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【青嵐編】95:xx19年6月3日

フロアメイトたちでウィスピーの正体を暴こうと盛り上がった翌日。


いくらいろんな出来事があろうとも月曜日は変わらずやってくる。

乃亜は少しだけ眠気を覚えながら1限から4限までの授業をこなし、総合学棟を出た。


昨晩、フロアメイトと夕食を共にし、

ウィスピーへ質問を投げ、あと一歩、というところで大どんでん返しを食らってしまった。

そのためどこか室内もどこか停滞ムードとなったことや、

ウィスピーが今日はもう質問を受け付けない、という様子だったこともあり

共有ダイニングの片づけを終えた後は解散になった。


乃亜が自室へと戻ったのは21:00近く。

入浴を済ませ、今日の講義にあるオーケストラの自パートのおさらいをして就寝した。

普段よりもいくらも早かったが、多少頭を使ったせいか疲労感を抱いたためだ。

朝は変わらず早くに目は覚めたが、それでも少し眠気はあった。


それでもなんとか4限のドイツ語まで終えることができ、

総合学棟を出ていく他の学生たちの中、

乃亜はふうとひとつ息を吐き出した。


 「乃亜!」


振り返る。

ピンクがかった茶色の髪を揺らし、レモンイエローのブラウス、

黒のデニムパンツでこちらに駆け寄ってきた茉莉だった。

トートバックを肩にかけ、隣に小走りに駆け寄って来る。


 「茉莉」

 「乃亜も4限ここだったの?」

 「はい。ドイツ語だったので」

 「そうだったんだ、今まで会わなかったねぇ」

 「ふふ、そうですね。茉莉もですか?」

 「うん、私は倫理学」


この総合学棟は、一般教養など、学科を問わない講義が行われる学棟だ。

乃亜の取っているドイツ語などの語学講義や、茉莉の取っている倫理学などはその一つである。


 「乃亜はこれで終わり?」

 「はい。今日はもう帰ろうかなと」

 「なら一緒に帰ろう!私も今日はこのあと予定ないから」


断る理由は全くない。

乃亜は笑顔で頷き、二人はそのまま並んで校門のほうへと向かった。

4限終わりに帰路につく学生は少なくなく、

二人以外にも校門の方へと歩く学生はいる。


そんな中二人の間の話題は、やはり昨日のことだ。


 「それにしても、ウィスピー手ごわいよね」

 「本当ですね。昨日の最後の質問で、どんでん返し受けた気分です」

 「ほんとだよー。まぁ、今までも一人しかたどり着いてないって言ってたし、

  仕方ないのかもしれないけど」

 「ですね。でも、いい線は行ってると思うんですが」


昨日の質問からして、かなり範囲は絞れたと思っていた。

しかし問題は最後の質問の答えだ。


暁天の中で開発されたが、高校含めて卒業生ではなく、

しかし一方で今でも関わり続けている。

であるならと教職員ではと尋ねてみれば、それは否定された。


 「空良は矛盾しない答えがあるんじゃないかって言ってたよね」

 「そうですね。空良って、こういう謎解きというか、推理というか、

  そういったこと、得意なんですか?」

 「うーん、私も高校の時から知り合いではあるけど、

  高校は別だったし、あんまり知らないんだ。

  でも、隼人曰く、なんでもできるって」

 「え、なんでも?」

 「うん。勉強もスポーツも、どんなことでも。

  まぁ、それがいいか悪いかは、ちょっとわかんないけど。

  ……って、あれ?」


茉莉がふと立ち止まり、乃亜の奥へと視線を向けている。

乃亜は小首をかしげ、茉莉の視線の向こうへ振りむく。

そこにあるのは事務局だった。

が、二人の視線の先は事務局ではなく、そのすぐ傍を歩く、空良の姿だった。


 「あれ、空良だ」

 「空良も今帰りでしょうか」

 「だね。……え、ちょっ」

 「あっ」


少し離れた事務局のピロティ、その柱部分に見事に激突したのである。

空良は顔を抑えてしゃがみ込んでいる。致し方ない。綺麗に激突していた。

二人は顔を見合わせ、小走りで彼の元に駆け寄った。


 「っ痛ぅ……!」

 「空良!大丈夫?!」

 「……っ、茉莉?に、乃亜……」

 「大丈夫ですか?今、その……」

