【青嵐編】92:xx19年6月2日
「ええと、つまり、ウィスピーがなんなのかを探る、んですか?」
まだいまひとつはっきりと理解しきれていない乃亜は
冷蔵庫から自分が購入し保存していたほうれん草の束を取り出しながら、
カフェテーブルに座る隼人と空良に尋ねた。
「そ!楽しそうだろ?」
「正体って言っても漠然としてるけどな」
「どうせいつも隼人のノリと勢いでそうなったんでしょ」
「正解」
ダニイングテーブルに座って水筒から水を飲んでいたましろが、
少し呆れた声色で言うと、空良がこくりと頷いた。
「いいじゃん、面白いし」
「悪いとは言ってないって」
唇を少しとがらせる隼人にましろが肩をすくめる。
二人の掛け合いはいつも見ていて気持ちがいい。
乃亜は共用キッチンで昼食を作りながら隼人と空良から事情を聴いている。
ウィスピーのことは乃亜も当然知っていた。
暁天大学の入り口近くにあるディスプレイにて、
休講などの講義の案内をしていることもあるのだ。
加えて学食やレストランなどでも、
今日のオススメなどと銘打って料理を案内したりもしている。
だが乃亜が直接話しかけられたことはまだない。
一方でそう言う経験をしたことがあるという人も少なくないらしい。
同じ学科で、アンサンブルなどで一緒になっている人からも
そういった話は少なからず聞いたことがあったからだ。
火にかけた鍋が沸騰し始めているのを見て、
ほうれん草をラップにくるみレンジで茹でる。
その間にニンニクもみじん切りで刻み、乾燥パスタの準備もした。
レンジが鳴り、火の通ったほうれん草を水にさらして絞り、
適当な幅に切っておく。
「茉莉も明日香も今日は午後には帰って来るし、
全員揃ったらみんなで作戦会議しようぜ!」
「いや、隼人、ましろたちにも予定あるかもしれないだろ」
「あ、そっか」
「私は別にいいけど。今日は休みだったし」
ましろが問題ないことを告げる。
隼人の視線は今度は乃亜へと向いた。
「乃亜はどうよ?予定ある?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。部屋で練習するくらいでしたから」
「すごいな……あれだけ弾けるのに、まだ練習するんだな」
感心したように言う空良に、乃亜は苦笑いを浮かべた。
納得できる演奏ができていない今、そういわれるのはなにか気恥ずかしい。
乾燥パスタを鍋に投入し、スマートフォンのタイマーをセットする。
その間、大きめのフライパンにオリーブオイルを多めにいれ、
ニンニクを炒め、さらに鷹の爪も投入した。
こげないように火を弱めにしたところでパスタが茹で上がった。
パスタのゆで汁を少しだけフライパンに入れ、ざるに上げる。
パスタをフライパンに戻し、さらに切っていたほうれん草を投入。
それらにフライパンの中で和え、さらに塩コショウで味を調える。
二つの皿を出してそれぞれに盛り、上からシラスをかければ完成だ。
出来た皿をカウンターに乗せると、ましろがそれをテーブルに運ぶ。
「すげー旨そうな匂い……」
「すみません、材料が足りなくて……」
「いや大丈夫だ。俺たちも買いに行くから」
「だな、それじゃそういうことだから!あとでまたな!」
立ち上がった空良に続き、隼人もカフェチェアから勢いよく立ち上がり、
二人は連れ立って買い物に出て行った。
乃亜とましろはそれを見送り、顔を見合わせ小さく笑う。
「隼人って、ムードメーカーですよね、とても」
「そう。ノリと勢いで場を盛り上げるんだよね、いっつも。
振り回されることもあるけど、あいつの長所だと思ってるよ、私は」
「ふふ、確かに」
ましろはそうどこか懐かしむように話しながら、
フォークにパスタを絡ませる。
その表情はどこか落ち着いていて、先ほど話していたような焦りは見えない。
隼人と知り合ってまだ乃亜は間もない。
しかし、話を聞いているだけでも、彼の明るさは
ましろだけでなく、静たちも含めて、様々なことを打ち破ってきたのだろう。
乃亜は自分の中にあった焦りも、どこか落ち着いていることに気が付いた。
昼食後、一度部屋に戻った後、グループチャットに
隼人から全員集合のメッセージが届いた。
どうやら作戦会議とやらをするらしい。
乃亜は向き合っていた楽譜をクリアファイルに戻し、
スマートフォンやカードキーだけポーチに入れて部屋を出た。
途中、ちょうど同じく部屋を出てきた茉莉とも合流し、
二人で共有ダイニングへ向かうと、
既に空良や明日香、ましろは隼人と共にダイニングテーブルに座っていた。
二人もまたテーブルに着くと、早速と言うように隼人が前のめりで口をひらいた。
「よしっ、じゃ、第一回!ウィスピーの謎を解け作戦会議開始な!」
「そのまんま過ぎるだろ……」
「いーじゃん、分かりやすくて!
