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【青嵐編】93:xx19年6月2日

乃亜とましろが静の話を聞きにいっている中、

隼人と空良は翔のいる準備室へと向かっていた。


空良は必須となっている体育の授業以外は馴染みがなく、隼人は慣れた道のりだ。

体育館に併設された屋内トレーニング室内にある、指導員室が目的の場所だ。


翔のことは空良も隼人から聞いている。

現在はインストラクターとして活動しているが、

元々この大学に在籍しており、OBとしての繋がりもある。

外部のインストラクターとしてその繋がりで契約をしているらしく、

隼人やましろをはじめとした学生たちむけのトレーニングの指導をしている。

ほぼ毎日のように大学に顔を出していることもあり、

学生からは慕われ、アドバイスも積極的に求められているようだ。


 「今日は日曜だけど、雲鍾さん来てるのか?」

 「おー。さっき念のためCORD入れたけど、いるって」


トレーニング室の外に面しているドアを開けると、

室内からは器具の音や、足音、会話などが静かに聞こえた。

今日も多くの学生がトレーニングに精を出しているようだ。


廊下を進み、指導員室と書かれたプレート横の扉をノックする。


 「失礼しまーす」


隼人が軽く挨拶してドアを開けると、

室内には目的の人物がホワイトボードの前で資料を眺めていた。

隼人の声に気付き、こちらに振り返る。


 「ああ、隼人。

  それと、たしか皆守くんだったな」

 「はい、こんにちわ」

 「どうした?トレーニングの相談かとおもったが」


どうやら具体的な詳細については隼人は言っていないらしい。

空良が若干気まずさを感じている中、隼人はごくいつもの調子で言った。


 「トレーニングの話じゃなくて、ウィスピーについて聞きたくてさ!」

 「は?ウィスピー?」


きょとんとした顔になったのは無理もない。

隼人はにかりと笑い、空良は小さくため息を吐いた。


その後自席についた翔に、隼人がウィスピーについて調べていることを説明する。

ちょっとしたゲームのようなものだが、

どうせなら正解にたどり着きたい。

とはいえ聞ける質問の数も限られているし、

その質問の内容を考えるためにも、翔が在学中だったときの話も聞きたい。


そんなようなことはを説明すると、

翔は椅子の背もたれに深く背を預け両腕を組んだ。

その表情は少し呆れつつも笑っている。


 「成程、そういう話か」

 「あの、忙しいのにすみません……」


仕事中ということを考慮せずに聞きに来てしまったことに気付いたのか、

空良が申し訳ない様子で謝罪した。

しかし翔は首を振った。


 「いや、大丈夫だ。

  隼人のこういうのは今に始まったことじゃないからな」

 「それどういう意味だよ……」

 「言葉の通りだ。良くも悪くも、お前は突拍子がない」

 「ぜーったい、褒めてないよな、それ!」


むすっとした様子で下唇を突き出す隼人に翔はくつくつと笑う。

二人の様子に空良は問題なさそうなことにほっと息を吐いた。


 「ウィスピーなら俺が在学中にはもういたな。

  今でもそうだが、よく学食のモニターに出没しては、今日のおすすめとか紹介してたり、

  エントランスのモニターで休講の案内をしていたり。

  そういうアナウンスみたいなものをよくしていた」

 「それ、今もやってるよな」

 「ああ。特にレストランの日替わりメニューとか、

  騒がしいくらいのテンションで言ってるな」


隼人にふられ空良も頷く。

大学内の学食では日替わり定食、

レストランでは日ごとによって変わる国を派手に紹介して