 「ああ……見られてたのか……恥ずかしい……」


空良は羞恥のせいかぶつかった衝撃のせいか、

顔を赤くし、鼻のあたりを手で抑え込んでいた。


 「なにか冷やすもの、もってこようか?」

 「ああ、いや、大丈夫だ……。鼻血も出てないし……」


空良は鼻を抑えていた手を見てそう言い、溜息を吐いた。


 「なにか考え事でもされてたんですか?」

 「ああ……まぁ、そうだな……完全に前方不注意だった……」

 「もしかして、ウィスピーのこと?」


茉莉が尋ねると、空良は肩で息を吐き出し、肯定した。

やはり昨日のことを考えているのは明白だ。


 「どうもなにかが引っかかっててさ。

  大事なことを見落としているような……、

  なにかが詰まっているような、気持ち悪さが抜けなくて」


その気持ち悪さは昨日の夜からずっと続いていた。

ウィスピーへの質問とその回答。

それがずっと頭の中を回り続けていた。

嘘をついているという可能性も可能性は薄いようにしてもないわけではない。

しかし、先の静と翔から聞いた話。

そこにあるのは学生たちを慮った行動だ。

そこまで大掛かりではないにしても、空良も高校の時から

ウィスピーに関するそういったうわさのような話は聞いていた。

だからこそ、嘘とは感じられず、矛盾が矛盾にならない答えをずっと考え付けているのである。


とはいえ答えは出ず、今日は朝から授業も話半分であまり集中できていなかった。

結果、考えすぎて前方不注意となってしまったのはなんとも情けない。

空良はもう一度ため息を吐いた。


 「うーん、気持ち悪さって言ったら質問の答えだけど、そういうことじゃないんだよね?」

 「ああ。たぶん嘘は言ってなくて、矛盾もしてない答えがある気がして……」


空良が引っかかっている答えについては、乃亜も、そして茉莉も分からない。

思考を停止しているつもりはないが、それ以上の疑念が邪魔をしているようなものだ。

茉莉は事務局の窓口の横にある、アクリル窓に埋め込まれたタブレットを見た。

ウィスピーに質問する問い合わせ用のタブレットだ。


 「本当に中の人、いないのかな?」

 「確かに……でも、隼人の質問で否定されちゃいましたから……」

 「うん、そうなんだよね。

  嘘ついてないって話だったし、それはそうなんだと思うんだけど。

  でも、隼人の先輩の話とか、乃亜のお兄さんの話とか聞くと、ね」

 「それは、そうなんですよね……」


どうにも気になるのはその二つのエピソードである。

そのような、まるでAIが自発的に、

自身の意志をもって動いているような言動に違和感を禁じ得ないのである。


茉莉と乃亜の話を聞きながら、空良は再び思考が深まるのを感じる。

二人の視線の先にあるタブレット、ウィスピーに対する検索用のツール。

昨日とて空良はそれを使っているシーンを見ている。

二人組の学生が、ウィスピーに対して、企業説明会の日程を聞いていた。

その回答の際に、妙に切れのあるツッコミをウィスピーがして、それを学生は笑って。


   " ウィスピーって本当にAIなのか? "


空良はそのシーンを思い返し、はっと瞳を大きくした。


   " それでも、AIっぽいと言われれば、そうとも思えるような気がして "


更に昨日の夜の乃亜の言葉。


急速に回転する空良の思考は改めて質問の羅列を思い浮かべていく。

一言一句正しくそれらのやり取りを思い出す。

それは最初の、隼人の勢いに任せた質問もだ。


   " お前は今リアルタイムで、人間が操作してますか! "


   " 何言うてますの!僕はただのAIやで? "


 「……あっ」


結びついた違和感のひとつに声が漏れた。

茉莉と乃亜は空良の言葉に首を傾げるが、空良の視線は二人を見ない。


 「空良?」

 「どうかしましたか?」


二人の声は右から左へと流れていった。

更に思考がどんどん奥へ深いところへと沈んでいく。

ひとつの結び目が解けたことにより、空良の思考は一層鮮明さを増した。

昨日の相談の時間。

全員が聞き取りをしてきたことを報告しあった。


   " 乃亜のお兄さんの講義取ってるんだっけ "


