市場への宣戦布告②
ギルの「売却」という特大の茶番を終えた直後、オークションは休む間もなく次の目玉商品へと移っていた。
「さあ皆様、次なる出品物は旧帝国の魔導技術の結晶! 意思を持つ武器・戦略魔導狙撃銃『ルクレティア』でございます!」
黒天鵞絨のクッションに乗せられ、仰々しく運ばれてきたのは、白銀と真紅の装甲に包まれた美しい長銃だった。
だが、その優雅な外見とは裏腹に、銃身に埋め込まれた魔力結晶からは、会場中に響き渡るほどの甲高い声が放たれていた。
『ちょっと! 誰がこんな泥棒市で売ろうなんて言ったのよ! 帝国の最高傑作たるこの私を、どこの馬の骨とも知れない野蛮人に売り渡す気!? 触らないで、汚らわしい!』
高飛車な声色で、ルクレティアは激しく抗議の声を上げている。
しかし、その希少な特性は、皮肉にも金持ちたちの所有欲をさらに煽る結果となっていた。
「開始価格、5,000万ギル!」
「6,000万!」
「7,000万だ! あのじゃじゃ馬、俺のコレクションルームで躾けてやる!」
次々と飛び交う金額。
しかし、それを聞いたルクレティアの怒りの矛先は、瞬時に別の方向へと切り替わった。
『なっ……7,000万!? はぁ!? ちょっとあんた達、目が節穴なの!? 私の砲身の特殊コーティング液だけでも、その3倍は軽く吹っ飛ぶわよ!』
『身売りさせられる屈辱も大概だけど、こんな安値で買いたたかれるなんて絶対に我慢ならないわ! アンタ、もっと限界まで張りなさいよ! 桁が1つ足りないわよこのドケチ成金ども!!』
売られることを嘆きながらも、自身の市場価値が低いことにはそれ以上に激高する。
そのあまりに現金な兵器の叫びに、会場の熱気は奇妙な方向へと過熱していく。
「8,000万!」「1億!」「1億2,000万ギルだ!」
『そうよ! もっとよ! 私の維持費を舐めないでよね!』
阿鼻叫喚の競り合いが続く中、背後の引き渡しルームの扉が凄まじい音を立てて吹き飛んだ。
粉塵の中から現れたのは、無傷のギルだった。
そして、それに合わせるように、会場の入り口からひときわ冷ややかな声が響き渡った。
「――3億ギル。それと、その騒がしい鉄屑の電源を落とせ。頭痛がする」
バルタザールだった。
彼は先ほどギルの売却で手に入れたばかりの『5億ギルの売掛金』を裏付ける債権書類を指先で滑らかに反転させながら、悠然と会場の通路を歩いてくる。
手元の資金はゼロ。だが、マフィアの債権を担保にすれば、3億の買い付けなど容易い。
他人の資本で自軍の装備を買い戻す、会計士による鮮やかなレバレッジの行使だった。
圧倒的な現金の暴力。その一言で、熱狂していたオークション会場は完全に凍りついた。
『て、鉄屑ですって!? 誰よあんた、私の価値も……って、バルタザール!? なんで貧乏神のあんたがそんな大金持ってるのよ!』
驚愕するルクレティアを完全に無視し、バルタザールは冷酷な目で司会者を射抜いた。
「3億だ。それ以上出せる阿呆がいないなら、さっさと木槌を叩け」
静寂の中、司会者が震える手で木槌を振り下ろそうとした、その瞬間。
破壊された引き渡しルームの奥から、鼓膜を破る轟音が響いた。
壁を粉砕して現れたのは、先ほどギルが絞め落としたはずのマフィアのボスだった。
太い首には赤黒い痣が残っているが、その目は怒りで血走り、異常な生命力を放っている。
「ガキが……! そしてあの野郎、俺から巻き上げた金で買い戻しやがったな! 地下闘技場用の『特上』のエサにしてやる!」
スイッチが押し込まれると同時に、会場の四方から巨大な鋼鉄の檻がせり上がってきた。
中から溢れ出したのは、ひどく粘り気のある粘液で構成された不定形の生物兵器群だ。
悲鳴が上がり、金持ちたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
ギルは瞬時に床を蹴り、最も近い一体の懐に潜り込んだ。
闘技場の重装甲熊を一撃で沈めた、完璧な貫手。
だが――鋭利な刃と化したギルの腕は粘液の胴体を容易く貫通したものの、命を断つ手応えが全くない。
生物兵器は傷口を瞬時に塞ぎ、逆にギルの腕を粘液で取り込んで不快な白煙を上げて溶解させようと蠢く。
ギルは即座に腕を引き抜き、大きく後方へ跳躍した。
