第10話 傷つけないために
凪先生による講義が始まった。
まずは、七星の内に眠る制御不能な力の解析だ。
「あんたの力は、まだ私には及ばないけど……まあ、伸ばせばこの部隊の戦力にはなるはずよ。けど、まずは抑えるところからね。自らコントロールできないなんて、戦場じゃ危なすぎるわ」
凪は腕を組み、鋭い視線を七星に向ける。
昨夜の戦闘で見せた、あの爆発的な加速と破壊力。
それは強力な武器であると同時に、扱いを誤れば味方をも巻き込みかねない諸刃の剣だ。
「いい? 蛇口を全開にするのは誰でもできるの。本当に難しいのは、一滴だけ水を落とすこと。あんたに足りないのは、その『繊細さ』よ」
凪の言葉を受け、七星は自分の右手をじっと見つめた。
これまではただ怯えるだけだったその力と、真っ向から向き合う時間が、今ここから始まろうとしていた。
「まずは、何をすれば?」
七星の問いに、凪は周囲を見渡して「そうね。はいこれ」と短く応じた。
足元に転がっていたありふれた小石を拾い上げると、無造作に七星の胸元へ放り投げる。
不意を突かれた七星は、反射的に右手を伸ばしてその小石をキャッチした。
だが、その直後。
――ボロボロ……。
掌の中で、小石は一瞬にして砂利へと姿を変え、指の隙間から零れ落ちた。
受け止めた瞬間のわずかな力みが、本人の意図しない力を呼び込んでしまったのだ。
「はぁ〜。やっぱりそうだわ。あんた、意識的な動作の制御はもうできているみたいだけど、無意識の反射的動作になると力が暴発しちゃうようね」
凪は呆れたように溜息をつき、粉々になった石の残骸を見つめた。
「まずは、無意識下でも常に力をコントロールできるようになること。それができない限り、あんたは戦闘要員としてカウントできないわ。一緒に戦う味方が気の毒だわ」
落ち込む七星に、凪が温かく、けれど力強い声をかける。
「生まれてすぐ歩ける赤ちゃんなんていないでしょ。でも、七星。あんたは今、当然のように歩いてる。……今回も同じよ。無意識にできるまで、ひたすら特訓。小石なら、そこら中にいくらでもあるわよ」
凪は周囲に広がる荒れた地面を指差した。
特別な装置も、複雑な計算もいらない。
ただ、自分の体に刻み込むための、泥臭い反復。
その言葉は、焦りに焼かれていた七星の心に、静かな火を灯した。
「……はい! お願いします、凪先生!!」
七星は力強く頷き、再び右手を差し出した。
砕けた石の感触を忘れず、けれど力を入れすぎず。
反射の中に「意志」を滑り込ませるために。
凪から課された課題は、小石を壊さず10回連続でキャッチすること。
この日はとにかく、この単純で過酷な課題にひたすら取り組んだ。
どれほどの時間が経っただろうか。
頭上を通り過ぎた太陽の位置から、時刻はもう12時を回っているはずだ。
足元には、力加減を誤って粉砕してしまった無数の砂利が積み上がっている。
――ヒュッ。
凪の指先から放たれた小石が、放物線を描いて迫る。
七星は思考を止め、ただ「受け止める」という一点に全神経を研ぎ澄ませた。
――パン!
乾いた音が響く。
右手の掌に伝わる、硬く、冷たい感触。
七星が恐る恐る指を開くと、そこには形を保ったままの小石が静かに鎮座していた。
「……あ」
思わず声が漏れる。
砕けなかった。砂にならなかった。
それは、彼が初めて自分の内に眠る暴君を、自らの意志で「宥めた」瞬間だった。
「そのまま返しなさ〜い。小石が無数にあるとはいえ、無限じゃないんだから。探すのも面倒でしょ」
「わかりました!」
ようやく砕かずに掴めた一粒。
七星は安堵と共に、その石を凪の方へと軽く放り投げた。
ゆったりとした放物線を描く――そんなイメージとは裏腹に、七星の指先を離れた小石は、大気を切り裂く鋭い音を立てた。
――ビュンッ!