乃亜の兄である静に聞き取りをした内容を乃亜とましろが報告していたシーンだ。

静のことは空良も実験を伴う講義にて接触はしている。

物静かでクール、しかしその実、とんでもない実績の持ち主だ。

TAの傍ら作成する論文の内容、テーマは、特定の分野においてブレイクスルーともなる内容だ。

それを聞いたとき目が飛び出るかと思った。

その論文は博士課程における論文だ。


   " お前は暁天大学や高校の環境で開発された? "

   " これはイエスや! "


   " あなたを開発した人は、暁天大学や高校の卒業生? "

   " う~ん、せやなぁ、まぁこれはノーやねぇ~ "


   " あなたの開発者は、あなたの対話機能に今でも関わってる? "

   " まぁ、イエスっちゅーたらイエスやね "


   " あなたの開発者は、暁天大学や高校の教職員の方ですか? "

   " ノー!!やね!! "


 「………ああっ!!」


静の存在に、すべてが繋がりを見せた。

まさに光が差したとはこのことだ。

空良は思わず周囲の目もはばからず大きな声をあげ、正面にいた茉莉と乃亜を大変に驚かせた。

まわりの学生たちも一瞬こちらに目を向けていく。


 「っくりした……なにもう!空良!」

 「……お、驚きました……」

 「あ、ご、ごめん、つい……。

  だが、分かった、ウィスピーの回答の矛盾しない答え!!」

 「えっ?!」

 「え、分かったの?!」

 「ああ、これなら先の質問の答えにも矛盾しない!そういうことだったんだ!

  今日の夜、またウィスピーに質問を投げる!

  開発者にたどりつくのは難しいかもしれないけど、

  きっとこれなら、化けの皮を一枚は剥がせるはずだ!」


空良は聊か興奮したようにそう二人に告げる。

水色の瞳は普段より輝き、口元には自信に満ちた笑みが浮かんでいる。

その様子に乃亜たちは驚きながら目を見合わせ目を瞬かせるしかなかった。




その後空良はフロアメイトのグループチャットにて、

ウィスピーへの質問が決まったから夜に集れる人は集まれとメッセージを投下した。


明日香はすでにマンションに戻っていた。

隼人とましろは剣道の稽古、部活があるため、返信があったのは

それが終わったと思しき18時頃だった。

すぐに帰るからと返信があり、全員が集まったのは19時近くになっていた。


 「お待たせ!!」

 「おかえり、隼人」


エレベータが空いたと同時に走って共有ダイニングに駆け込んできた隼人に

既に室内にいた四人は苦笑いで出迎える。

茉莉が挨拶をすれば隼人はただいまと明るく笑った。

その後ろから、ましろが呆れたようにダイニングに入って来た。


 「ましろも、おかえりなさい」

 「ああ、乃亜、ただいま」


二人は荷物を室内の適当な場所に置く。

急いで帰って来たらしいふたりに、明日香が麦茶を差し出した。

礼を言って隼人はそれを受け取り、パソコンの前に座る空良に顔を向けた。


 「で、空良、なんかわかったのか?」

 「ああ、だいたいな。

  ただ、先に言っておくけど、開発者についてはたぶんたどり着けない。

  だから、別のことをひとつ、明らかにしようと思うんだ」


空良は晴れやかに笑い、首をかしげる五人をよそに

パソコンにあるベルアイコンにカーソルを合わせた。

昨日の夜はバツ印のついていたそれは、気付けば元に戻っている。


マウスをダブルクリック。

昨日と同じだ。

扉のようなイラストが現れ、両開きで開かれたその向こうから

白いマントをかぶり、ランタンのようなものをお供にした謎のAIが

ぴょこんとジャンプするようにして現れる。


 「どもども!皆さん今日もお揃いで!

