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流動資産の悲喜劇と星の輝き①

 ゴルディオン通商連合が管理する巨大な歓楽特区、通称『カジノ都市』。


 その裏通りにひっそりと店を構える高級質屋のカウンターで、バルタザールは分厚い防弾ガラスの向こうにいる店主へ、白銀と真紅の魔導狙撃銃――ルクレティアを無造作に押しやった。


 店主は震える手でルーペを覗き込み、ややあってから「3,000万ギル、ですね……」と、札束ならぬ高額カジノチップの山を提示した。


『ちょっと! なんで3,000万ギルなのよ! 前にオークションに出た時は3億ギルで落札された最高級品よ!? 私の価値、分かってんの!?』


 ルクレティアが銃身を怒りの赤色に明滅させて抗議の念話を飛ばすが、傍らに立つ未完成クローンの青年、ギルが淡々とした口調でそれを切り捨てた。


「対象の認識に致命的な誤りがある。オークションの落札価格は、好事家の狂乱と投機的なプレミアムが含まれた単なる『小売価格』だ。対して質屋の査定は、債務不履行時に即時現金化するための『担保掛目(ヘアカット)』に過ぎない。流動性の極めて低い骨董兵器に対し、市場価格の10パーセントを提示したのは、極めて妥当かつ良心的なリスク管理だ」


『理屈はいいのよ! 私をそんな安値で埃っぽい金庫に押し込む気!?』


「数日以内に買い戻す。それまで金庫の中で大人しく眠っていなさい、流動資産」


 バルタザールは一切の同情を見せずにチップを回収し、怒りに打ち震える兵器を残して質屋を後にした。


   * * *


 調達した3,000万ギルのチップを元手に、二人は煌びやかなカジノのメインフロアへ足を踏み入れた。


 ギルはスロットマシンの前に座り、眼球の微細な動きだけでリールの回転速度と機械的遅延を完全に計算していた。感情を一切交えぬ眼差しでタイミングを計り、正確にジャックポットの出目を揃え続ける。


「……ギャンブルという定義は不正確だ。これは入力に対する出力が物理演算で確定している、少々ユーザーインターフェースの複雑な現金自動預け払い機に過ぎない」


 事実を告げる平坦な呟きとともに、彼の足元には莫大なチップの山が築かれていく。


 一方のバルタザールは、VIP専用のポーカーテーブルで葉巻を燻らせながら、富豪や悪徳商人たちを狩っていた。


 手札の運には一切頼らない。相手の微細な表情、ポットに積まれたチップの総額、そして「ここまで投資したのだから降りられない」という埋没費用(サンクコスト)の心理を冷酷に突き、確実に他者の資産を自らの手元へと移転させていく。


 数時間後。手元のチップが5億ギルに膨れ上がったところで、バルタザールはふと視線を上げた。


 フロアの奥で、黒服に身を包んだカジノの警備責任者たちが忌々しげにこちらを睨み、何やら耳打ちをしているのが見えた。


「……どうやら胴元(ハウス)が動き出しそうだ。我々を客として扱うか、排除すべき『損失』として処理するか、計算を始めたらしい」


「当社の目的は十分な運転資金の確保。これ以上の交戦および滞在は、リスクとリターンの比率が逆転する」


「ああ。奴らが盤面を物理的にひっくり返す前に、利益を確定させて引き上げよう」


 バルタザールは欲をかくことなく席を立ち、すぐさま質屋へ向かってルクレティアを買い戻した。


   * * *


『やれやれ、結局またあんたたちの背中か……。少しはカジノの豪遊ってやつを味わわせ――』


 受け戻されたルクレティアが不満げに念話をこぼした、その直後だった。


 質屋の目の前にあるVIPルームへと続く重厚な扉が、鼓膜を圧迫する重低音と熱風を伴って吹き飛ばされた。


 粉塵の向こうから、両手に抱えきれないほどの最高級チップを持った豪奢なドレスの少女――ゴルディオン通商連合の令嬢シャルロットが、大笑いしながら飛び出してくる。


「あはははは! また勝っちゃった! パパのカードで全部賭けたら、ここのカジノのお金、全部なくなっちゃったわ!」


 その後ろから、重装甲の護衛ヴァルガスが静かに付き従い、さらに奥からは殺意を剥き出しにした数十人の黒服たちが武器を構えて雪崩れ込んできた。


「あのガキを殺せ! イカサマでうちの金庫を空にしやがったぞ!」


 怒号が飛び交う中、逃げ惑うシャルロットが偶然にもバルタザールたちの前に躍り出る。


 バルタザールはひどく呆れたようにため息をつき、逃げ回る無軌道な令嬢に向かって冷ややかに言い放った。


「……カジノで遊ぶなら、胴元の顔を立てて『適度に負けておく』のが長生きする鉄則だぞ、お嬢さん。一人勝ちして相手の資金を完全にショートさせれば、ルールはゲームから物理的な暴力へと移行する。いわゆる利益の還元を怠ったツケだ」


『ちょっと! そんな真っ黒な大人の処世術を、小さな子どもに教えないでよ! 教育に悪いでしょ!』


 ルクレティアの甲高いツッコミが響く中、追手の中から一際身なりの良い男――カジノの警備責任者が、バルタザールたちの姿を認めて獰猛な笑みを浮かべた。


「おい、あのガキと一緒にそこの連中もやってしまえ! 先ほどポーカーでうちのVIPからチップを根こそぎ巻き上げた、胸糞の悪いゴロツキどもだ。まとめて始末して金庫へ回収しろ!」


「対象の明確な敵対的推移を確認。……バルタザール、我々は完全に巻き込まれた形だ。交戦を回避する確率は極めて低い」


 ギルが一切の感情を排した声で、冷徹な事実だけを報告する。

 しかし、彼の背中ではルクレティアが歓喜に銃身を赤く明滅させていた。


『やった! 埃っぽい質屋の金庫に数時間も押し込められてた鬱憤、あいつらを木っ端微塵にして晴らさせてもらうわよ! さあ、景気良く撃ちなさい!』


「……やれやれ。他人の引き起こした無用な損害の連帯保証人にされるとはな。この無軌道な令嬢と関わると、私の胃壁が物理的にすり減りそうだ」


 バルタザールは深くため息をつき、痛む胃の辺りを押さえながら、容赦なく迫り来るカジノの私兵たちへ冷ややかな視線を向けた。

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