それはメジャーリーガーの剛速球どころではない、目にも留まらぬ一直線の弾丸。
凪の鼻先を紙一重で掠め、彼女の背後にそびえ立っていた太いクヌギの木へと直撃した。
――バリィィィン!!
乾いた破壊音と共に、巨木は幹の真ん中からへし折れ、地響きを立てて倒れ伏した。
「……ひっ」
「……あんたねぇ! 殺す気!? 女の顔に傷つけようだなんて、どうかしてるわ! ……やっぱ殺す!!」
「ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」
猛り狂う凪が、飛びかかってくる。
受け止める瞬間の制御はできても、手放す瞬間に込めてしまった「無意識の力」が、小石を凶器に変えてしまったのだ。
謝罪の言葉も虚しく、演習場には怒り心頭の「凪先生」による、文字通りの命懸けの追いかけっこが始まった。
「盛り上がってるところ悪いんだけど〜。お昼買ってきたよ」
背後から、緊張感の欠片もないのんびりとした声が響いた。
振り返れば、朝方どこかへ消えていった明楽と朔の姿があった。
その手には、美味そうな匂いを漂わせる袋がぶら下がっている。
「みんなで食べよう!」
明楽は満面の笑みで呼びかけるが、あまりにもタイミングが悪すぎた。
七星の「小石の狙撃」という痛恨のミステイクにより、凪の機嫌は文字通り限界に達していたのだ。
「あんたたちねぇ……っ! こんな時間までどこ行ってたのよぉぉ!!」
標的は、逃げ惑う七星から、呑気な顔で戻ってきた明楽と朔へと切り替わった。
凪は倒れた大木を指差し、怒髪天を突く勢いで叫ぶ。
「こんな怪物の相手させといて、ただじゃ置かないわ! 」
「お前が自分からやるって言ったんだろうが」
朔がどこまでも冷静に事実を突きつける。
「そうだよ。凪先生、お疲れ様!」
さらに明楽が、満面の笑みで追い打ちをかけるように「先生」と呼びかけた。
それが、限界を超えていた凪の導火線に完全に火をつけた。
「あんたたち……っ!! ふざけてんじゃないわよぉぉ!!!」
「おいおいおい! 逃げるぞ、朔!」
明楽がハンバーグの袋を抱えたまま、脱兎のごとく駆け出す。
「……チッ、面倒な」
毒づきながらも、朔もまた驚異的な反応速度でその後に続いた。
「待ちなさい! 逃がさないわよ!!」
轟音を立てて地を蹴り、二人を追いかける凪。
演習場には、先ほどまでの「特訓」とは質の違う、けれど負けず劣らず破壊的な爆走音が響き渡る。
――バァン! ――ドカァン!!
見えなくなった遠くの森林で、いくつもの砂煙が勢いよく噴き上がる。
直接その光景が視界に入っていなくても、今そこで何が起きているのかは、地を這うような衝撃と轟音が嫌というほど教えてくれた。
「……騒がしいな」
ポツリと、七星の口から独り言が漏れる。
数時間前まで、自分は「世界を壊しかねない怪物」だと自惚れ、あるいは怯えていた。
だが、目の前(の森の奥)で繰り広げられているのは、そんな理屈を力技でねじ伏せるような、圧倒的に「騒がしい」生命力のぶつかり合いだ。
(……これが、第一部隊の日常なのか)
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掌で砕け散る小石と、無意識に放たれた「弾丸」。
「壊さず受け止め、静かに放す」――あまりに平凡で、あまりに困難な第一歩。
果たして七星は力を自由自在に扱えるようになるのか!?
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次回、第11話は明日、3月27日(金)18時00分に更新予定です。
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