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不良債権と錬金術①

 ゴルディオン通商連合の商業特区。規格化された無機質な高層ビルの最上階。

 眼下に広がる極彩色のネオンを見下ろしながら、新興不動産投資家ドノヴァンは最高級の葉巻をくゆらせていた。


「社長。例の『第七魔導演習場跡地』の件ですが」


「地価は想定通りに暴落したか?」


「はい。特級損壊指定害獣の群れが居着いたことで、周辺の地主たちは恐慌状態です。投げ売りが始まり、地価はピーク時の10分の1まで下落しました」


 ドノヴァンは太った顔に卑しい笑みを浮かべた。


「まだだ。連中が破産寸前になり、底値の底値で泣きついてくるまで待て。そこを我々が慈悲深く買い叩いてやる」


「しかし、害獣の駆除はどうされるおつもりで? 特級指定ともなれば、民間のハンターギルドでは手が出ません。正規軍を動かすとなれば莫大な費用が……」


「馬鹿め、自腹を切る必要がどこにある」


 ドノヴァンは葉巻の灰を無造作に落とす。


「我々が土地の所有権を得た後、連合議会の『環境保護局』の知人に袖の下を渡す。周辺の市街地への被害が懸念されるという名目で、連合軍による緊急駆除作戦を発動させるのだ。

 つまり、税金(公金)を使って我々の土地をタダで更地にさせる。あとは物流拠点として市価の10倍で売り捌けばいい」


「なるほど……! リスク・ゼロの錬金術ですね」


「その通りだ。旧帝国の遺産は、我々が骨の髄までしゃぶり尽くしてやる」


   * * *


 同時刻、スラム街の路地裏。

 雨漏りのするカビ臭いボロアパートの一室で、バルタザールはひび割れたテーブルの上に書類を広げていた。


「……よし。これでペーパーカンパニー『L.G.B.エンタープライズ』の法人登記は完了だ。代表者は便宜上、俺にしておく」


『ちょっと! なんで帝国の最高傑作たる私が、こんな埃っぽくて貧乏くさい部屋に押し込められなきゃならないのよ!』


 机の上に無造作に置かれた魔導銃ルクレティアが、銃身の魔力結晶を明滅させて耳障りな甲高い声でわめき散らした。


『私の装甲に傷でもついたらどうする気!? ああっ、雨漏りの水滴が跳ねたわ! 最悪! すぐに最高級のガンオイルで磨きなさいよ!』


「黙れ鉄屑。経費削減だ。高級ホテルに泊まるための資金など、95兆ギルの負債の前では1ギル探しても捻出できん」


 バルタザールが冷たくあしらう横で、壁際に直立不動で待機していたギルが、ガラス玉のような双眸をゆっくりと動かした。


「……現在の室温12度、湿度85パーセント。この劣悪な環境下での保管は、対象名ルクレティアの魔力伝導率を1日あたり0.5パーセント低下させると推算される」


 ギルは無機質な声で、バルタザールに顔を向けた。


「結果として、戦闘時の魔力変換(コンバート)効率が悪化し、より多くの弾薬となる資金を消費するリスクが生じる。長期的な維持コストの観点から、当拠点の修繕費、もしくは別物件への移転費用の計上を強く推奨する」


「チッ……不良債権の分際で俺に説教とはな。だが、心配には及ばん。すぐにまとまった『利益』が入る」


 バルタザールは手元の黒革の手帳を叩き、テーブルの中央に1枚の権利書を放り投げた。


「ドノヴァン・ホールディングスという新興の不動産屋が、面白い絵図を描いていてな。旧帝国の『第七魔導演習場跡地』を地上げするため、密輸した魔獣を意図的に放って地価を暴落させている」


「自作自演のマッチポンプか。悪辣だが、投資に対するリターンの確度は高い」


 ギルが平坦に評価する。


「ああ。奴らは底値の底値で買い叩き、連合の公金を使ってタダで魔獣を駆除させるつもりだったようだ。……だが、先ほど奴らのダミー口座をハッキングし、買い注文のタイミングを完全に把握した」


 バルタザールは不敵な笑みを浮かべた。


「奴らが買う直前の0.1秒前に、我が『L.G.B.エンタープライズ』名義の自動取引プログラム(bot)を割り込ませて、さらに半額で土地を横取り購入してやった。たった今、あの広大な不良資産は俺たちの所有物だ」


『はぁ!? あんた、そんな土地買ってどうするのよ! 魔獣がうようよいるんでしょ!?』


 ルクレティアが呆れたように声を上げる。


「決まっている。俺たちの手で魔獣を迅速に『損金処理』し、安全な優良物件に仕立て上げた後……計画を狂わされて顔面蒼白になっているドノヴァンに、資本利得(キャピタルゲイン)をたっぷり乗せて市価の3倍で売りつける」


「……対象の魔獣のデータは?」


 ギルの問いに、バルタザールは書類の1枚を指差した。


「連合の指定で『特級損壊指定害獣』に分類される、凶暴な変異種の群れだ」


『特級……? なによそれ、聞いたことないわね。私のデータバンクにある旧帝国のS級魔獣より強いの?』


 ルクレティアの疑問に、バルタザールはタバコに火をつけながら鼻で笑った。


「純粋な戦闘力で言えば、ただの巨大な猪や土竜の変異種にすぎん。旧帝国軍の1個小隊がいれば半日で駆除できるレベルだ。……だが、今のゴルディオン通商連合は強さなどという非生産的な指標で魔獣を測らない。奴らが気にするのは常にカネだ」


「カネ?」


「そうだ。その獣の群れが一晩でどれだけの農地を食い荒らし、街道のインフラを破壊し、物流を止めるか。……つまり、どれほど甚大な『経済的損失』をもたらすかという損害査定の指標だ」


 バルタザールは紫煙を細く吐き出した。


「特級指定ともなれば、保険会社も匙を投げる。土地の価値は文字通りゼロになり、復旧には莫大な予算が必要になる。だからこそ、奴らは軍の公金を使おうとした」


「なるほど」


 ギルは僅かに首を傾け、論理回路を回転させた。


「強さではなく、もたらす赤字の額で格付けされているというわけか。極めて合理的だ。しかし、我々が自力で駆除を行う場合、弾薬代や稼働コストが売却益を上回っては意味がない」


「その通りだ、ギル。今回は地形そのものが商品となる不動産だ。派手に吹き飛ばしてクレーターを作れば、地価が下がる」


 バルタザールはルクレティアを指差した。


「お前の火力は過剰すぎる。地形への物理的ダメージを完全にゼロに抑え、なおかつ最小限の弾薬コストで奴らを一掃しろ」


『はぁ!? 無茶言わないでよ! 私の広域殲滅モードを何だと思ってるの!』


「無茶ではない。費用対効果(コスパ)の問題だ。行くぞ、害獣駆除(ビジネス)の時間だ」

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