  ふふん、空良さん、前方不注意はいけませんなぁ」

 「……見てたのか、お前」


ニマニマと笑うウィスピーに対し、

空良は思い切り苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべた。


本当にどこで見てるのかと思ったが、今更そんなことをつっこんでもおそらく意味はない。

空良は気を取り直してため息を一つ吐き出した。

ウィスピーは時計の針のように身体を反転させながら、相変わらず顔文字のような顔でこちらを見ている。


 「とりあえず、質問の前に、念のために教えてくれ。

  昨日のお前の答えは、全部、嘘じゃないんだよな」

 「あったりまえですわ!なんなら学生さんたち全員に誓ってもええですな!」


むん!と胸を張るように短い腕を腰に当てる。

空良はふっと笑って、後ろで不思議そうな顔をしてる友人たちに体を向ける。


 「昨日のウィスピーの答えだけど、一見矛盾してる。

  でも、ひとつだけ矛盾してない答えがあったんだ」

 「開発環境である暁天大学内の設備を操作できて、

  暁天大学・高校の卒業生じゃなくて、かつ、その教職員でもないのに、

  今でも関与できるってこと?」

 「ああ」


ましろのまとめにも淀みなく頷く。


 「暁天には高校、大学、それともうひとつ関連してるのがあるだろ」

 「もうひとつ……?」


明日香と茉莉が互いに顔を見合わせ、

隼人が腕を組み首を傾げる中で、あっ、と声を上げたのは乃亜だった。

彼女にとって、おそらく他のメンバーより馴染みがある。

空良は笑みを深める。


 「大学院、ですか?」

 「あっ!」

 「正解。

  暁天大学院、これに属する、あるいは属してたひとなら、

  さっきの答えに矛盾しないんだ」


乃亜が最初に思い至ったのは彼女の兄である静が、紛れもない院生だからだ。


 「俺たちの質問は常に、大学・高校って限定して言っていた。

  開発環境は暁天大学かどうかにはイエス。

  院生だって普通に大学内の設備は使えるよな。

  斉王さん、乃亜の兄さんがいる研究棟だって大学内の

  設備といったって間違いじゃないんだ。

  大学・高校の卒業生かどうかにはノー。

  大学院は内部から進学することは多いけど外部から入学することだってあるんだし、

  これもおかしくない。

  今でも関与してるかにはイエス。

  院生や大学院に所属してるなら不可能じゃない。

  最後の大学・高校の教職員かはノー。

  これも、そうだ。大学院の関係者なら、ノーっていえる」

 「……うわ、完全に大学院って選択肢が抜けてたわ」


ましろががっくりと脱力し頭を抱えた。

どうしても自分たちの身近である大学、そして高校に目が向いてしまっていた。

現役院生である静に会っていただけに、ましろは己の不明を嘆いた。


感心するやら唖然とするやら脱力するやら。

それぞれ反応を様々にするフロアメイトらを見渡し、空良はもう一度ウィスピーを見る。

彼?はニンマリとした笑い顔でこちらも見つつも、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいか。


 「それじゃ、最後の質問はどうすんの?