「……物理的破壊は不可能。対象の完全消滅には、高火力の魔導殲滅が必須となる」
「チッ、予定外の特別損失だ。高くつくぞ!」
バルタザールは忌々そうに舌打ちをし、壇上のルクレティアを奪い取ってギルへと放り投げた。
宙を舞ったルクレティアを、ギルは片手で正確に捕捉した。
即座に銃身を構え、迫り来る生物兵器の群れへと引き金を引く。
乾いた撃鉄の音が響くだけで、銃口からは微かな魔力すら撃ち出されなかった。
『ちょっと! 弾が入ってないわよ!』
「……残弾ゼロ。整備不良か」
『失礼ね、私は高貴な魔導兵器よ! ただの魔力じゃ動かないの。高純度の貴金属や宝石を魔力変換して撃つんだから、さっさとエサを寄越しなさい!』
ルクレティアの甲高い文句を背景に、ギルは間髪入れず後ろへ跳躍した。
粘液が彼のいた床を白煙とともに溶かす。
ギルは驚異的な身のこなしで壁を蹴り、生物兵器の触手を躱しながら脳内の演算を走らせた。
(現在、利用可能な弾薬となる資金はゼロ。しかし、壇上奥の保管庫には未決済の金塊と魔力結晶が残されている。時価換算で約4億ギル。これを弾薬として消費した場合の機会損失は莫大だが、私がここで破壊されれば、95兆ギルの債権回収計画は完全に破綻し、全額が減損処理となる)
「……結論。4億ギルの損失は許容範囲内だ」
ギルは無機質に告げた。
「対象名バルタザール。保管庫の資産を弾薬として徴用する。このままでは3分後に私の回避限界に達し、全事業が停止する」
「チッ、他人の金とはいえ背筋が凍るぜ……金喰い虫の欠陥品め!」
バルタザールは逃げ惑う客たちを尻目に、オークションの壇上奥にある保管庫へと走った。
そこには、これから引き渡される予定だった未決済の出品物が山のように積まれている。
「オークション会場の保安義務違反により、俺の資産が危機に瀕している! よって、これらの未決済資産は『損害賠償の担保』として俺が強制執行させてもらう!」
悪徳会計士の強弁とともに、彼は一番豪奢な宝箱の錠を銃で撃ち抜くと、中から最高級の魔力結晶石と金塊の束を鷲掴みにした。
「ギル,受け取れ! これで奴らを丸ごと損金処理しろ!」
放り投げられた眩い宝石と金塊の雨を、ギルは空中でルクレティアの薬室へと叩き込んだ。
重厚な金属が噛み合う響きが轟く。
『……っああっ! この硬度、そして不純物のない魔力の輝き! 最高品質の帝国産魔力結晶ね! さらに純度99.9パーセントの金塊まで! 市場価値にしておよそ4億ギル……このリッチな味わい、たまらないわぁっ!!』
「エネルギー充填率、120パーセント。臨界点を突破」
宝石の品評を早口でまくしたてるルクレティアの熱狂と裏腹に、ギルの瞳には冷酷な演算の光だけが宿る。
着地と同時に銃口を、マフィアのボスと蠢くヘドロの群れへと向けた。
「対象の完全償却を実行する。――『ルクレティア・カノン』」
引き金を引いた瞬間、白銀の銃口から極太の光の奔流が放たれた。
4億ギル分の貴金属を瞬時に燃焼させた絶大な魔力砲線は、粘液の化物も、絶叫するマフィアのボスも、オークション会場の分厚い防壁すらも、文字通り消滅させた。
後に残ったのは、高熱でガラスのように溶けて滑らかになった一直線の巨大なクレーターだけだった。
「……よし。清算完了だ、ずらかるぞ」
バルタザールはサイレンが鳴り響く会場に背を向けた。
だが、その肩に担がれた銃が不満げに声を上げる。
『ちょっと、もう終わり!? 4億ギルなんて一口サイズじゃない! 久しぶりのフルコースだったのに、全然腹八分目なんだけど!』
「黙れ金食い虫。今の一撃だけで地方都市の年間予算が文字通り蒸発したんだぞ」
『うるさいわね、帝国の最高傑作を運用するならそれくらい当然でしょ! ほら、あんたのポケットにこっそり掠め取った金塊が入ってるの分かってるんだから! それおやつに頂戴よ!』
「……対象名ルクレティア。現在の燃費効率は極めて劣悪。維持コスト削減のため、次弾装填は却下する」
『はぁ!? あんた殿下の顔してなんてケチなこと言うのよ! ちょっと、強制給弾モード起動するわよ!』
騒ぎ立てるルクレティアをギルが無表情で抱え込み、バルタザールが呆れたように黒革の手帳を閉じる。
三人は大混乱の闇市から、幻のように姿を消した。




