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流動資産の悲喜劇と星の輝き②

「全方位からの包囲。敵対的戦力、30名以上。……バルタザール、現時点での当社の保有魔力残量では、全滅を回避しつつ敵を無力化する確率は20パーセントを切る。……撤退を推奨する」


 ギルが淡々と死の宣告を読み上げ、自らの体を盾にするようにシャルロットとバルタザールを庇う。


『撤退なんて絶対イヤ! あいつらのせいで質屋にぶち込まれたのよ! 全員灰にしてやるわ!』


 背中ホルダーに固定されているルクレティアは、制御不能なほどの殺意を放射している。

 カジノの黒服たちが一斉に銃火器を構え、引き金に指をかけた、その瞬間だった。


 逃げ惑っていたはずのシャルロットがピタリと足を止め、ギルの背にあるルクレティアへと視線を向けた。その瞳は恐怖ではなく、純粋な驚きと歓喜に輝いている。


「あ! 前に見たキラキラの棒! まだそのケチなおじさんと一緒にいたのね!」


 シャルロットは無造作に、自身のハンドバッグへと手を突っ込んだ。

 そして、その中から市場価格数百億ギル相当の『超特級・星石』――かつて旧帝国の皇帝が愛用したとされる、拳大の完璧な魔力結晶を取り出すと、それをバルタザールに向けて軽々と放り投げた。


「これ、カワイイ棒のゴハンにあげる! だから、あいつらをやっつけちゃって!」


『……っ!? な、なにこれ! とんでもない量の魔力残滓……! 冗談でしょ、こんな国宝級の宝石、今まで見たこともないわ!』


 宙を舞う星石を、バルタザールは反射的に空中で掴み取った。


 彼の脳内で、瞬時に数字が瀑布のように流れ結びつく。この一石の魔力総量は、現在のルクレティアの保有魔力の数千倍。これを装填すれば、周囲に桁違いの物理的損失が発生する。

 しかし、同時に目の前の三十人の敵を確実に排除し、当社の生存を確定させることができる。


「……なるほど。これは顧客からの、当社の生存を目的とした『第三者割当増資(無償の資本注入)』と定義する」


 バルタザールは痛む胃の辺りを押さえるのをやめ、獲物を見つけた捕食者の笑みを浮かべた。

 そして、ギルへと歩み寄ると、彼の背にあるルクレティアの排熱機構へ、一切の躊躇なく星石を叩き込んだ。


『……んんっ!? あぁああああっ!? なによこれ、ものすごい……! 演算領域が熱い……! 魔力が充填されて……体が、体が焼き切れそうっ!』


 星石を吸収した瞬間、ルクレティアがかつてないほど強烈な、目も眩むような真紅の輝きを放った。それは単なる武器の起動音ではなく、眠れる怪物が覚醒したかのような重低音の咆哮であった。


 ギルが即座にルクレティアをホルダーから引き抜き、最適な射撃姿勢へと移行する。


「……ギル。ルクレティアへの資本注入が完了した。これより、営業妨害を行う不法侵入者たちに対し、圧倒的な火力による『特別損失』を強制計上する」


「了解した。……バルタザール、現在のルクレティアの出力、理論上の最大値を大幅に超過。発射による物理的な反動、および周囲への熱害は予測不能」


「構わん。撃て」


 空気を極限まで圧縮し、一気に弾けさせたかのような衝撃波がカジノを激しく震わせた。


 ギルが構えたルクレティアの銃口から放たれた一条の極大熱線が、空気を、空間を、そして目前に迫っていたカジノの私兵部隊を、何の抵抗もなく一直線に消し飛ばした。


「ぐ、あああっ!?」「な、なんなんだこの光は――!」


 悲鳴すら上げる間もなく、黒服たちは熱線の熱と光の中に蒸発し、その跡には、カジノの分厚い外壁を音もなく貫通し、夜の街へと続く巨大な虚無のトンネルが一直線に開通していた。

 圧倒的な暴力の前に、生き残ったカジノの私兵たちは完全に戦意を喪失し、武器を取り落として地に伏せた。


『あー……すっきりした! これよ、これが私の本当の力よ! あんたたち、見た!?』


 ギルの手の中で、ルクレティアが歓喜に銃身を明滅させ、尋常ではない熱量をフロアへと撒き散らす。

 そして彼女は、呆然と立ち尽くすシャルロットを見つけると、これ以上ないほど甘ったるい、すり寄るような念話を飛ばした。


『お嬢様! 私の力、見てくれた!? さっきのご馳走、最高だったわ! 私、一生あなたについていくわ! あのケチなおじさんと、埃っぽい金庫なんて絶対イヤ! さあ、私を拾って! 最高級の宝石で、毎日私を飾り立てて!』


 兵器としての誇りも矜持も捨て、完璧に寝返ったルクレティア。

 しかし、シャルロットの視線はすでにルクレティアにはなかった。彼女の瞳は、熱線の余波で崩れたカジノの景品置き場の瓦礫の中に転がっていた「何か」に釘付けになっている。


「あ! なにこれ、変な顔! すっごくカワイイ!!」


 シャルロットは駆け寄り、瓦礫の中から、原価200ギル程度の、ひどく歪な顔をしたカジノマスコットのぬいぐるみを拾い上げた。


 そして、その安物を大切そうに抱きしめると、ヴァルガスに振り返って満面の笑みを浮かべた。


「ヴァルガス! 私、これが一番カワイイと思う! これを連れて帰るわ!」


「了解いたしました、お嬢様」


『あ、あの……お嬢様……?』


 ルクレティアの、すがりつくような念話が空虚に響く。


 しかし、シャルロットはぬいぐるみに夢中で、ルクレティアの存在など最初からなかったかのように、ヴァルガスと共に「カワイイ!」「すっごくカワイイわ!」とはしゃぎながら、崩れた壁の穴から嵐のように去っていった。


   * * *


 完全な静寂が落ちたフロアで、ルクレティアは明滅を止め、深い哀愁を漂わせて硬直していた。


「……バルタザール、対象の精神構造、および演算領域に致命的な論理エラーを確認。……完全にフリーズしているようだ」


「……やれやれ。他社の資産を吸収して暴走した挙句、ブランド価値が200ギルの綿人形以下だったとはな。当社の『最高級兵器』としての信用が失墜した瞬間だ」


 バルタザールは鼻で笑い、ギルの腕の中で沈黙するルクレティアの銃身を、慰めるように軽く叩いた。


「さて。利益は確定した。これ以上の滞在は、この騒動の事後処理に巻き込まれ、当社の『特別損失』がさらに拡大する可能性がある。……ギル、換金所へ向かうぞ。勝ち分を全額回収して、早急にこの街を去る」


 バルタザールは、フリーズしたルクレティアを抱えるギルを引き連れ、巨額のチップが入った革袋を手に、まだ機能している換金窓口へと優雅な足取りで向かっていった。

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