メニューの案内をしているのは空良もよく見かける。

確か先日は中華で、あのよくわからない関西弁でメニュー一つずつを紹介していた。

どこぞのグルメレポーターかと思った。


しかしその程度のことなら、ただのAIと言われても納得する。

空良が口元に手を当てて考えていると、翔が小さく笑う。


 「翔?」

 「ああ、いや、ちょっと思い出したことがあってな。

  ……俺が身体を壊したとき、たまたま近くに共用PCがあったんだが、

  へこんでいるときウィスピーに話しかけられて、思わず愚痴や弱音を吐いてしまったんだ」

 「へっ?」


隼人も初耳だった話に声を上げる。

翔は懐かしむように静かな笑いを浮かべ、

自分のデスクの上にあるパソコンを見た。

今はスリープモードになっているノートパソコンのディスプレイは黒いままだ。


 「それに真剣に答えてくれて、後進育成にきっと向いてるからと

  インストラクターやトレーナーの道を示してくれたんだ」

 「え、ウィスピーが?マジで?」

 「マジだ。ふふ、思い返すと、自分でも何をしているんだと思わないでもないが、

  あの時は、誰かに自分の鬱憤や思いを言いたいのに言いたくない、

  そんな葛藤で、俺自身もつぶれそうだったんだ。

  だから、つい、AIと分かっていても、ぶちまけてしまったんだろうな。

  不思議なやつだが、俺は嫌いではないし、むしろ、恩義さえ少し感じているよ」


その話はあまりにもただのAIらしからぬ話だ。

人の相談に、それこそ、翔の話のような人の心の機微を察せるような

そういう思考がなければ難しい。

だがそれを、ウィスピーはやってのけている。


ウィスピーへの疑問が深まる中、隼人と空良は翔に礼を言って指導員室を出た。

二人はトレーニング室に背を向け、

乃亜やましろたちと合流するべく校門へとゆっくり向かう。


 「やっぱウィスピーって中の人がいるんじゃねぇの?」

 「そうだな……。

  でも、お前の質問には、ただのAIって答えてたろ?」

 「まーな。でも、それもウソかもよ?」

 「AIが嘘なんて……いや、まぁ、

  中の人がいるんなら、確かにありうるんだよな……」


なにか袋小路に陥りそうだ。

校門近くにたどり着いた二人は、待ち合わせ場所の事務局近くで二人を待つ。

事務局棟は学生向けの窓口などが開かれているが、

今日は事務員たちは休みのようで、シャッターで窓口は閉ざされていた。


だがその横にあるタブレットに向かい、

数名の学生がなにかを尋ねていることに空良は気づいた。


 「ウィスピー、今度の企業説明会の日時っていつだっけ?」

 「今度言うてもいろいろありますやろー?どんなジャンルとかもうちっと範囲狭めてーな」


窓口が閉まっているときは、ああしてウィスピーに尋ねるというのは

この事務局でも見慣れた光景だ。

だからこそ、この大学の学生はウィスピーに対して話すことに抵抗がない。


 「AIとかIT関連企業のヤツ」

 「それでしたら7月14日やね。って!ちぃとも今度やないやないですか!

  一か月先!今度の定義広すぎやろ!」

 「ぶっは、マジそれな!ウィスピー正解!」

 「えー、今度は今度だろー?」


一緒にいた学生がウィスピーのツッコミに笑っている。

聞いた本人は首を傾げ不満そうに言うが、笑っている友人は気にしない。

ああいう人間臭いやりとりがあるからこそ

中の人説が永遠に消えないのも確かだ。隼人がそれを訴える意味も分かる。


 「あ、ましろたち来た」

 「……ああ、本当だ」


おーい、と手を振る隼人に、一般棟の奥からましろや乃亜が小走りにかけてくる。

隼人は合流すべく歩き出し、空良もそれに続いた。


 「つかさ、ウィスピーって本当にAIなのか?

