銀喰いの山と合法的な略奪③
酒場から這うようにして逃げ出したガロアは、麓の薄汚い路地裏のねぐらで、ギルに極められた腕を歪に吊りながら、どす黒い憎悪を煮えたぎらせていた。
「あの野郎……素人の青二才が、小難しい法と数字を盾に取りやがって……!」
周囲には、彼と同じように屈辱に塗れた傭兵たちと、金で雇われた近隣のならず者たちが息を潜めている。
ガロアは血走った目で彼らを見回し、低く濁った声で復讐の算段を口にした。
「だが、連中の手駒はあの不気味なガキと、口の減らない魔導銃だけだ。
夜陰に乗じて数の暴力で押し潰せば、いくら凄腕だろうが対処しきれねえ。
俺たちを縛るあの忌々しい借用書を灰にして、あの魔導銃を裏市場で売り捌けば、俺たちは大金持ちだ」
復讐と強欲の炎が、小悪党たちの理性を完全に焼き切っていた。
数日後の深夜。刃の反射を黒く塗りつぶした数十人の暴漢たちが、音もなくオルデン銀山の入り口へと接近していた。
しかし、ガロアの予想に反し、廃れているはずの鉱山の入り口は赤々とした篝火で煌々と照らし出されていた。
そして、そこには異様な光景が広がっていたのである。
野営テントが所狭しと立ち並び、傷だらけの甲冑を着込んだ重武装の戦士や魔術師たちが、血走った目で坑道の奥を睨みつけている。
彼らは酒を飲むでもなく、ただ獲物に飢えた猟犬のように、むき出しの殺気を放っていた。
「な、なんだこいつら……なぜこんなに人が……!」
闇に紛れていたはずのガロアの足音が、枯れ枝を踏み砕く。
その微かな振動に、数十人の武装者たちが一斉に背後を振り返った。
* * *
その数時間前。
バルタザールは、ギルが羊皮紙に清書した『オルデン銀山・内部魔物狩猟ライセンス』の規約書を満足げに眺めていた。
「警備員を金で雇うから赤字になるのだ。
発想を逆転させ、『魔物の素材(銀鉄殻)を独占的に狩る権利』と『安全な野営地の提供』を商品として、近隣の冒険者や傭兵に売り捌く。血の気の多い連中が、こぞって高い入場料を払って集まってきたな」
「対象の警備コスト、実質ゼロギル。むしろライセンスの販売益により、防衛部門単体での黒字化を達成。
労働者の安全も確保され、極めて合理的なスキームだ」
ギルが視覚情報を処理しながら淡々と事実を述べる。
傍らに立てかけられたルクレティアが、不満げに魔力結晶を瞬かせた。
『ちょっと、あんな薄汚い連中に私の極上のゴハン(未知の高級鉱物が混じる甲殻)を横取りさせる気!?』
「安心しろ。彼らが狩れるのは浅い階層の銀鉄殻だけだ。深層の純度の高い鉱脈は、後で我々が独占する。
それに、規約書の第四条第二項にはこう記してある。『ライセンス保持者は、狩猟を妨害する不法侵入者(強盗)を撃退した場合、その装備品を合法的な戦利品として没収・換金してよい』とな」
* * *
現在。ガロアたちならず者の集団を目に留めた冒険者たちの瞳に、魔物を待つ焦燥とは別の、生々しい強欲の光が灯った。
「おい見ろ……あいつら、俺たちの狩り場を荒らしに来た強盗じゃねえか?」
「規約書によれば、あいつらの装備は全部俺たちのモンにしていいんだよな。魔物より手っ取り早い臨時ボーナス(歩く金貨)のお出ましだぜ!」
「ひ、ひぃぃっ!?」
ガロアが状況を理解するより早く、合法的な略奪許可を与えられた冒険者たちが、歓喜の咆哮と共に雪崩れ込んだ。
怒号と恐怖の呻き声が入り混じる中、肉と鋼がぶつかり合う鈍い音が闇夜に響き渡る。
圧倒的な数の暴力でバルタザールを蹂躙するはずだったガロアたちは、逆に「合法的な略奪者」と化した冒険者たちの怒涛の波に完全に飲み込まれていった。
剣や防具、果ては身につけていた硬貨の袋に至るまで、次々と身ぐるみを図られていく。
『うるさいわね! 私の優雅な夜の静寂を邪魔するんじゃないわよ!』
高台から、空気を焼き焦がすような熱波が降り注いだ。
ルクレティアの銃口から放たれた一条の真紅の閃光が、逃げ惑うならず者たちの足元の岩盤を、音もなくドロドロのマグマへと変貌させる。
一切の抵抗を許さない絶対的な兵器の威光。
それを見た瞬間、ガロアの部下たちは完全に戦意を喪失し、武器を放り出して地に伏せた。
夜明け前。
身ぐるみを剥がされ、下着姿のまま冷たい土の上に縛り上げられたガロアを見下ろし、バルタザールは極めて紳士的な笑みを浮かべていた。
「素晴らしい夜討ちだったよ、ガロア団長。君たちが自ら『ボーナス』として現れてくれたおかげで、冒険者たちのライセンスへの顧客満足度が大いに向上した。次回の入場料はさらに値上げできそうだ」
「あ、悪魔……テメェ、血も涙もねえのか……!」
「私はただの管財人だ。さて、今回の夜襲による『営業妨害の損害賠償』が加算され、君の負債はさらに膨れ上がったわけだが」
バルタザールは万年筆を弄びながら、真っ暗な坑道の奥へと冷酷な視線を向けた。
「君にはこれから、借金の元本が尽きるまで無給で働いてもらおう。あの坑道の最深部、大百足がうごめく未開拓エリアの『安全確認のための先行調査』――いわゆる毒見のカナリア役だ」
『ちょっと、勝手なところで死なないでよね、おっさん!』
不意に、バルタザールの背後でルクレティアが銃身を赤く明滅させ、這いつくばるガロアの脳髄に直接、容赦ない念話を叩きつけた。
『あの穴のずっと奥に、最高級の味がするデカい虫がうようよいるはずなのよ!
あんたが奥まで行って極上の殻を引っ張り出してくれないと、私のディナーが安物になっちゃうじゃない!
せいぜい命懸けで、私のご馳走を這いずり回って探してきなさい!』
魔物より恐ろしい魔導銃の「食欲」の宣告に、ガロアの顔面から完全に血の気が失せる。
バルタザールはひどく楽しげに目を細め、絶望で硬直するガロアの肩を慰めるように叩いた。
「聞いた通りだ。我が社の備品の食費は高くつくのでね。君が命を張って安全な地図を描き、上質なゴハンを届けてくれることを大いに期待しているよ」
絶望に顔を歪める元傭兵の悲鳴は、夜明けの冷たい風に虚しく吸い込まれていった。