で、早速だけどさ、俺絶対アイツ、中の人がいると思うんだよな!」
半ば呆れながらツッコミを入れる空良のそれを躱し、
隼人が早々に持論を展開し始めた。
それにましろが頬杖を突きながら聞き返した。
「中の人って、つまりAIじゃなくてってこと言ってる?
誰が人間が操作してるっていう意味?」
「そういうこと!だってただのAIが俺たち相手に会話なんかできねーだろ?」
「でも、最近のAIって会話もできたりしない?
えーと、なんていうんだっけ、そう言うの……」
「音声認識ですか?」
「そうそれ!それがあればできないこともない気がするけど……」
茉莉の反論に乃亜が補足をすると、
ましろも少し考えるように瞳をぐるりと回した。
「できないこともないかもしれないけど、
こう、口語と文章は違うからね。
喋ってることに的確にこたえるって結構な話な気はする」
「ましろの言う通り、今の技術でどこまでそれが出来るか……。
特定のワードが聞こえたらこう返す、くらいは出来るだろうけどな」
「日本語って複雑ってよく聞くもんね。
ウィスピーと直接話したことがある人は、
普通に人間と話してるみたいな感覚になるって言ってたよ」
「ほら、やっぱいるって中の人!」
ましろ、空良、明日香と賛同の声が
隼人が賛同多数に生き生きと目を輝かせている中、
乃亜は少し何かを考えるように口元に手を当てる。
ましろはそれに気づき話を振ろうとしたが、それよりも先に、
茉莉がそういえば、と口をひらいた。
「そもそもなんだけど、ウィスピーの正体って、なにを言い当てるつもりなの?
中の人がいるなら、中の人がだれかって話だと思うけど……」
「俺的には中の人が知りたい!
つか、中の人が分かれば、きっとそいつが作った奴だろうし、
一石二鳥になるだろ?」
「いや、それはさすがに早計ずきるだろ。
AIの仕組みさえわかれば、誰だって成り代わって話せる。
作ったやつと、仮にいるとしたら中の人は別と考えた方がいい」
空良の意見に隼人はうーん、とうなる。
彼の意見は冷静で、乃亜はどちらかと言えば空良の意見に賛成だ。
茉莉や明日香も同意のようでうんうんと頷いている。
「質問できるのは私たちひとつひとつで、合計6個までなんでしょ。
なら、両方探るより、どっちか、中の人なのか、開発者なのか、
まずそれを絞った方がいいだろうね」
「俺も同感だ。まずはどっちかに絞って……」
「んじゃ、話は簡単だな!」
隼人は言うがはやく立ち上がり、
壁際のパソコンの前に駆けだしていく。
それを空良とましろが止める間もなく、
彼はウィスピーの呼び出しアイコンをクリックした。
チリンと鳴ったベル音。
ドアのようなものが開いてウィスピーは姿を現した。
先ほどと、そしていつも見ているのと同じ、
白いマントを頭からかぶった黒い人形のような姿。
顔文字のような顔でにんまりと笑っている。
「呼ばれて飛び出て!暁天の皆さんの愛されAI、ウィスピー参上やで!」
「よーし、ウィスピー!
お前は今リアルタイムで、人間が操作してますか!」
「何言うてますの!僕はただのAIやで?
