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悪徳借金取りのスキーム講義

 旧帝都の地下深くに位置する隠れ家は、今日も変わらず重苦しい湿気とカビの匂いに支配されていた。


 地上で繰り広げられた狂騒――ゴルディオン通商連合の『貴族派』と『役人・商会派』による、血で血を洗うような天文学的な資金のバラマキ選挙戦――が嘘のように、石造りの空間には静寂が落ちている。

 しかし、その静寂を物理的な振動を伴う甲高い念話が容赦なく切り裂いた。


『評価されたって全然嬉しくないわよ! なにが「見事な働きだ」よ、馬鹿にしないで!』


 部屋の片隅に立てかけられた長大な魔導狙撃銃――ルクレティアが、銃身に埋め込まれた魔力結晶を怒りの赤色に明滅させながらわめき立てる。


『私は帝国の最高傑作たる魔導狙撃銃なのよ!?

 なのに泥まみれの広場で、ただの拡声器(スピーカー)として貧乏人どもを煽り立てるだけの仕事なんて!


 屈辱、大屈辱よ! 次は絶対にまともな狙撃任務を寄越しなさい! 脳天を撃ち抜かせなさい!』


「そう吼えるな、ルクレティア。

 お前のそのヒステリックな声色と過剰な音圧がなければ、スラムの有権者たちがあれほど狂信的な暴徒と化すことはなかった。


 お前は自身の性能を遺憾なく発揮し、見事に市場のインフレーションを爆発させたのだ。誇っていい」


 粗悪な茶葉から滲み出た濁った液体をグラスで揺らしながら、バルタザールは喉の奥で冷笑を鳴らした。


 彼の言葉は明らかな称賛であったが、ルクレティアにとっては自身の存在意義を根本からねじ曲げられるような、ひどく複雑な感情を呼び起こすものだった。


『……っ、もう! あんたに褒められると調子が狂うわ!』


 魔力結晶の赤い明滅が微かに弱まり、ルクレティアは渋々といった様子で矛先を収めた。

 しかし、彼女の内に渦巻く演算領域の不満は、別の方向へと向けられる。


『でも、ずっと気になってたんだけど。いくらなんでも、あの連合の連中の法律や管理体制、穴だらけすぎない?』


「ほう?」


『私が広場の群衆を煽って買収費用を暴騰させたのは事実よ。

 でも、あんたが「監査人」なんていう胡散臭い立場で内部に潜り込んで、あんな見え透いた遅延工作や難癖を堂々とやってのけたじゃない。


 連合の豚どもは腐っても戦勝国なんでしょ?

 なんであんたの横暴を武力で黙らせるなり、強引に選挙を進めるなりできなかったのよ。どう考えても不自然極まりないわ』


 帝国の最高傑作たる彼女の演算能力は、盤上の不自然な空白を正確に見抜いていた。

 バルタザールはグラスを机に置き、まるで優秀な生徒からの質問を歓迎する教師のような、酷薄で嗜虐的な笑みを浮かべた。


「鋭いな、ルクレティア。

 お前の言う通り、本来であれば戦勝国である彼らが、敗戦国の難民風情に実務を掻き回されるなどあり得ない。


 だが、連中には『強引に進められない』致命的な理由があったのだ。

 ……ゴルディオン通商連合という組織が抱える、構造的な崩壊がな」


『崩壊?』


「そもそも『連合』とは名ばかりの烏合の衆だ。

 かつて『帝国』という強大な共通の敵を前にした時だけは、恐怖に駆られて結束できた。


 だが、いざその巨獣を倒し、莫大な遺産と利権を目の前にした途端、彼らは己の強欲に目が眩み、あっという間に脆くも崩れ去ったのだ」


 バルタザールは机の上に広げられた旧帝都の地図を、万年筆の尻で冷酷に叩いた。


「複数の派閥間で牽制し合い、少しでも他者より多くの旨味を吸い出そうと足の引っ張り合いをしている。

 その上、内部でも保守的な『貴族派』と新興の『役人・商会派』が泥沼の派閥争いを繰り広げている有様だ。


 外に向かっても内に向かっても、互いが互いの不正を監視し合い、出し抜かれまいと睨み合った結果、この旧帝都という土地は『誰も手が出せない実質的な治外法権』に陥ってしまったのだ」