  人間が操作してんじゃねーの?」

 「何言うてますの!僕はただのAIやで!」


やはり誰もが同じことを考えるようだ。

背中にその会話を聞きながら、空良は苦笑いを浮かべた。


乃亜とましろと合流し、四人は情報共有はマンションに帰ってからにすることにし、

互いに聞いたことを話すことなく、マンションへと帰宅する。

時刻は16:00を過ぎた頃である。

せっかくだから皆で夕食を食べようと隼人の提案がグループチャットでされたこともあり

四人は帰り際にスーパーに寄って夕飯の材料を購入した。

いつものように明日香が献立を提案し、それに沿って購入するのももういくらか慣れたものだ。


マンションに帰ると、ふたりが共有ダイニングで待っていた。


 「四人ともお帰りなさい!」

 「ただいま!これ、頼まれてたやつ」

 「うん、ありがとう」


茉莉と明日香に迎え入れられ、購入したものを渡す。

レシートなども明日香に渡して、それぞれダイニングチェアなどに腰かけて一息ついた。


 「茉莉たちはどうだった?矢島のおっちゃんになんか話聞けたか?」


隼人が購入したペットボトルの蓋を回しながら尋ねる。

二人は買い物袋から冷蔵庫に購入品を片付けながら頷いた。


 「うん。やっぱり、矢島さんもウィスピーのことは知ってたよ」

 「この学生マンションもそうだし、管理人室のパソコンにも出るって。

  ときどき、美幸ちゃんの相手してるって言ったけど」

 「は?美幸ちゃんの相手?」


思わず聞き返したましろに、茉莉が頷いた。


 「相手してるって言っても、美幸ちゃんが休憩室にいて、

  パソコンでViewTubeとか見てるときに、子供向けのを探してくれるんだって。

  美幸ちゃん、まだ検索とかできないから、

  ウィスピーがその補助をしてるみたいで」

 「ええと、例えば美幸ちゃんがこういう動画が見たい、

  と言えばそれを検索してくれる、というようなことですか?」

 「そうそう!矢島さんも初めて見た時に大学に問い合わせはしたみたいだけど、

  特に害がなければ気にしないでいいって言われたし、

  自分も助かるから、特にそのままにしてるって」


ウィスピーが相手をしているのは学生だけではないらしい。


 「よし、じゃあ、大学での話も、ホワイトボードにまとめようぜ!