  大学院に関係した人かってきくのか?」


隼人が尋ねると空良はゆるく首を振った。


 「俺の考えが間違ってなければ大学院関係者なのはほぼ間違いない。

  ただそこからさらに人数を絞っても、あんまり意味はないと思う。

  斉王さんをはじめ、院生や研究者のひとたちはすごい人ばかりだし。

  ……だから、ずっとみんなが気にしてることを聞こうと思う」

 「気にしてること?」


空良は椅子を回してまっすぐウィスピーに向き合った。

その表情は穏やかだ。


 「最後の質問だ」

 「おっ、ついにです?ええですよぉ、僕は逃げも隠れもしません!」


くるんと最後の質問カウンターがウィスピーの周りをまわる。

空良はふっと笑った。


 「ウィスピー、隼人以外の俺たち5人の質問に答えたお前には、中の人がいるな?」

 「…………」


ウィスピーのにんまり顔が固まり、なぜか息をのんだような気がした。

空良の表情に変わりはない。

どこか晴れやかな空良の笑顔に、ウィスピーはやがて、

黄色のラインで描かれた口の端を緩く持ち上げた。


 「空良さん」

 「なんだ?」

 「空良さんのそういう、物事を徹底して突き詰めて考えられるところ、

  素晴らしい長所やとおもいますよ。

  論理的な思考や一見見落としがちなことも拾い上げられるセンスも、大したもんや。

  どや?僕的には、宇宙工学なんかオススメですな」

 「は?」

 「ふふ、もしかしたら空良さんが、僕にたどり着く二人目になるかもですねぇ。

  ほんなら、僕はここで!いやあ久々に楽しかったですわ!ほななー!」

 「え、あっ、おい!」


ウィスピーは満足げに言うだけいって、ディスプレイの端へときえる。

それと同時にベルのアイコンもさっと消えてしまった。

隼人が声を上げてももう姿もなく、変わらぬパソコンのデスクトップがあるだけだ。


 「なんっだよ、あいつ、答え言ってねーじゃん……」

 「でも、あの沈黙が答えのような気もしますが……」


空良の質問に沈黙した。

イエスともノーともいっていない。

しかし、明らかに肯定を感じさせるものだった。


 「でも、空良の質問って、隼人の質問とおなじじゃない?」


茉莉が不思議そうに首を傾げる横で明日香や隼人も頷く。

しかし、ましろがはっとしたように顔をあげた。


 「ああそうか!そういう……!」

 「ましろ?」

 「空良……お前すごいな。そうかその可能性……!」

 「どういうことなの?」


ましろが一人納得しているが、他の四人にはわからない。

ましろは空良に視線を向け回答を促した。

空良は椅子に座りがなら四人に目を向ける。


 「要は、中の人がいるときもあれば、いないときもあるんだ。

  ウィスピーは学内アナウンスのようなこともするし神出鬼没だ。

  常に中の人がいるとは考えにくい。

  けど翔さんや斉王さんの話でもあるように、とてもAIとは思えない動きをしてる。

  だから、要はハイブリッドなんじゃないかとおもったんだ。

  今俺たちと喋ってた、5人の質問に答えていたのに中の人はいるんだ」

 「でも俺の質問じゃ、ノーって」

 「たぶんあの時はAIの自動応答だったんだ。思い出してほしいんだけど、

  隼人が聞いたとき、ウィスピーはイエスともノーとも言ってない」

 「え、そうだった?!」

 「……言われてみれば、そうだった気も」

 「それに、たぶん、ウィスピーが自動応答するような単語や言葉に、

  "人間が操作してるんじゃないか"というのがある。

  昨日、事務局で、隼人と似たようなことをウィスピーに言ってる学生がいて、

  一言一句、同じ返しをしてた。

  それに、乃亜も言ってたろ?