『……なるほどね。全員が泥棒の集まりだから、誰かが宝箱を開けようとすると、他の全員から一斉に手を叩き落とされるわけね』


「その通りだ。そこで彼らは統治の妥協案として、ある歪な二重基準(ダブルスタンダード)を敷いた。

 すなわち、旧帝都の内部においては『旧帝国法』を適用し、それ以外の連合が実効支配している地域では『連合の法』を適用するという取り決めだ」


 バルタザールはあからさまな嘲笑を浮かべて肩をすくめた。


「数百年続いた帝国の法体系や税制、土地の権利関係は、複雑怪奇な迷宮のようになっている。

 連合の連中がすべてを白紙に戻せば、どこにどんな隠し資産や利権が埋まっているか、永久に分からなくなってしまうからな。


 奴らは甘い汁を吸い尽くすために、あえて旧帝国法を存続させる道を選んだのだ」


『でも、それがどうしてあんたの独擅場に繋がるのよ』


「ここで致命的な問題が生じる。

 その複雑怪奇な旧帝国法を、正しく解釈し、運用できる人間が連合側に1人もいなかったのだ」


『……あ。旧帝国の役人たちは……』


「大方の役人は先の戦争で死んだ。

 そして、生き残った高官たちのほとんどは、敗戦が決まった瞬間に蜘蛛の子を散らすように姿を消した。


 戦犯として裁かれ、戦争責任の泥を被ることを恐れて、歴史の闇へと雲隠れしてしまったのだ。

 結果として、旧帝都の行政機関は、法の運用知識を持った頭脳が完全に枯渇した状態に陥った」


 バルタザールの眼光が、獲物を仕留めた猛禽のように鋭く細められる。


「連合の連中は、読めない魔導書を開きながら魔法を使おうとしているようなものだ。

 そこに、旧帝国の財務高官であり、特別会計局の次長を務めた俺が『巨額の借金を抱えた、逆らえない便利な奴隷』の顔をして現れた。奴らが俺に飛びついたのは必然だった」


『……あんたにとって、旧帝国の法律なんて我が家も同然ってわけだ』


「俺が『旧帝国法第八百四十二条、旧帝都復興に関する特別居住区画の有権者認定基準に基づき、本集票手続きには疑義がある』と言えば、連合の連中は反論できない。


 彼らにはそれが本当か嘘か、あるいはどう解釈すべきかを判断する知識がないからだ。

 彼らは俺が好き勝手にルールの解釈を曲げ、手続きを遅延させても、俺にすがるしかなかった」


 壁際で無数の帳簿にペンを走らせていたギルが、ペン先が紙を削る微かな摩擦音を止めて振り返った。

 彼のガラス玉のような双眸は、一切の感情を交えることなく、冷徹な事実だけを述べる。


「肯定。バルタザールの推論と私の演算結果は完全に一致している。

 法の空白と無知を利用し、合法的に選挙活動を遅延させたことで、両陣営の維持費用は爆発的に膨れ上がった。


 そして、ルクレティアの扇動による意図的なインフレーションが、彼らの資金残高を決定的にショートさせた」


 ギルは手元の資料を1枚めくり、淡々とした口調で解説を続ける。


「そこから先は、純粋な心理戦だ。バルタザールが『匿名の投資家』として接触した際、両陣営の心理状態は極限まで追い詰められていた。

 これまで投じた莫大な資金――埋没費用(サンクコスト)が無駄になるという恐怖。


 そして何より、『敵対陣営が先に融資を受けて勝利してしまうかもしれない』という機会損失の恐怖(FOMO)だ」


『FOMO? なによそれ』


「他者に後れを取ることへの恐怖、とでも言うべき心理的盲点だ。

 バルタザールは意図的に、それぞれの陣営に対して『相手が今まさに融資の契約書にサインしようとしている』と匂わせた。


 結果、彼らは契約書の異常な高金利や、本国の優良資産を担保とするという破滅的な条件を冷静に検討する思考力を奪われ、衝動的に自らの首を絞める不良債権の契約を結んでしまったのだ」


 ギルの報告を聞き終えたルクレティアは、自身の魔導演算領域の中で、一連の出来事の恐るべき全貌を再構築していた。


 共通の敵を失った連合の内紛。

 強欲が産み出した「法の空白」と「知識の枯渇」。

 スラムの熱狂を利用した「インフレーション」。

 そして、恐怖と焦燥を煽る「悪魔の融資」。


 バルタザールは武力など一切使わず、連合の連中が自ら用意した舞台で、自らの強欲によって自滅するように完璧な台本を書き上げていたのだ。


『……あんた、本当に底知れない悪辣さね。連合の豚どもが馬鹿みたいじゃない。

 いいえ、実際に馬鹿なんだけど。自分たちで自分たちを絞首台に案内していたなんて、死んでも気づかないでしょうね』


 魔力結晶の光を弱めながら、ルクレティアは深い呆れとともに吐き捨てた。


「俺たちが相手にしているのは数字ではない。『契約』であり『債権』だと言ったはずだ」


 バルタザールは立ち上がり、黒革の手帳を懐に収めながら、冷たい視線を宙に向けた。


「剣や魔法で敵を打ち倒せば、残るのは憎悪と焼け野原だけだ。

 だが、法と契約の盲点を突き、自らの意思で借用書にサインさせれば、連中は己の愚かさを呪いながら、永遠に俺たちのために富を生産し続ける奴隷となる。


 ……焦ることはない。俺たちはこれからも、絶望する者たちに慈悲深い手を差し伸べ、その血肉の最後の一滴まで吸い上げてやるだけだ」


 地下の隠れ家に、再び重苦しい静寂が降り積もる。

 狂騒の後に残されたのは、破滅に向かって歩み去った愚か者たちの幻影と、冷徹に計算され尽くした莫大な利益の痕跡だけであった。

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