  空良、頼んだ!」

 「……まぁ、そうだよな、分かった……」

 「あの、手伝いますよ、空良」

 「あ、助かる」


共有ダイニングの壁の一角は、

フロアメイトが自由に書き込み出来るホワイトボードになっている。

端に置かれた専用のペンを空良は乃亜から受け取り、

茉莉たちが聞いた話をホワイトボードにまとめる。


 「んじゃ、ましろと乃亜が静に聞いた話、報告よろしく!」


ましろはそれに頷いて、静から聞いた話を全員に共有した。

彼が高校入学の頃からすでにウィスピーは存在していたこと、

学内に広く知れ渡っていたこと、

そして問題を起こした教師の悪事を暴いた話だ。

これには隼人たち皆が驚いた様子を見せていた。


 「それと、兄さんが、AIを相手にしているという考えを取り払って、

  言動に注意してもいいかもしれない、とおっしゃってました」

 「斉王さんが言うならそうだろうな……」

 「空良、乃亜のお兄さんの講義取ってるんだっけ」

 「正確には斉王さんの講義じゃないけどな。

  実験の補佐で入ってくれてて……

  ……ここだけの話、教授の説明より論理的で分かりやすいんだよな。

  まぁ、ちょっと、質問しに行きにくい雰囲気はあるけど」


それに乃亜とましろはくすりと笑う。

静は一見冷たい印象を持たれがち、というのは二人の共通認識である。

一度懐に入れば、決して見捨てない優しさがあるのだが、

そこにたどり着くまでに時間がかかるのは仕方ない。


 「それじゃ、次は俺たちの話な。ちよっと俺まじでびっくりしたんだけどさ」


続けて隼人も説明に入る。

隼人と空良が翔に聞いた話は、またウィスピーの違う一面であった。

彼が在学中にもウィスピーは存在しており、

それだけでなく、翔が悩んでいた時に進路についてアドバイスをしたという。

その話はまるでAIがしたことには到底思えないものだった。


そして全員が話し終えた内容は空良と乃亜によってホワイトボードへとまとめられた。

聞き取りしたことだけでなく、自分たちの経験談もまとめる。


出現場所については、大学および付属高校内、そして学生マンションの管理人室や共用PC。

人間と極めて流暢に会話ができ、相手の心情を察したり、

まるで自分の気持ちがあるように話したりするなど、高度な思考回路を持つ可能性が高い。

少なくとも静が高校に入学した頃、つまり約10年前には既に活動しており

それ以前からの可能性もある。

日常的な活動としては、今自分たちがそうであるように、学生と会話をしたり、

学食のおすすめメニュー紹介や、休講案内など、実用的な情報提供も行っている。

また、管理人の娘である美幸の相手をするなど、

子供ともコミュニケーションがとれているような節がある。


ここまでなら、なんとかAIとして納得が出来なくもないが、なにより違和感があるのは

翔と静から聞いたエピソードである。


翔が選手生命を絶たれて落ち込んでいた際、真剣に相談に乗り、

インストラクターやトレーナーという新たな道を示唆するなど、

人生に影響を与えるほどの深い助言をしている。

また、教師の不正(学生の隠し撮りとその販売)に関する詳細情報を

学内全てのパソコンに表示させ、その教師を懲戒解雇に追い込むという、

極めて大胆かつ影響力の大きな行動を起こしたことがある。


 「やっぱどー考えて中の人いるんじゃねぇ?」

 「うーん……でも、それ、隼人が最初に聞いたでしょ?」


茉莉が尋ねると、隼人は言葉を詰まらせる。

確かにそう考えた方がはるかに自然ではある。


ウィスピーの正体はなにか、というホワイトボードの上の一文。

分かっていたことだがあまりにも謎が深い。

全員ホワイトボードの情報を眺め、沈黙が広がった。


そのとき、他の面々と同じようにホワイトボードを見ていたましろが

パンッと手をひとつ叩いた。


 「こうしようか。

  最初の隼人の質問から、とりあえず、かなり怪しい気はするけど

  中の人はいない、という前提で進める。

  そのうえで、ウィスピーがいつ、どこで、さらに出来るなら

  だれが作ったか、を探るっていう方向性にしようよ。

  正直残り5つでそこまでたどれるかは分からないけど、

  近いところまではいけるんじゃない?」

 「開発者を探すことを目的にするんですね」


どこか少し停滞気味な空気になってきたところを、ましろがまとめる。

それにほっと息を吐いた乃亜も同意する。


 「うん、私もそれがいいと思うな。

  隼人も言ってたけど、もしかしたらその人が、中の人かもしれないしね」


茉莉が頷き、隼人に目を向けると、

隼人は両腕を組み、天井を仰いでいたかと思ったら、

よし!と大きな声をだして立ち上がった。


 「んじゃ、それで行こうぜ!

  それもある意味で正体だしな!」

 「うん、それじゃそれをもとに質問考えなきゃね!」

 「開発者……とはいえ10年以上前からいるとすると、

  かなり前の話だよな。

  いつ、どこで……だから、関係しそうな情報は……」


明日香や空良もましろの案に同意し、ホワイトボードに目を向け始める。


乃亜はホワイトボードの横で、全員が集まり、

真剣に、けれど楽し気に話し合う様子を見て、

なにか心に湧き上がるものを感じていた。


今までも学校の友人たちとなにかをする、ということはしていなかったわけではない。

けれど大抵の場合は授業の一環であり、乃亜はどちらかといえば受動的だ。

しかし今こうして、授業とは関係のないなにかを

友人同士であれこれと話し合って考えている。

ずっとヴァイオリンが中心だった生活の中で、

こういった時間は、思い返すとほとんどなかったと気づいた。


 「乃亜、どうしたの?」


声をかけてくれたのは明日香だった。

ほかの皆の視線もこちらに向く。


 「乃ー亜!お前もなんか意見!黙り込むの禁止だからな!」

 「ふふ、はい、ごめんなさい」


隼人が少しおどけて言うと、乃亜はくすりと笑って謝罪し、

友人たちの相談の輪に入った。


よくも悪くも、乃亜はヴァイオリン一辺倒でした。

中学高校でも友達はいましたけど、友達と遊んだり、ということは殆どしてなかったから。

自宅の家事をしたり、練習したり、勉強したり、そっちを優先していたからです。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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