  AIだと言われても違和感ないって。そうなんだ。

  AIらしいときもあれば、そうじゃないときもある。

  雲鐘さんの話や、斉王さんの話がいい例だよな。

  だから思ったんだ。

  AIとしているときもあれば、今回みたいに中の人が突然現れて、

  学生にアクションするときもあるって」


空良はもう一度パソコンの画面を見る。


ことの発端となったとき、自分はあれこれ将来について悩んでいた。

なにをしていけばいいのか、やりたいこともみつからない、漠然とした不安。

そこに出てきたウィスピーは、

もしかしたら自分へのエールのつもりでこんなゲームを始めたのか。


 「……宇宙工学か」


まだ道は見えない。

けれど、見知らぬ誰か、否、あのお節介な不思議なAIの示した道を

少し覗くくらいの寄り道はしてもいいかもしれない。

空良は静かに笑い、パソコンのディスプレイの電源を落とした。




ウィスピー調査隊は幕を閉じた。

その週の週末、乃亜は大学終わりに煉矢に誘われ食事に出ていた。

明日は煉矢が休日出勤らしく、仕事があるため食事だけで

解散することになるのは少々残念であるが、

それをぐっと心の奥底に閉じ込めてレストランで食事に舌鼓をうつ。


今日のレストランは中華である。

日本人の口に合わせながらも香辛料のきいた四川料理は、少し辛いが刺激的で美味しい。


 「そういえば先日少し面白いことがあって」

 「ん?」

 「煉矢も暁天大学のOBですし、知っていると思うんですが、ウィスピーってわかりますか?」

 「っ!」


思わず飲んでいた水を咽せた。


 「だ、大丈夫ですか?」

 「あ、ああ……すまない、器官にはいった……」


乃亜がお冷やをピッチャーから注いで改めて水を差し出す。

煉矢はそれを飲み干して話の続きを促した。


 「……大丈夫だ、すまない、話の腰を折った。

  ウィスピーなら知ってる。あの妙なAIだろう?」

 「はい。正体を暴こうって、ふふ、隼人が言い出して」

 「それは……苦労しただろうな。あれは本当に謎すぎる」

 「ですね。でも、一緒にいた空良、同じフロアの友達が、すごかったんです」


乃亜は当時の話を楽しげに話す。

質問を考えたり、静たちにも話を聞きに入ったり。


静の話す高校の話は、同じ高校だった煉矢にも覚えがある話だ。

それを微笑ましく聞きながら食事の時間は楽しくすぎていく。


やがて食事はお開きとなり、断腸の思いを毎度飽きもせず感じながら

乃亜を送り届け、煉矢は自宅に帰宅した。


部屋の電気をつけ、まだ少し残っていた仕事を片づけようとパソコンをアクティブにする。

クライアントからのメールを確認すべくメーラーを起動して

受信トレイを開いたところで、数日前に届いたあるメールに目が向く。


開いたときはなんのことかと思った。

だが忙しさもありそのまま放置していた。

改めて開封して文面を読み、苦笑いを浮かべる。


かつて在籍していた暁天総合大学の数学科。

その過程で統計学というものに興味を抱きやがてそちらにシフトはしたが

当初はAIなどのIT技術にも興味を抱いていた。

データサイエンス関連の講義も積極的に選び、

留学先でも本命の統計学に合わせて講義を受講した。

その経験は確かに今の仕事にも役立っている。


帰国後、大学内で課題を片付ける傍ら、

ふと、目に付いたのは学内アナウンスをするウィスピーの姿。

謎のAIとして大学や高校に認知され親しまれているかの存在を、

それまで煉矢は特に興味を抱いていなかった。

だがほんの好奇心、興味本位で解析を試した。

留学で学んだことの腕試しという気持ちもあったかもしれない。


その結果、開発者の名前にたどり着いてしまった。


大仰に違いないが、この世の深淵に触れてしまったかのような

得体の知れないものを感じた気がした。

自分が優秀だったなどうぬぼれる気さえ起きない。

そんな自分にかのAIは話しかけてきた。


 「いやあまさか突き止められるとは思いもしませんでしたわ。

  まぁしゃあないとこもありますけど。

  このパソコンな、僕の開発環境に繋がっとるんですわ。

  何十台とあるパソコンのなかで、ようピンポイントで!

  ほんま不思議なことばっかやね。

  ああ、煉矢さんやったらあちこち言いふらすようなことはせんと思いますけど、

  できたら僕のことは内緒しといてください!

  僕はただ、学生さんたちがのびのーび楽しく過ごせるお手伝いがしたいだけですからな!

  ほななー!」


ウィスピーから直接コンタクトがあったのは、あとにも先にもそれ一回きり。

煉矢はこのことを言いふらすでもなく、沈黙をいまだ貫いている。


ウィスピーの言うことに賛同したから、というよりも、

あれほど高性能のAIを当時の技術で作り上げた技術に、

わずかばかりであっても同様の知識を持つものとして敬意をいだいたからだ。


そして、数日前、そのとき以来、2回目コンタクトがあった。


 「……そういうことだったか」


煉矢はふっと笑い、

そのメールをコントロールキーとデリートキーを重ねて押し、完全に削除した。




 差出人:暁天大学・大学院工学科

 件名:(件名なし)

 本文:

  私のことをあなたの親しい方が探っているようです。

  もし尋ねられるようなことがありましたら、適当に煙に巻いていただけますと幸いです。


  暁天大学・大学院 工学科研究科長


Q.静だったら解析いけるのでは?

A.煉矢と同様の環境で試せばいけます。それ以外の環境でも解析はいけるが、中の人にはたどり着けない。ただいずれにしても「そこまでの労力をかけてまでやらないといけないこと」ではないのでやらないだけです。他にやること一杯。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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