……多分な!」
速攻の返答である。
両目をハテナマークにしてウィスピーはくるくる回る。
それに隼人はがっくりと肩を落とし、
後ろからましろがぺしりと脳天を叩いた。
「バカ!もうちょっと質問の仕方考えろよ!」
「んえ?!」
くるくると回っていたウィスピーはランタンから
光の球を6つ頭上に浮かび上がらせる。
そのうちのひとつがポシュ、と消えた。
ウィスピーは回っていたのをやめ、ディスプレイの中を楽しげに泳ぎだした。
「隼人さーん、いつも直情型なんは、隼人さんの大きな長所やけど、
たまーには頭使いましょ?あと質問は5つやでー♪
ほなな~」
まるでクロールをするようにデスクトップ画面を横切り、
ウィスピーは再び画面外へと姿を消した。
パソコンの前で隼人が声を上げていると、ましろが深くため息を吐いた。
「お前、そんなピンポイントの質問を頭から投げてどうするんだよ……。
こういうのは、最初は範囲を広く、だんだん狭めていくのが常套手段でしょ」
ましろの言い分は正しい。
回答範囲が余りに広すぎる状態なのだから
まずは少しずつ、その範囲を狭める必要があった。
ピンポイントな質問はそれがある程度絞られてからするのが常套の手段と言えた。
しかし隼人は唇をとがらせ。両手を頭の後ろで組んで言い返した。
「つったって、下手に質問しても収集つかねーじゃん。
質問の数少ねーんだから最初っから決め打ちでいったほうがいいって!」
「隼人の言いたいことも分かるが、決め打ちでやるにしても情報がないんだから
もう少し質問以外でたどったほうがいい」
ダイニングテーブルについたままの空良の言葉にましろも頷く。
隼人も少し不貞腐れながら、確かに、と納得したようだった。
いずれにしても残りの質問は5つだ。
「あっ、じゃあ矢島さんは?管理人さんならなにか知ってるかも」
「あ、それいいね!聞いてみよう!」
声を上げたのは茉莉だ。
明日香も賛同するように両手をぽんと叩いた。
「あの、情報を集めるなら、卒業生にも聞いてみてはどうでしょうか。
兄さんや翔さんも、ここのOBですし……」
「おっ、それいいな!翔なら今日もたぶん大学にいると思うし!」
少し控えめに乃亜が意見を言うと、隼人が勢いよく立ち上がる。
「じゃあまず聞き取りな!
乃亜は静に聞きに行けるよな?」
「あ、はい。兄さん、たぶん今日も研究室にいると思うので」
「私もそれに同行するよ」
「んじゃ、明日香と茉莉で、矢島のおっちゃんとこに聞いてきてくれよ。
俺と空良は翔んとこ行こうぜ!」
「わかった」
「それじゃ、行動開始、ね!」
茉莉の号令に、隼人がおう!と声を上げる。
乃亜はくすりと笑い、ましろと顔を見合わせ微笑みあった。
矢島に聞き込みをする明日香と茉莉を残し、
乃亜とましろ、それに空良と隼人は大学へと向かった。
四人で電車に乗り込み、バスを利用してそのまま大学に向かう。
大学には日曜ではあるが、多くの学生が敷地内を歩いていた。
実技の授業がある学生や、研究、実習、また、部活動など、
理由はそれぞれだが、それでも平日とさして変わらないくらいの往来はある。
四人は校門を抜けたあたりで一度別れ、乃亜とましろは一般棟の裏側にある、
研究棟へと足を向けた。
「静、研究棟にいるって」
「忙しい中だと思うんですが、大丈夫だったでしょうか」
さすがに少し急がすぎたのではないかと少し不安に駆られるが、
ましろは首を振った。
「事情はCORDで話しておいたから。
笑ってると思うけどね」
「まぁ、突拍子がないと思うでしょうしね」
乃亜が苦笑いを浮かべていると、やがて研究棟の近くに到着した。
研究棟は一般学部の学生が主に使う棟の裏側に位置しているが
すぐ横が開けていることもあり明るい雰囲気が漂っている。
白い壁の四角い建物の周囲は1mほどの高さの生垣になっており、
また、1階部分の入り口近くのロビーはガラス張りのため、室内も明るい。
ガラス張りの1階、入り口からすぐのロビーにその人はいた。
向こうもこちらに気付いたようで、軽く手を上げている。
二人は押し扉を開けて室内に入った。
「来たな。また面白いことしてるじゃないか」
静はロビーのベンチに座りながら、言葉の通り笑っている。
ましろは肩をすくめ、乃亜は少し恥ずかしそうにはにかむ。
「すみません、兄さん。忙しい中」
「いや、手が離せない時ならともかく、少し席を外すくらいどうということはない。
飲み物を買いがてら程度だしな」
静はそういい、近くにある自動販売機で買ったらしい缶コーヒーを軽く掲げる。
乃亜とましろは静にならい、ベンチに腰かけた。
「で、ウィスピーの話だったな」
