。
末端の働き蟻たちがどこへリソースを運んでいるか。その流れの終着点にこそ、最大の『利益の源泉』がある。
「見つけたぞ。10時の方向、ひときわ巨大な装甲車の残骸の裏だ。そこに群れの中枢……『女王アリ』がいる」
バルタザールが通信機で告げると同時に、地上のギルが動いた。
「目標座標を確認。これより対象の『強制徴収』を開始する」
銀色の髪がブレたかと思うと、ギルは弾丸のような速度で群れの中へと突入した。
無数の白蟻が一斉に敵対反応を示し、強烈な酸の粘液を吐き出してくる。
だが、ギルは脳内の演算能力をフル稼働させ、飛来する酸の軌道をミリ単位で躱していく。
「消費カロリー最少。衣服の損耗率、ゼロ」
一切の無駄を省いた動きで群れをすり抜け、ギルは目標である巨大な女王アリの懐へと潜り込んだ。
「……対象の無力化、およびフェロモン器官の保護を実行」
ギルの腕が鞭のようにしなり、女王アリの6本の脚の関節を、外殻を砕くことなく正確に外していく。
音を立てる間もなく無力化された女王を、ギルは軽々と肩に担ぎ上げた。
「回収完了。これより誘導地点へ移動する」
ギルは女王アリを担いだまま、演習場の中央付近にある巨大なすり鉢状の地形へと向かった。
そこは旧帝国時代の爆撃テストで作られた、既に減価償却済みの無価値なクレーターだ。
ギルが女王アリをクレーターの底に放り投げると、女王が発するフェロモンに狂ったように引き寄せられ、数万匹の白蟻たちが滝のようにすり鉢の底へと雪崩れ込んでいく。
「群れの密集率、98パーセントを突破」
ギルはクレーターの縁に立ち、無表情のまま背中のルクレティアを構えた。
「バルタザール。弾薬の装填を」
通信機越しの指示を受け、ギルは事前に渡されていた弾薬を薬室に押し込んだ。
『……はぁ!? ちょっと、何これ! 安物の銀鉱石じゃない! こんなパサパサの不味い弾で私に撃てっていうの!?』
ルクレティアが屈辱に震える声を上げるが、ギルは冷酷に引き金に指をかけた。
「対象は直径10メートルのすり鉢状の底に密集している。安価な銀鉱石であっても、射出角度を89度に設定し、重力加速度を利用した上方からの貫通攻撃を行えば、魔力拡散を防ぎつつ全個体の外殻を物理的に貫通可能だ。……高コストな魔力結晶は過剰投資だ。我慢しろ」
『ああもう、最低のケチ男! 覚えてなさいよ!』
大気を震わせる重厚な破裂音が荒野に響き渡った。
ルクレティアの銃口から放たれた鋭く細い高密度魔力線が、クレーターの底に密集した数万の白蟻と女王アリを、文字通り一筆書きで貫き、完全に蒸発させた。
周囲の地形には焦げ跡一つ残さない、完璧な『コスト最小化』の駆除だった。
「……見事だ。これでこの土地は、ただの安全で広大な更地に戻った」
監視塔から降りてきたバルタザールが、満足げに黒革の手帳にチェックを入れる。
その時、演習場の入り口から、土煙を上げて数台の高級魔導車/乗用車が乗り込んできた。
降りてきたのは、顔を真っ赤にして怒り狂う新興不動産投資家、ドノヴァンとその武装した部下たちだった。
「貴様ら! 俺の土地で何をしている!! そこは俺が買うはずだったんだぞ!」
ドノヴァンが血走った目で怒鳴り散らすが、バルタザールは涼しい顔で歩み寄り、1枚の書類を突きつけた。
「おや、これはドノヴァン社長。奇遇ですね。ですが、この『第七魔導演習場跡地』は、すでに我がL.G.B.エンタープライズが正規の手続きで購入済みです」
「ふざけるな! その害獣の駆除費用で貴様らも破産するはずだ!」
「害獣? はて、ご覧の通り、ここはただの綺麗な更地ですが」
バルタザールがクレーターを指差すると、そこには白蟻の痕跡すら残っていなかった。ドノヴァンの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「な……馬鹿な。特級の群れを、たった2人で……!?」
『ちょっと! 誰が2人よ! 帝国の最高傑作たるこの私を含めて、3人でしょ! まあ、私が9割9分働いたようなものだけど!』
ギルの肩に担がれたルクレティアが、耳障りな甲高い声で抗議した。
「……個体識別『ルクレティア』は備品であり、人員にはカウントされない。実質的な稼働人員は私1名と、観測手のバルタザール1名の、計2名だ」
ギルが無表情で訂正する。
『はぁ!? あんたほんとに殿下の顔してムカつくこと言うわね!』
そんなやり取りを尻目に、バルタザールは咳払いを一つしてドノヴァンに向き直った。
「ええ。おかげでこの土地は、今すぐ物流拠点として開発可能な優良物件に生まれ変わりました」
バルタザールは冷酷な笑みを深め、懐からもう1枚の紙を取り出した。
「ところで社長。先日、あなたが裏ルートで『特級損壊指定害獣』を密輸した際の、ダミー口座の送金履歴と購入証明書。これらは明確な相場操縦およびインサイダー取引の証拠です。
これを連合の監査院に提出すれば、あなたの会社は明日には上場廃止、あなたは確実に刑務所行きでしょう」
「ひっ……!」
「ですが、私はただの親切な会計士です。揉め事は好まない」
バルタザールはドノヴァンの肩にポンと手を置き、悪魔のように囁いた。
「この素晴らしく整地された優良物件を、たっぷりと資本利得を乗せた市価の3倍であなたが買い取ってくださるなら、この書類は『経費』として焼却処分しても構いませんよ」
ドノヴァンは恐怖で奥歯を震わせ、絶望的な目で書類と、背後に控える無表情のギルを交互に見比べた。
「……か、買う。買わせて、いただきます……」
泣く泣く契約書にサインするドノヴァンを見下ろし、バルタザールは手帳の新しいページを開いた。
「毎度あり。……さて、次なる『資産』の回収に向かうとしよう」