「そう。静、高校も暁天だったでしょ。そのときからいた?」
「ああ、いたぞ。俺が入学したときからもういたし、
学生マンションにも、たしかに出没していたみたいだったな」
「兄さんが高校入学となると、もう10年近く前ですか?」
「俺が今年25だし、それくらいになるな」
やはり随分と長い時間、ウィスピーは存在しているらしい。
「やっぱり、当時から謎の存在って感じだった?」
「だったな。誰が作ったのかも、どういう目的で作られたのかもわからん」
「今と同じだね、それ。
当時から問題視もされてなかったわけ?」
「そうだな。……ああ、いや、そういうことになりかけたことはあった」
「どういうことですか?」
静は缶コーヒーのタブを開けて一口飲む。
「高校の時、ある日突然、学校中のパソコンのモニターや、
エントランスにあった学内案内用のディスプレイ、
授業で使われているテレビモニター、それらすべてに、
『ある教師のパソコンの、どこどこのフォルダの中に
大変なものが保存されている』というメッセージか表示され、
さらに『その大変なものについては、職員室の
全パソコンに詳細を出した!』とも書かれていた」
「えぇ?」
「ちなみに実名でな。
その教師は当時、担任を持っていたからその教室は特に騒然としていたそうだ」
当時を思い返し静は苦笑いを浮かべている。
授業中だったこともあり、突然モニターが表示され
そういったメッセージが出たときはさすがに目を丸くしたのを覚えている。
「その後、間もなく、その教師は懲戒解雇された」
「え、懲戒解雇?」
穏やかではない話にましろと乃亜は顔を見合わせる。
「あまり気分の良くない話だが、その教師、学生たちの隠し撮りを
よからぬサイトで販売していたらしい。
職員室のパソコンにだけ、その詳細を表示させていたようだ」
「え、それを、ウィスピーがやったわけ?」
「ああ。生徒側が見えるディスプレイにも、職員室のモニターにも、
ウィスピーがはやく見ろ、生徒を守れ!と騒いでいたからな」
とてもではないが、ただのAIがやることではないとしか思えない。
乃亜が見ていたウィスピーは、ディスプレイの中にいる
ちょっとしたマスコットキャラのような存在である。
だが、それがその実、まるで思考を持った動きをしている。
乃亜にはAIに関する知識はほぼない。
そんなことができるとは正直考えにくかったが、確証もまた持てない。
「それって高校中のパソコンにアクセスしてるってことだけど、
問題にはならなかったの?」
「当然そういった声は挙がった。
だが学生側から、ウィスピーはろくでもない教師を見つけてくれたんだから感謝すべき、
ウィスピーを問題視するのはおかしい、と次々意見が殺到し、
終いには生徒会主導の全校議会でウィスピーは放置、
お咎めなしを強く学校に求める、という決議にまでなった」
「なんか、すごいですね……」
それがさきほど静が言っていた、そういことになりかけた、という話らしい。
やっていることの規模はあまりにも大きいが、
その実、生徒からすれば、たしかに守られたようなものだ。
ウィスピーがそれをみつけなければ、
生徒にとって大変な害になっていたのは間違いない。
とはいえ学校が提示した問題提起を、
生徒側が団結し否をたたきつけたというのがとんでもない。
静はくつくつと笑い、コーヒーを口にする。
「まぁ、年齢の故の勢いというかな……。
とはいえ完全放置とはいかないから、当時の高校のシステム担当をしていた数名が、
一応名目上監視するとなったが。
……まぁ以後はそういった教師側の不祥事はなかったし、
実際どこまで機能していたかはわからんが」
「実際、静はどう思う?ウィスピー」
「俺か?そうだな、ただのAI、とは正直思ってない。
が、害もないし、特に気にしてないな」
「ちなみに、この研究棟にも現れたりしてるんですか?」
「場所によってはな。ここの研究データは基本極秘事項だから、
外とは完全に隔離されてる。
外部のネットワークと繋がってるパソコンには出るが、
そうじゃない端末にはさすがに出てこない」
「暁天の環境内ならどこにでも出るってわけじゃないわけか」
ましろは口元に手を当て、ふうん、と何かを考えるように唸った。
「やつの正体を探ろうとしたのは俺の大学時代の学友にもいたが、
結局たどり着けた奴はいなかった。
ただのAIとして見るよりも、その枠を取っ払って、言動に注意してもいいかもな」
どこか面白がった様子で話す静に、
乃亜とましろは互いに顔を見合わせるしかなかった。
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